第10話 説得

 目の前の戦いを、ミーティアとルルカは青ざめた表情で傍観していた。

「ちょ……、ルルカ! いま、人が撃って!」

「聞いたらわかる!」

「んで、人が堕ちて!」

「見たらわかる!」

「どういうこと! どうして!」

「知るか! とにかく逃げるぞ!」

 ノルトの旧市街は阿鼻叫喚だった。絶え間ない銃声と聞いたことのない重々しい飛翔音が街を包んでいた。時折、流れ弾が建物のレンガを砕く音が聞こえる。

 日常はどこにも無くなっていた。

「とにかく、アランと合流だ。あんなでけえ鳥の風なんかモロに浴びたら、どうなるかわかったもんじゃねえ。いいかミーティア。なるべく身を低くして、細い路地を選んでいくぞ。いいな」

「わ、わかった、わかったけど、ちょっとルルカ冷静すぎない!?」

「身内がどんだけ危なっかしいかは、身内が一番良く知ってるってことだよ。ほら行くぞ!」

 ルルカがそう言い、率先して進み始めようとしたときだった。先程の戦いで錐揉みになりながら墜ちていく空騎士をミーティアが捉えた。

「あぶない!」

 そう言うと同時に、ミーティアは走り出した。アランから貰った脚のスラスターを起動し、翼を展開。地面に叩き落されるよりも先に隊員を受け止めようとする。

「な! あいつ身を引くくしろって言った矢先に!」

 ルルカの声さえも振り払うように飛び出したミーティアは、なんとか空中で隊員の体を支えた。しかし、脚のスラスターは大人の体を支えられるほどの出力はない。結局、真っ逆さまで落ちるよりも多少まし、程度の速度で地面に落ちた。

「んきゃ! ……いたた。って! この人怪我は」

 強めに打った自分のお尻の心配を差し置いて、隊員の様子を伺う。幸い、大きな怪我はない。風圧に煽られて気を失ったのだろう。

「ミーティア! 上!」

 ルルカが叫ぶ。直上から、先程の鳥がミーティアごと隊員を押しつぶさんと急降下してきていた。

 だがミーティアは逃げない。

 大人を軽々鷲掴みに出来る脚が地面に大穴を開けた。だが、それはミーティアのすぐ脇で、だった。

 鳥がミーティアに向かってゆっくり口を開く。

「小娘、無関係な人間が頭を突っ込むものではないぞ」

 鳥の問いかけに、ミーティアはむっとしながら、

「ふん、私達の街で勝手に暴れておきながら、なにが無関係さ! ていうかなにしに来たのよこの街どうしてくれるのさその穴誰が埋めるかわかってるの!」

 直ぐ側には腕ほどの太さがある爪が四本突き刺さっている。素肌なら容易く切り裂ける鋭利さを前に、ミーティアも引かない。

 鳥は、低く喉を鳴らした。鼻で笑っているようだった。

「『勝手に』、か……。だがな、すべてのきっかけを始めたのは奴らだ。我々は何度だって警告してきた。だがそれを一向に聞き入れなかった。聞こうともしなかった。奴らが素知らぬ顔で我々の首元を締め上げようとしているのを、これ以上静観する義理がどこにある」

「きっかけってなにさ! だからってこんな場所で暴れていいような理由なんでないでしょ!」

「無関係ならばここから早く立ち去るがいい。我々も、戦う意志のないものをわざわざ狙おうとは思っていない」

 そう吐き捨てると、鳥は地面に突き刺さった爪を抜き、大きく翼を広げた。息もできないほどの風圧を巻きおこし、空へと羽ばたいていく。

「地に落ちた戦士など、戦うにあたわず」

 鳥は、一気に高度を上げ、新たな戦場へと向かった。空では、いたるところで銃声と轟音と飛翔音が響き渡っていた。

 残されたミーティアは。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、悪態をついた。

「んもぉーっ! 何なのよあの鳥ぃー!」

 その時、気を失っていた空騎士が意識を取り戻した。

「ん……、……しまっ…た、気を失っていたのか……。っ! 小隊長は!」

「にいちゃん、一緒に飛んでた二人ならとっくに墜ちたぜ」

 ルルカがそう伝えてあげると、その姿を見た隊員は銃を構えてルルカへと銃口を向けた。

「わぁーストップストップ! 俺はお前を助けたそこの女の子の友達だぁー! 俺はなんにもしないぞぉー!」

「助けた?」

 このとき、自分たちの周りに空いている大穴の存在に気づき、思わず息を飲んだ後、ようやく冷静になった。

「どうやら本当のようだ。感謝する」

「気にしないで、好きで助けただけだし」

 隊員は立ち上がり、体を軽く動かした。痛むところがないことと、翼が問題なく動くことを確認した。

「どうあれ、一般人は安全なところへ避難しておいてくれ。正直なところ、ここもいつまで持つかわからない」

「んなもん、見たらわかるっちゅーの」と、ルルカが独りごちた。

「ねえ、どうしてこんなことになったの? 誰がなにをしたのさ?」

 隊員は僅かに逡巡したが、

「……助けてくれた恩義もあるから話すが、我々も全く把握できていないんだ。目的も不明だ。どうあれ、危険を脅かすものは排除しなければいけない。それが俺たちの役目だ」

 隊員は、推進器を起動させた。推力を高めていく。小銃の弾倉を引き抜いて確認し、それを放り投げると新しいのに差し替えた。「残弾僅かか……」と呟いた後、

「とにかく、君たちも避難するんだ! 助けてくれてありがとう。僕の名前はロイ・マクファーレン、もし機会が得られたら改めてお礼をしたい!」

 そして、けたたましいエンジン音を轟かせて、飛び立った。

「うっへぇー、無理して飛ぶなぁー。ミーティア、争いごとはそれ専門の連中に任せて俺たちはすぐ逃げるぞ。……って、ミーティア?」

 今すぐにでも進みだそうとしたルルカだったが、危険が飛び交う中、動き出そうとしないミーティアに振り向いた。

「ん~っ! もう! 許せない!」

 そう叫び、逃げる方とは反対側、街の端の方向に駆け出そうとした。たまらずルルカが前に飛び出した。

「ちょ、ストップストップ! なにするつもりだよ!」

「止めるの!」

「どうやって!」

「話すの!」

「無理だムリ! 空を見てみろよ! 誰が聞いてくれるってんだ!」

 上空を鳥の大群が飛び交い、無数の発砲音が轟く。飛翔音が殺意をもって街を包んでいた。

「はっきり言わせてもらうがさあ。お前は妙に正義感が過ぎる。こんなの他人事だ。自分らとは関係ない話だよ。何かしようっていったって無理なんだよ」

「無理じゃない! 私には出来る!」

「十年前のことだろ! もう無関係のことじゃねえか!」

「無関係じゃない! この空で起こってることは……無関係じゃ……っ!」

「それにどうやって説得するんだよ! こんな空に飛び出すってか? そもそも翼がないんじゃ飛べな……、あ」

 その言葉の雰囲気を、ミーティアは聴き逃さなかった。

「もしかして……あるの?」

「……聞かなかったことにするのは、ダメ?」

「こんな時にとぼけないでよ!」

「わーったわかったから! ち、アランもこんなつもりじゃなかっただろうになぁ」

 それを聞くやいなや、ミーティアは走り出した。

「ちょ! ミーティアどこに――」

「アランに聞けばいいんでしょ!」

 戦火は、既に旧市街全体に広がっていた。

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