第14話 世界は音に包まれている
ミーティアは街の建物よりも高度を上げていった辺りに耳を澄まし、見渡す。
すぐ側の危険は無くなった。それでもあちこちで戦闘が続いている。ヘタに高度を上げれば巻き込まれる危険性がある。どうにかこの隙きに騒ぎの大本を探し出したい。
『待ってくれ。そこの蒼い君、聞こえるか』
ミーティアの通信機に通信が入る。ロイが、緩やかに下降しながら並走してきた。
「やあにいちゃん。元気そうでなにより。お怪我はない?」
「おかげさまでだよ。いやあ、驚いた……! 君も軍人だったのか。なんという空中格闘技術だ。それにその装備、見たことがない型だ。どこの部隊なんだ?」
「いんにゃ、軍人じゃないよ」
「え…、いや、でも、そんなはずはない。あれ程の動き。訓練を受けられる軍人じゃないとできないものだ」
「翼はさっき貰った誕生日プレゼントだし。それにさ、こんなレディが軍人なわけないでしょ」
「れ、レディっ?」
「おいそこに驚くな」
「な、ならあの動きは、的確な回避行動は一体どうして……」
「耳がいいから、アレぐらい余裕なの」
その時、新たな飛翔音が近づいてきた。ルルカだ。
「ミーティア。その辺を飛び回って調べてみたけどよ、こいつぁどうも妙だぜ。鳥の連中、攻めてきたわりに準備がおろそかすぎる」
「どゆこと?」
「わかんねぇ。でも、本気で戦争をしに来たって感じに見えねえんだ。もし本気でこの街を仕留める気だったら、この三倍は連れてきているはずだ。何より、そこの軍人さんが言うところの“トビ”しかいないのも妙なんだ。攻めるのに効率が悪すぎる。言うなら、ドライブするのにトラックを駆り出すようなもんだ」
「んと、つまりは、やってることと必要なことがチグハグってこと?」
「そういうこと」
ミーティアが小さく唸る。言われてみると、辺り一帯で戦闘が繰り広げられており、状況は拮抗している。だがそれは逆に言うと、なぜ鳥は拮抗するだけの数でしか攻めてこなかったのか、なぜ目につくような戦闘が行われているのか。
「ねえ、ロイって言ったっけ? なんか心当たりないの?」
「そう言われても。我々も、訳も分からず騒動となったとしか報告を受けていない。宣戦布告などを受けたとの情報もない。現状、あいつらが正規軍なのかも不明だ」
「そうなると、やっぱり事情を聞く相手はあっちかね」
「あっち?」
ロイが訪ねたのと、すぐ近くに戦闘がなだれ込んだのが同時だった。高速で飛び抜けていく複数の影が視界を横切る。見ると、三人一小隊の空騎士と、手負いの“トビ”一体が戦っていた。小隊は、抜け目のない連携によって相手の動きを押さえていた。決定打を与えそこねているものの、着実にトビの機動力を削いでいるようだ。
勝敗が決する様子にロイが安堵した一方、
「いた」
ミーティアはその集団を追うように飛び出した。
「君! もはや加勢の必要なんて――」
「あとはよろしく、上手くやってね!」
ミーティアはロイの制止をさらりと流し、戦闘へ向かった。
トビが右へ左へ、上へ下へと激しく回避行動を取り、隙きあらば反撃に打って出ようとするが、三人一小隊は綺麗な陣形を崩さず、決して背後を取らせることをさせなかった。だからこそ、さも当然なようにトビと一小隊との間へミーティアが滑り込んだ瞬間、両者が驚愕したのは無理もない。
『貴様、何のつもりだ! 貴様は我々の作戦行動を阻害している! 直ちにその場を離れろ!』
小隊長がミーティアへ無線で語りかける。その返答として、ミーティアは拳銃を抜き、向けた。
『っ! 各員散開! 回避行動! 本部へ、新たな敵対勢力の出現を伝令!』
散り散りになっていく小隊を横目に、ミーティアは拳銃を腰へ仕舞った。
「ふんむ、こんなもんでも威嚇にはなるもんね」
「おい、一体どういう了見だ」
トビが、ミーティアを睨みつけていた。
「その声、やっぱりあの鳥だね。やっほぉ、さっきぶり」
「そういう貴様は、もしや、さっきの小娘か! まさか、貴様も軍人だったのか……!」
「んなわけ無いでしょー。軍人が仲間に拳銃を向けると思うわけ?」
呆れ口調のミーティアに説得力を感じたトビは、言葉に詰まりながら、
「ならば尚更どういう了見でこの空を飛び、なにをもって我に接触するのだ?」
「そんなのだいたい分かるでしょ。どうして、あなた達がこんなことをしているのかを聞きたいの」
ミーティアが再び後ろを見やる。散開し回避していた空騎士たちとはまだ距離があるが、再集結しようとしていた。
「ふん、無駄なことを尋ねるな。話したところで、信じられることではない」
「ふぅーん、そんなんでいいの? 仲間がどうなっても知らないよ?」
「……なんのことだ」
にやりと笑ったミーティアが、遠くを指差した。
「ちょっと向こうに見える、街の大通りになんだけどね。そっちの仲間が二体、頭を打って倒れてるんだよね。平気そうだったけど、しばらくは飛び立てないと思うよ。このままじゃあ捕まっちゃうんじゃないかなーって」
「貴様、仲間を餌にするつもりか……っ」
