第19話 旧市街に残された傷跡
「しっかし、こんな昼下がりに買い物たぁ珍しいな。一体なんなんだ?」
ミーティアとルルカはとりあえず、朝市通りの隣の区画一体に存在する中央商店通りの方へ歩いていた。生鮮食品から雑貨まで、種類を問わない店が立ち並ぶ通りであり、そこへ行けば大体のものは手に入るからだ。ミーティアがアランから受け取ったメモを取り出し、肩に止まっているルルカもそれを覗き込んだ。
「えーっとなになに……、モンキーレンチにプライヤー、それとハンダ……。……んん?」
「なんだこれ? ミーティア、こりゃあ食い物かなにかか?」
「いや、私も初めての言葉に遭遇してる……困った……」
ミーティアの眉間にこれでもかと皺が寄る。
「こりゃあアランのやつ、ミーティアが知ってるかどうかも考えずに寄越しやがったな。どこで買えばいいのかさっぱりじゃねえか」
……………
………
…
「あ、しまった。普段からミーティアにアレだソレだって言って教えてたから、何のことなのか伝わってないかもしれない」
と、部屋で作業中のアランは独りごちた。
…
………
……………
「うぅーん考えろー考えるのよーミーティア・ウォリス。こんな時間だから食べ物だとは思えないし……、アランは絶賛作業中だったから……、多分、工具か材料なんじゃないかな」
「ということは、その辺が売ってある店に行きゃあいいのか」
「悩んでても仕方ないし、とりあえず行ってみよっか」
「それで遅いだのなんだのって怒られたらどうするんだ?」
「わかりもしないメモを寄越すんじゃない! って怒り返す」
「はは、違いねえ。じゃあ心置きなく探索としゃれこもうか」
石畳の大通りを進んでいく。
いつもの旧市街だが、明らかに違うところがあった。途中、人だかりが多く足を止めている場所に出くわしたのだ。広場といった人の集まる場所ではない。変哲もない旧市街の大通りの一角である。
大通りの突き当りの建物が、巨大なハンマーで殴られたように大きくへこんでいた。ミーティアが、トビを誘い込み、衝突させた場所だ。
今そこには、足場を組んだ状態で修理作業が行われていた。今でも時折レンガが落下したりと危険があるため、建物一帯は立ち入り制限が敷かれていた。警察をはじめとする公安が、飛び散っている瓦礫や鳥のものである羽を回収しており、その様子を野次馬が囲むようにして眺めている。
「こりゃあ、ひっでえ痕だな」
野次馬の誰かが言った。側にいた人が同意する。
「なんでも、空騎士の誰かが囮になって誘い込んだって噂だぜ。その空騎士は死んじまったが、ぶつかった鳥の方はケロッとしてたらしい」
「一体どんな勢いでぶつかったらこうなるんだよ」
「おっかねえ。あんなのに攻めてこられちゃたまったもんじゃねえな」
「こういうときに限っては、普段偉ぶってる貴族さま――もとい軍人サマサマというか、気の毒というかだな」
皆が皆、思い思いの事を口走っていた。噂には尾ヒレがつくというが、まさにそういった状況だ。
あまりこういうところにはいたくない。ましてや、今はルルカもいる。
「ルルカ、行こっか」
ミーティアがルルカに目配せをし、その場から離れて歩きだした。
大通りは人目が多い。ルルカのことを思い、あえて路地へと入っていった。住居街を歩いて行く。見上げると、路地を横切るように洗濯物が干されている。
「いやあ、今日ばかりは俺のお仲間も静かですわな」
ルルカがぼやいた。普段だと荷物運送の鳥たちが旧市街のみならずノルト中を飛び回っている時間だ。それも先日の一件の影響で、仕事とはいえ鳥たちは飛行を控えていた。
「静かなもんだね」
「んん? そんな変わるか?」
「変わるよー。変わってない?」
「そんなわかんねえなぁ。風だっていつもどおり吹いてるし」
「そんなもんかなぁ」
