第11話 十年間の思い

「これは一体どういうことだ……」

 ひとり家に残っていたアランにも、争いの状況がはっきりと見えていた。翼長五メートルを超える鳥の大群が、ノルト上空で複雑な軌道を描きながら飛んでいた。その進行を遮ろうと、三人一小隊からなる空騎士が奮闘している。だが中型鳥一羽に対して一小隊で戦いを挑む軍の基本戦術から考えても、空騎士が数の上で劣勢なのは火を見るよりも明らかだった。このパワーバランスは間もなく崩れる。

 アランは窓から離れ、一階の車庫兼倉庫へ向かった。手遅れになる前に、逃げる準備をしなくては。ミーティアはきっと大丈夫だろうという信頼があった。あいつはこの街に詳しい。どんな小さな路地のことも知っている。いざとなればうまく危険から逃れるだろう。それに今日は朝からルルカが来るとも聞いていた。あいつほど器用に賢く振る舞えるやつもいない。もし合流できていたらなおのこと安心だ。

 倉庫の中で、煩雑に工具が置かれている中、頑丈な鞄の中に幾つかを詰めていく。

「よりによって今日という日に……もう少しで完成なのに……!」

 アランの表情が、普段にないほど感情的になっていた。それだけ、今日という日に思いが詰まっていた。

「せめて“アレ”だけでも持ち出さなければ……、いや、こんな時に軍に見つかりでもしてしまったら弁明の余地もない、持ち出すのは危険か……。どうすればいい……考えるんだ……」

 その時、扉が荒々しく開けられる音が響いた。

「アラン、ここにいるね!」

 それが息も絶え絶えに戻ってきたミーティアだとわかり、アランの表情に若干の安堵が戻る。

「ミーティア! 無事でよかった。ルルカも、ちゃんと合流できたようでなによりだ」

「いやあね、わりぃアラン。ちょっち口が滑っちまって……」

「私の翼を出して!」

 ルルカの言葉を遮り、ミーティアが詰め寄った。

「っ! ルルカ、お前喋ったのか」

「いや、喋ったというよりか感づかれたというか……」

 直ぐ側の上空で銃声が響いた。続けて推進音。戦闘がすぐ側まで来ていた。

「ミーティア、それはできない」

「どうして!? アラン、あるんでしょ! お願い!」

「お前を争いに巻き込むために用意したわけじゃないんだ」

「そうだぞミーティア。こんな中飛び出してなんになるんだよ。俺だって怖くておちおち飛んでられないのに。まずは逃げよ、な?」

「ルルカは黙ってて! アランならわかるでしょ! 私、こんな中で関係ない顔なんかできないの!」

「しかし――」

「それに! ……」

 一瞬、ミーティアの声が詰まった。

「それにね。私、すごく楽しかったから」

 伏し目がちな顔を、それでも頑張って上げる。

「私、十年前に初めて外に出て、空はすっごく広いんだってことを知って、そんな空の下に色んな人や、色んな鳥たちが暮らしていることを知って、そんな中で優しくしてもらって、楽しくて、嬉しくて……。だから、だから空の下で喧嘩したり、恨んだり、憎んだり、そんなことだけは許せないの」

「……だから、止めたいのか」

 ミーティアは頷いた。しっかりと。

 アランが何かを言おうとし、その声は音にならなかった。その代わりに、

「悔しいな……」

 口元だけわずかに崩し、

「十年間、その思いを一度も聞いたことなかった」

「流石に、アランも気を使っちゃうかな? って思ってさ」

 ちょっとだけ、ミーティアは頑張って笑ってみせた。

「子供が逆に気を使うんじゃない」

 アランが、ミーティアの口元をつまんだ。

「にひ、ありあとうごひゃます」

「こんな状況だ、一度飛び出したらもう後戻りはできないぞ」

 頬を離してもらったミーティアは、今日一番の強気の笑顔を見せると、

「はじめから逃げてたなんて思ってないよ。昔からも、これからも、私は私、ミーティア・ウォリスだから!」

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