声を押し殺しているが、明らかに苛立っているのがわかる。だがミーティアも引かない。表情を固くしながら言い返す。
「私が卑怯なことを言ってるのはわかってるよ。でも、あなただってそんなにボロボロじゃあ飛ぶのがやっとでしょ? それとも、仲間と揃って捕まっちゃう? それがお望み? 今ならまだ、抱えて逃げることぐらいは出来るんじゃない?」
「その時間を稼ぐ、とでも言うつもりか」
後方では、空騎士が編成を整え終えて向かってきていた。時間がない。
「ならば、先にこちらの質問に答えろ。貴様は何故そこまでする?」
「そんなの、簡単な話だよ」
ミーティアは、自然な笑みを浮かべていた。
「ここはね、私の街の空で、ここに住む“みんな”の街の空なの。そして、喧嘩するような場所じゃないの。それだけ」
「……。ふん、この状況を喧嘩に例えるか」
トビは、おもわず呆れたような笑いを浮かべた。しかし、表情はすぐに険しくなる。
「理由を言うことはできない。到底、貴様が信じられるとは思えん」
ミーティアが思わず声を荒げる。
「んもう! いつまで意地になって――」
「――だが、理解させることは出来る」
「ん? んんん? ドユコト?」
「森へ来い。さすれば貴様に真実を伝えよう」
そう言う鳥の視線は、焼け付くようにまっすぐだった。
「んー……っ! 仕方ないなあ! 今回だけだよ!」
「それはこちらの台詞だ。この借りはすぐに返す。ゆめゆめ忘れてくれるなよ」
そういい捨て、トビは身を翻し、ミーティアに教えられた大通りへ向けて飛び去っていった。
あれだけ元気に羽ばたけるのなら、問題なく干渉空域まで逃げ切れそうだ。ミーティアはその後姿を見送ると、
「貸しにするからには、きっちり約束を守らなきゃね」
ミーティアは接近してくる小隊へ向けて反転した。そのとき、耳の通信機から聞き馴染んだ声が届いた。
『ミーティア、無事か』
「アラン! 丁度いい、この翼、何か使えるものあるかな?」
『着船用牽引ワイヤーが一対と、緊急時のワイヤー切断用の高硬質ナイフが右翼に一本あるだけだ』
ミーティアは、早速ナイフを取り出した。小ぶりだが、筋の通った刃渡りをしていた。太刀筋を間違わなければ、大抵の金属は割くことが出来る。飛行中でも手を滑らせて落とさないように、良く手に馴染むグリップをしていた。
「これだけあれば十分!」
ミーティアが反転を終え、空騎士と正面から対峙する。
軌道を変えたミーティアの様子を見て、空騎士のひとりが叫んだ。
『ヘッドオン』
『奴め、三人相手だぞ。正気か』
『小隊長、どうしますか?』
『我々の目的は鳥の掃討だ。だが銃を向けてきた以上、やつは味方ではない。事情を知るものかもしれない。拘束して情報を聞き出す。抵抗が激しいようであれば容赦するな。射撃用意!』
三人は小銃の弾倉を今一度確認し、構え、正面のミーティアへと狙いをつけた。相対速度は倍だ。ものの数秒でその距離は縮まった。
ミーティアは小さく深呼吸をする。ゆっくり息を吐き、目を閉じた。周囲の環境に耳を澄ます。
風、風、風、声、風、風、翼、風、人、人、風、風。
聴こえる音から、自身の風切り音を排する。
『撃てぇ!』
小隊長の合図で引き金を引いた。
その直後、ミーティアが超加速した。銃弾の波をかいくぐり、目で追うよりも速く、風を感じるよりも速く、三人の脇をかすめていった。
「な! 消え――うわぁあぁあ!?」
隊員のひとりが、きりもみになって落ちていった。片翼が根本から切り落とされていた
「あいつ、いつの間に!」
落ちていく部下に目を丸くしながら、小隊長以下二人がミーティアの軌道を追う。しかしその姿は既にない。
「奴め、どこに行った!」
「小隊長! 左に影が――ぁああ!」
もう一人も片翼がなくなり、煙を上げて落ちていった。
『小隊長! じゅ、銃を奪われました! お気をつけ――』
隊員からの通信が途絶えた。一瞬小隊長の視界をかすめた影は、その瞬間には残滓も残さず消えていた。
音だけが小隊長を包んでいるのがわかる。いや、それしかわからなかった。
「馬鹿な、なんて速度だ! 一体何がどうなって――っ!」
突如、小隊長の体に振動が走った。
明らかに速度が遅くなった。攻撃を受けたか。あたりを見渡す。何もない。その時、太陽の方向から影が差すのを見た。背中に黒い影が立っている。
翼に、ミーティアが取り付いていた。
「こ……こいつ!」
回避行動を取ろうとする。だが翼は動かない。翼を見る。翼の後端、操舵翼が切り落とされていた。
「翼が……いつの間に……」
ミーティアの手には、軍の銃が握られていた。
「何なんだ……何なんだ貴様はぁ!!」
ミーティアはにやりと笑うと、
「落とし物、返すね」
飛翔音にかき消されて届くはずのない言葉とともに、銃から弾倉を抜くと、小隊長の推進器の中へ放り込み、翼を精一杯蹴って飛び出した。
大量の異物を腹いっぱい吸い込んだ翼は、激しい異音を上げると黒煙を上げ始めた。すぐに推進力はなくなり、小隊長は力なく地面へ落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます