第7話 「君は、普通の女の子だ」
「――今日の検査は、以上かな」
検査内容と結果を書き記していたペンを置いた。その内容に視線を落とす。
「何か、変化ありました?」
「いや……、変化はない。これは……そうだな、本当に……、素晴らしいことだ」
手元の紙を何度も見返す。その表情には、信じられないといった疑いと、信じたいという願いが複雑に入り混じっていた。それもわずかな間、間もなく先生は紙を机の上に置き、ミーティアへと向き直った。
「ミーティア君、君もとうとう十六歳だ。そろそろ、自分一人で考えることをしてみてもいい年頃だと思う。だからこそ、今日ははっきり伝えるし、聞いて欲しい。いいかい?」
「お願いします。あ、できれば難しい言葉はナシでお願いします」
「ありがとう、努めるよ……。そうか、もう、十年になるのか」
窓の外から、街の賑わいがかすかに聞こえていた。時折流れてくる風が、ガラス戸をかたかたと揺らす。先生は、目を閉じ、一度大きく息を吸い、言葉を詰まらせるように息を整える。ゆっくりと吐き出した。
「十年前、初めて君がここに運ばれてきた時、きっと君は助からないだろうと思った。長く生きたとしても、まず十二歳は迎えられないと、そう思ったんだ。そのぐらい、君が幼少期に受けた体への負荷は大きすぎた。そして、その負荷を無視され続けてきた」
「あの頃は、人として扱ってくれませんでしたしねえ。いやはや、つらい過去です」
あえてとぼけてみせたミーティアだが、先生は続けた。
「君が生まれてきたこと自体、奇跡だっただろう。それが幸運だったのか不幸だったのかは、君だけの言葉にしてほしい。そして、今日まで、ここまで健康であり続けたこともまた、奇跡だ。そしてこれだけははっきり言わせてもらう。この奇跡は、とても幸せなことだ。中長期的な影響のみならず、幼児期に与えられたストレスを加味しても、身体的・機能的な障害を抱えなかったことがまた――」
「よ、チュウチョ…? カミ?」
「おっと、すまないめ。そうだなあ……。君は、昔から生まれの特殊さや体が弱いことを気にしてきただろう。だが、今の君は他の人々と何ら変わらなくなったんだ。君はもう、普通の女の子だ」
「おお、普通の」
「そう。少し背が小柄の、普通の女の子だ」
「って、先生までそう言うぅ」
「だからね」
「だから?」
「これからは、夢を追うんだ。やってみたいこと、頑張りたいことを探してみなさい。普通の若者と同じようにね」
「ゆめ……。夢っ!」
ミーティアがこれでもかと目をキラキラさせている。
「そうだ、ミーティア君。最近、耳の調子はどうだい? 『聴こえすぎる』ことはないかい?」
「耳ですか?」
突然聞かれ、ミーティアは自分の耳を押さえた。
「んー、最近は音にびっくりすることもないし、頭痛がしたりもないですよ?」
「そうか。……ミーティア君、君のその圧倒的な聴力は、もはや君の個性だと割りきってしまってもいいと思う。ちょうど、誰かが目がいいとか、歌がうまいとか、脚が速いとかと同じようにね。だから、過去の生まれの由縁だとか思うのではなくて、自分らしさだと思ってみてはどうかな? 少しずつ、ゆっくりでいいから、そういう自分らしさを受け入れて、好きになっていけばいい」
「わあ、ありがとうございます! そうか個性か、自分らしさか……」
「こうは言ったが、体に不調があればいつでも来なさい。言ってしまうと、私も、いつも一人では寂しくてね。たまには元気な声を聞かせて欲しい」
「もっちろんですよ! あ、何か運んで欲しい小包でもあったら言ってくださいね。手紙一つから受け取りに来ちゃいますよ。そうだ、アランの仕事に荷物の搬送も加えてもらおうかな。いままではアランのお使いのついでだったけど、目指せ旧市街イチの運送屋ってことで」
「ハハハ、心強い運送屋さんだ。そのときは、ぜひともお願いするよ」
「是非とも、遠慮なく!」
二人はひとしきり笑い合った。それから、いくつか質問を投げかけ、答え、言葉を交わし、
「んじゃ、待たせてるのがいるからそろそろ行くね」
ミーティアは診察室を後にした。先生はその背中に手を振る。
診療所の外の会話が診察室にも届いた。
「おぉー、随分待たせやがってこのぉー」
「レディはね、準備にいろいろと時間がかかるのよ」
「なんだなんだ? 今日のミーティアは随分と調子がいいな」
「へへーん。なんてったって、十六歳の若者だからね」
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