第12話 人生最高の誕生日

 アランは、倉庫の奥に鎮座している年季の入った作業台の前にやってくると、上に乗っているものをすべて下に払い落とした。作業台の上に十分な広さを作ると、最小限の工具だけを置く。

「こんな状況では最終調節をする時間もないのがもどかしい」

 二階へと続く階段の扉が開き、ミーティアが降りてきた。

「アラン、言われたとおりに着替えてきたけど、これで合ってる?」

 ミーティアは全身が青で配色された、タイトなフライトスーツに身をやつしていた。

「よかった、ちゃんと予想通りのサイズみたいだな」

「うん、驚きのサイズ感。これってどゆこと?」

「ミーティアが幼少のときの身体データから、予想される採寸で試しに作ってみたんだ。やや小さめに作ったつもりだから、動きづらいところがあったら後日作り直す。だけど、どうやら問題なさそうだ」

 そう言われ、ミーティアは女性として育ち盛りをむかえる(はずな)箇所に触れて、

「解せぬ」

 小さく唸った。

 ミーティアの呟きに気づかないまま、アランは大きめなアタッシェケースを作業台の上に置くと、中を開いた。中には、折りたたまれた複数の金属板と、半円の筒型をした推進器が収まっていた。

「ミーティア、お前の翼だ。背中をこちらに」

 脚には一対の補助翼を、背中には折りたたまれた状態の主翼を取り付け、背中のそれに推進器を取り付けた。

「これが……」

 翼は非常に薄く、軽く、なだらかな曲線を描いていた。脚の動き一つで補助翼が連動する。

「主翼はエンジン起動後に展開してくれ。お前の身軽さなら問題なく飛び立てる出力だ。翼の弾性特性を高めているから、少しクセを感じるかもしれない。言葉で説明するには限界があるから、すまないが実戦で理解してくれ」

「望むところ」

「……本当は、誕生日プレゼントとして、大草原の人目につかない空域で楽しんで貰う予定だったんだがな。こんな状況だ、試運転も微調整もできない」

「大丈夫! アランが作った翼で私が使うならちゃんと飛ぶ!」

 ルルカが呆れながら、

「いつもの謎理論も、今だけは頼もしく聞こえるじゃんねえ」

「へっへーん、だしょー?」

「ミーティア、通信機だ。俺に出来ることは多くないだろうが、困ったことがあったら力になる。あと飛行眼鏡も」

「ありがと。話し相手が欲しくなったら使うね」

 小型の通信機を耳にかけ、飛行眼鏡を頭に乗せた。

「それとミーティア、これを」

 アランが、腰から片手で掴める“それ”をミーティアに差し出した。

「これって……」

 拳銃だった。

「護身用だ。軽装弾だから、よっぽど当たりどころが悪くない限り、相手も大事にはならないだろう」

「でも――」

 戸惑いを見せるミーティアに、アランが、

「ミーティア、忘れるな。説得や相談というのは、同じ立場、同じ力を持つもの同士ではないと成立しない。力が無いもの、対価を持たないものの言葉は、遠吠えでしか無いんだ。今回の場合、相手が力で説得しようとしてくるのなら、遠慮はするな」

 戸惑いを見せたミーティアだったが、無言で拳銃を受け取った。

「んーよし! いっちょ大騒ぎしてくるから、アランはその間に上手く逃げてね」

「なにがあってもいい。どんなことをしてもいい。無事に戻ってきてくれ」

「もちろん! 今夜はごちそうをよろしくね、なんせ私の誕生日なんだから!」

 不思議にも慣れた手つきで弾倉を確認し、戻す。続けてアランが渡してくれたガンベルトを腰に巻く。

「むぅ……。十年も前だっていうのに、体で覚えている自分がもどかしい。やっぱり忘れられないんだなぁ」

 その時、一段とけたたましい銃声と鳴き声の後、建物が崩れる音が響いた。

「やっば、表の方はダメじゃん。二階の裏から出るね! 」

 二階の部屋へ駆け上がる。居間の窓を開け放つと、足をかけて半身を乗り出した。

「ミーティア!」アランが後ろから声をかける。

「こんな騒がしい空だが、思いっきり羽を広げてこい!」

「もっちろん! 感想を楽しみにしてなさいな!」

 推進機の圧力を思いっきり高めて、吹き翔ぶが如く、一気に空へ飛び出した。

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