第21話 こんな形で出会うとは

 路地を一目散に全力疾走する。掴まれたロイの腕はねじ切れそうな勢いだ。

 後ろからはまだ男たちの声がした

「追いつかれると面倒だよ、ほら急いで」

 一つ路地を抜けると、次の路地を突き進む。

「ちょ、おい! 待っ、どこに行くんだ!」

 返事よりも先に路地を抜けると、人々の視線をものともせずに大きな通りを横切って次の路地に飛び込む。

「わかった! わかったから一度止まっ!」

 ロイはもはや叫ぶしかできない。

 だがその珍走劇も間もなく終わりを向かえた。突如、階段を駆け上がったと思ったらその先にある扉を押し開けて建物の中に入ったのである。

 ようやく足が止まる。無理に走らされたロイは、予想以上に疲労の色を浮かべていた。

「はあ…はあ……ちょ……、ここは……?」

ロイは辺りを見渡した。なんてことはない、部屋の一室だ。脇にカウンターキッチンがある。奥にはリビングが、幾つかの部屋とつながっているらしい扉も見られた。ダイニングテーブルに腰掛けている誰かの背中が見える。

「アラン! 見つけた!」

 ミーティアが開口一番、部屋にいるであろう同居人の名前を読んだ。だが返事がない。

「アラン? おーいよーぅ」

 居間を覗き込む。椅子で船を漕いでいたアランがはたと目を覚ました。

「んぁっ!? ……ミーティア違うぞ決してお前に買い物を頼んでおいてサボっていたんじゃなくてこれは作業の小休止でだな――」

「んもう、んなことはいいから。ほらこいつ」

 呆れるのもそこそこに、ミーティアはロイを指差した。

「うん? 誰だ?」

 アランの頭に疑問符が浮かぶ。その直後、驚愕の表情に変わったかと思ったら厳しい剣幕を浮かべると、唇を震わせて、

「ミ、ミーティア……お前まさか、その男が、いい人だなんて言わないだろうな……」

「へ? 何言ってんのさ、いい人か悪い人なのかなんて全然知らないよ」

「いやそういう意味では……、いや、違うならいいんだ、うん」

「ちぃ、ちょっと待ってくれ……!」

 息を整えている最中のロイが思わず声を張り上げた。

「な……ならなんで……、んん、失礼。……ならどうして僕はここに連れてこられたんだ? 一体何が目的だ」

 一度、深呼吸をはさみ衣服の乱れを整える。突然わけも変わらぬままに連れてこられたのだ。警戒しないわけがない。

「路地で悪漢から逃げる手助けをしてくれたことには感謝する。だが、それとこんなところに連れ込んだこととは一体何の意味がある。どういう目的だ」

「なんだ、そんなことをしていたのか?」

 アランがミーティアを一瞥した。ミーティアは胸を張ると、

「だって、よりによってボッタクリ通りのほうにひとりでブラブラしてたんだもん。一見さんって言うんだっけ? 見るからのそんな感じだったから、助けてあげなきゃ」

 アランは目覚めの準備運動のように、背もたれに体を預けて仰け反った。ため息まがいの一息をつくと、

「あんまり知らない人に声をかけるなよ。誰かれ構わず疑えとは言わないが、変なやつもいる」

 ロイは思わずムッとしてしまう。勝手に連れてきた挙句、変な人呼ばわりか。

「僕の質問に答えろ。どうしてこんなところに連れ込んだんだ」

 剣幕を激しくし、さらに詰め寄ってみる。だがミーティアは相も変わらずあっけらかんとしていた。

「いやね、アランがどういう人なのか気になってたっぽいからさ」

 アランが眉をひそめる。そしてロイを見た。ロイも怪訝な表情を返した。

「残念だけど、知り合いに心当たりはない。一体誰なんだ」

 えーそりゃないよぉ、とミーティアが独りごちた跡に言った。

「ほら、この前の件で、私が空に上がったときにお話したって軍人さん」

 ミーティアがそういった瞬間、アランの雰囲気が一変した。いや、それは本当に僅かな変化だったはずだ。それでも、この室内に薄っすらと澄み渡っていた空気の色合いが変わったのがわかった。

