第13話 彼女は、まさしく空にいた

 間髪入れずに翼が展開する。するりと、空気を掴んだ。

 推進機の駆動音は静かなものだった。力強く、軽やかで、心地よい高音を響かせる。

 飛び立った窓ははるか後ろ。街の建物が真下を流れていく。

 ミーティアは、まさしく空にいた。

 脚の動き一つで進行方向が容易く変わる。試しに一回転をする。問題なく、意のままに動く。

 推進器よし。翼の動きよし。フライトスーツもよく風を弾く。

 気分がいいが、おちおち遊覧飛行をしている訳にはいかない。ノルト旧市街上空ではいまだにドッグファイトが続いている。

「おいミーティア! 飛び出したのはいいけどどうすんだよ!」

 ミーティアが声に振り向くと、ルルカが付いてきていた。

「ルルカ! アランと一緒に逃げたんじゃないの!?」

「ひとりで放っておけるかっての! 飛ぶことに関しちゃ俺のほうが先輩だぜ。んで、どうするんだよ」

 ミーティアが再び進行方向前に向き直る。

「鳥たちに、どういう考えでこんなことをしたのかを聞き出す!」

「誰から?」

「誰でも手当たり次第!」

「んなことだと思った……」

 そのとき、わずか二ブロック先の上空で戦闘が行われていた。かなりの乱戦だった。

「ミーティア、右! 空騎士ひとり、トビがニ!」

「わかってる!」

 ミーティアはすぐさま進路をその方向へ向けた。

「ばっか! 避けろってことなのに!」

「放っておけないでしょ!」

「聴こえてるなら尚更――」

 だがミーティアは止まらなかった。



「ニ体のトビ……なんて機動力だ」

 ひとりの空騎士が、辛うじて鳥の猛攻を避けていた。しかし度重なる急旋回が男の体力を着実に奪っていく。

 いつになったら援軍が来る。あまりにも遅すぎる。もし攻撃の第二波が来たらひとたまりもない。弾薬はまだ残っている。だが無理な回避行動によって推進機の限界が近い。補給が欲しい。補給機がやってくる気配もない。ここの人員だけで最後まで戦い抜けということか。

「馬鹿げている」

 いっそのこと、弾薬と全装備を投棄すべきか。

 いや、それだけはやってはいけない。常に勝つための、状況を乗り越える算段を続けなければ。

「しまったな。思考が鈍っている証拠だ……っ!」

 苦笑いしか出ない。頭では理解していても、いざ渦中に入り込むと、全く、思い通りに行かない。もう限界が来ていた。急旋回のし過ぎで、頭に、血が、まわら、ない。

「これまでか……」

 鳥の一撃が目の前に迫った。

 その時だった。

「てっりゃーーぁ!」

 突然、意図せぬ方向へ体が持っていかれる。真横から何かがぶつかってきた。

「なぁにボーッとしてるのさ! あんな翼で叩かれたら怪我じゃすまないよ!」

「君、さっきの!」

「んな! その声、さっき助けたやつ!」

「やつとは失礼な、僕にはロイ・マクファーレンという名前が――」

 悠長に会話をしている余裕などなかった。再び鳥が突っ込んでくる。

「ねえ、まだ飛べる?」

「舐めるな、これでも僕は軍人だ!」

「なら頑張ってて!」

 ミーティアはロイを叩きつけるように下へ放り投げ、その反動を利用し自身は上昇した。

「よせ! やつらに上昇性能では勝てない、ましてやこんな低空では降下して逃げ切ることも――」

「問題なーし!」

 ロイが静止したが、案の定、二体がミーティアの後を追う。上昇しながら一度、二度と攻撃をさけ、即座に急降下した。旧市街の狭い通りに向かって突っ込み、地面すれすれの低空で飛び抜ける。

「へっへーん、こんな低かったら翼も脚も出ないでしょ!」

 二体が通り上空までミーティアを追う。ミーティアの思惑通り、二体とも攻めあぐねていた。

「でもねえ、あんまり下ばっかり見てると痛い目にあうよぉ」

 通りが緩やかなカーブを描いていく。それでも全速力で飛び抜けているため、景色は瞬く間に過ぎていく。だからこそ、二体は突然目の前に現れた障害物に気づくのが遅れた。

 大量の洗濯物が、通りの左右に渡されたロープに干されていた。ミーティアはその小柄な体躯から、するりと間を飛び抜けたが、二体は洗濯物の波に、そのうち一体はまともに頭からぶつかった。視界を奪われ、建物に全速力でぶつかり、ガラスが割れる音とともに沈黙した。

 残る一体が恨みを晴らさんとすべくミーティアへ猛攻を繰り出す。狭い通りゆえ、ミーティアが辛うじて避けていく。しかし、風が複雑に流れる影響でバランスが維持できない。

「もう少し……もう少しで……」

 勝機は確かに流れていた。間もなく、緩やかなカーブの終わりが現れたのである。丁字路だった。

「こっこだぁ!」

 ミーティアはエアブレーキを作動、一気に勢いを殺す。さらに身を翻して鳥の攻撃を避け、鳥の後方へ回り込んだ。鳥の視線は完全にミーティアを追っていて、通りの突き当りに建つ時計台の存在に気が付かなかった。左右へ避ける事もできず、高度を上げることもままならず、鳥は勢いそのままに時計台へと突っ込んだ。建物の壁が粉々に砕け、鳥は大量の土埃を巻き上げて地面へ落ちると、それ以上飛び上がらなかった。

 ミーティアが直ぐ側に着地する。鳥が睨んでくるが、頭を強く打った影響で、その視点は定まっていない。

「あなた達の体だったら、それぐらいたんこぶができる程度でしょ。おとなしくしてなさい!」

 ミーティアは怒鳴ると、ふわりと浮き上がり、再び上空へ向かった。

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