路地を進む。ミーティアは歩いていて気づいた。運送屋の鳥だけではない、商店を構えている鳥たちも、店を閉じていた。
「静かなもんだね」
「ん。これには右に同じく。……ん? ミーティア、あそこ」
朝市通りのそばまで来たときだった。いつもの木の実屋だけは、変わらず店を開けていた。
「んむ? おっちゃん、こんにちゃー」
ずんぐりとした鳥の店主が、目を閉じて佇んでいたが、ミーティアの声を聞いて目を開けた。
「ん? ……ああ、いつもの小娘か。妙な時間に会うもんだ」
「うん。ちょっとお使いの途中」
「そうか」
ぶっきらぼうに返すと、店主はルルカのほうを一瞥した。
「――やあ、ご同類。やっかいなときに街に来たものだな」
「どもっす。いやあ、静かで過ごしやすいもんっすよ」
「くくく、違いない」
店主は、低く喉を鳴らして笑った。
「おっちゃんは、今日もお店開けてるんだね」
「世間じゃあ何やら騒いでるらしいが、そいつぁお上の都合だ。下の下な俺がどうこうできる話じゃねえからな。こうして、いつも通り店を開くのが一番よ」
「でも、あんな騒ぎの後じゃあ今日はお客さん来ないんじゃない? 鳥は飛ぶなーって言われてるし、人達も鳥を嫌がってるでしょ?」
「ホントだぜ。ったくよぉ、ひでえ話だよな。攻め入ってきたのは同じ鳥でも鳥違いだっての」
プンスカ息巻くルルカに対して、店主は事もなげに言った。
「んなもん仕方ねえことだ。周りが怖いって言うなら誰も彼もが恐怖に飲まれるもんさ。右が騒がしけりゃあ誰だって右を向くだろ。俺らだって風が騒がしけりゃあみんなが空を見上げる。同じことを思うし、するからこその仲間って枠ができるわけだ」
「だったら尚更、ここだけ店開いてても来てくれる人はいないじゃんさ」
ミーティアが首を傾げると、
「それでも、最終的に甲乙を判断するのはテメェ自身だろ? ……ま、偉そうに能書きを垂れたが、ようはこんな騒ぎ、いつか静かになるって信じてるってことだよ。昔はよくあった、痴話喧嘩や小競り合いの類いさ」
「それで済めばいいけど……」
「それで済まなけりゃあ、ノルトとはおさらばして、昔みたいに森で商いをするだけさ。そんなもんさ。……ところでお前ら、使いの途中なんだろ。悠長にしてていいのか?」
「はっ、確かに!」
「そうだった。じゃあミーティア、そろそろ行くとするべ―」
「そだね。おっちゃん、またねー」
「おっと、ちょいとだけ待ちな」
店主は、歩き出そうとしたふたりを呼び止めると、近くの棚から小さな布袋をつまみ上げ、ミーティアに渡した。
「毎日、店に来た最初の客にサービスするようにしてんだ。今日はもう持ってっちまえ」
「ありゃ? そんなことしてたんだ。初耳」
ミーティアが袋を受け取った。おやつにはちょうどいい小袋サイズだった。店主はミーティアの言葉に小さく溜息をつくと、
「何言ってやがんだ。テメエにだって頻繁に多めにしてやってんだろ」
「あ! もしかしてサービスしてくれてたの? てっきり単にお得なお店なんだって思ってた」
「ったくなあ……。ほら、さっさとそれをもって行っちまえ」
「わーいありがとぉー。なにか直してほしいものあったら安くしとくよ。アランがだけど」
「いらねえよ」
「またまたぁ、素直じゃないんだから。そんじゃ、また来るね」
「しばらく来んじゃねえぞ」
「もう、冷たいこと言っちゃってぇー。んじゃねー」
その後、ミーティアとルルカは目的の日用雑貨屋へたどり着き、アランから求められた道具を見つけるも、それが数多の種類存在することを知って愕然とする中、店の店主からのアドバイスにより、手持ちの金額とそれに合致する工具の組み合わせををなんとか見繕ってひとまずの帰路についたとき、
「ん?」
ミーティアがその物音に気づいた。
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