「なるほど……。大丈夫なのか?」

 一瞬ミーティアが小首をかしげるも、

「ん? ……んああ、なるほど。大丈夫だよ、意外にも。なんていうかな、どこか情熱的だけど、優しくて素直な感じ。変なものも持ってないし」

 すぐに肯定し、アランが小さく頷いた。ロイには、このすべてのやり取りの意味がわからない。何かの符丁なのかもしれない。

 アランは立ち上がると、小さく体をほぐした。

「どうあれ、そろそろお茶の時間だ。ミーティアが帰ってきたらと思っていたんだが、ちょうどいい。軍人くん、君もどうだ」

「……はい?」

 その言葉が自分へ向けられたものだと知ると、ロイは思わず唖然としてしまった。

「一体何をふざけたことを――!」

「お茶をするのにふざけるも何もないだろう。来客にお茶を振る舞うのは何もふしぎなことじゃない。それとも、俺たちを犯罪者か何かとでも思っているのか? ヒトゴロシでもしたかい?」

「いや、そういうわけではないですが……」

「なら話は単純だ。時間も頃合いで、何よりも君はゲストだ。ゆっくりしていってくれ。安心してくれ、君を取って食うような性分の者はここにいないよ。ミーティア、お茶の用意を頼む」

「はぁーい。じゃあルルカ、お茶菓子出すの手伝って」

「あいよ。にーちゃん、茶菓子は甘いのでも大丈夫かい?」

「え? あ……う、うん。お構いなく……」

 ミーティアとルルカがキッチンへ向かう背を、ロイは目を丸くしながら追った。

 お茶? お茶菓子?

「ミーティア悪い。そういえば、茶葉は棚の一番上だ」

「う~わかったからお茶出すの手伝って~! 絶賛手が届かない~!」

「わかったからちょっと待ってな。君、悪いけど、そこの椅子に座って待ってくれないか」

「えっと……ありがとう、ございます」

 ロイは、言われるがままに示されたダイニングテーブルに腰掛けた。

 改めて見渡してみるが……、なんてことはない。普通の民家で、その一室だ。そして、目の前ではどこにでもいそうな家族が――年の離れた兄妹といったところか――が、とりとめもないやり取りを重ねている。……いや、どちらかといえば、妹に手を焼いているといった具合だ。

 残りの作業をミーティアに任せたアランが、台所から離れてきた。

「いやあ、見苦しいところを見せてしまった、すまないね。今、お茶を用意するから。良ければ外套を掛けておくよ」

「あ、恐縮です」

 ロイが言われるがままに外套を渡した。次にお盆を持ったミーティアとルルカが戻ってくる。

「はい、お茶どうぞー」

「これはご丁寧に……、どうも」

「ほれ茶菓子。シュガーナッツ。好きに摘んでちょ。俺も摘むけど」

「えっと、ありがとう。……それと、ちょっといいかな?」

「ん、なんよ?」

「僕って、拉致られたとかそういうのではないのか?」

 ルルカが小首を傾げる。

「はて、そうなんかね? ミーティアどうなの?」

「へ? そんなつもりないよ?」

 ミーティアはあっけらかんとしていた。ロイはますます頭を悩ませる。

「えっと、じゃあなんで俺は連れてこられたんだ?」

「んー、アランが、あんたがどういう人か気になってたっぽかったから」

 それだけ?

「些細な事だと思うかもしれないが、君のことを気になっていたのは本当だ」

 アランが戻ってきて、ロイの正面に座った。テーブルに肘を付くと、

「いくつか、確認したいことがある。話して欲しい。話してくれるね。マクファーレンくん」

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