第20話 初めての旧市街

 ロイは、大層困ったことになっていた。

 外出用に私服へ着替え、春用の薄手の外套を羽織り、近代的なビル群を越えてひとりノルト旧市街へやってきたロイだったが、なにせ平民の街をひとりで歩くという経験が初めてなのだ。その古く埃っぽい、煤けた街並みは彼の好奇心をこれでもかとくすぐった。

「すごい……これはなかなか……。空から眺めたのとは大違いだ」

 空から見た旧市街の印象は、広い土地に細々と人が住んでいるといったものだった。だが実際に足を運んでみると印象は真逆だった。狭い中に、これでもかといろんなものが詰まっていた。通りから裏路地まで商店が店を構え、その二階には住居スペースがある。通りの空を見上げれば、看板や店先の飾り付け、洗濯物などが悠然と腰を据えている。路上に小さなテーブルと椅子を並べてカフェテリアとしている店もあった。これだけ濃い生活空間が、空から見渡した範囲全体に詰まっているのかもしれないと思うと、眺めておらずにはいられない。街並みを眺める様子はまさしく観光客だったわけである。しかも身なりが整っているときたら、いい金づるだ。

 その結果、旧市街を呆けた顔で見渡しながら奥へ奥へと歩いていくロイを見て、高い恩を売ろうとする輩が出てくるのは当然だ。そして、そういった輩に捕まったのだ。

「兄ちゃん、何か捜しモノかい?」

街並みを見上げていたロイは、視線を前へ下ろした。そこには、三人の男が立ちはだかっていた。ひとりは太っちょでもう一人は痩せぎす、さらに小柄な禿頭男ときたものだ。清潔感はなく、あんまり紳士的な佇まいはしていない。

「兄ちゃんみたいな人間が来るなんて珍しいじゃねえかよ。一体どんな用だ?」

「キヒヒ、ここにゃあ何もねえっすぜ」

「迷ったんなら、案内でもしてやろうかい? もちろん、それなりに礼を頂くがぁよ」

 口調まで粗暴だ。その雰囲気は、どう見てもゴロツキのソレである。正直、関わっていたいと思えるものではなかった。

「結構だ。失礼する」

 ロイは毅然と言い放ち、足早に三人の脇を歩き去ろうとした。

「おい兄ちゃん、待ちな」

 男のひとりが、通り過ぎようとしなロイの肩を掴んだ。やれやれ、厄介事は御免なんだけどな。ロイが小さくため息をつき、三人に悟られない程度に僅かだけ身構えた、その直後だった。

「ほわったぁー!」

 どこからともなくソプラノボイスの雄叫びが響いたかと思ったら、男が吹っ飛んでいた。

「アニキーっ!」「アニキィ―!」

 取り巻きの二人が駆け寄る。男は盛大にひっくり返って目を回していた。

 一体何だ? 何が起きたんだ?

 先程まで男がいた場所には、鞄が落ちていた。隙間から工具が見える。見た目だけでも相当な重量だ。

「こぉらーっ! なぁにやっとんじゃい!」

 甲高い声が聴こえた方を振り向いた。細い路地の先に仁王立ちしているその姿を見て、度肝を抜いた。

「き、君はっ」

 ロイが驚いているのもそこそこに、ミーティアは足早にやってくると、落ちているかばんを拾って肩に掛け、ロイの手を掴んだ。

「ちょっと来て」

「へ? な、何を――っ」

「いいから」

 そうとだけ言い、強引に腕を引き走り出した。

「ちくしょうテメェ待ちやがれ!」

 男が走ってくる。ミーティアに掴みかかろうとした瞬間、

「ふげっ!」

 頭に植木鉢が直撃した。

「こんなんでいい?」

 ベランダでスタンバっていたルルカに、ミーティアが親指を立てた。

「ナイス! さあ行くよ!」

 喚く男たちを無視してロイは腕を引かれた。

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