第6話 定期健診
ノルトの旧市街は、小高い丘の上に成り立っている。それ故、少し大通りを外れると、急勾配な階段からなる通りが多い。
朝よりもずっとずっと賑わいを増した朝一通りを、ミーティアとルルカは進んでいた。近郊から運ばれてきた新鮮な野菜などが、軒を連ねた店先に並んでいる。
「ダメよ。持ち合わせなんて全然ないんだから」
顔見知りのミーティアに声をかけてくれる店主は多く、それに釣られかねないルルカの欲は深い。
「いやあね。朝食もろくに食ってない俺に慈悲があってもいいと思うんすよ」
「そんなの、食べられるように早めに起きればよかったじゃんさ」
「ぐ、鋭い」
大通りから外れ、路地に入っていく。突き当りは、階段になっていた。
「いやあ、今日もいい天気だね!」
頬を流れる髪を押さえ、ミーティアは叫んだ。心地よい風が吹いていた。見下ろす位置に草原が、遥か彼方の地平線に大森林が薄っすらと見える。
「ここ一週間で一番だわな」
「こりゃあ、飛んできちゃうルルカの気持ちもわかるよ」
「だしょー?」
高い空を、飛んで行く影が見えた。鳥の航空便だろう。大きな翼を広げ、はばたく必要もなく、滑るように飛んで行く。
「……また、飛びたいなあ」
ミーティアが呟いた。普段よりも強めの風が、ミーティアの言葉をも流していく。
「ほれほれ、センセーんとこ行くんだろ? 朝はそんなにヒマじゃないんだぜ」
「もう、ルルカってば、すぐ人の言葉を真似て」
ミーティアは、跳ねるように階段を駆け上がっていった。
これから向かう先は、階段を登っていった先にあった。小さな一軒家に、小さな看板で『診療所』と掲げられていた。殺風景な外観に、申し訳程度の花が飾られている。
ミーティアは、三回ノックをしたあと、扉を開けて中に入った。やや薄暗いが、清潔感を感じる簡素な室内だ。小さなベンチと受付があるが、人はいない。
ミーティアが奥まで入っていく。
「こんちわぁ」
診察室と書かれた部屋を覗き込んだ。短髪白髪で、白衣を着た初老の男性が机に向かっていた。男性は振り返り、小さな笑みを作ると、
「やあ、ミーティア君。こんにちは。アラン君から話は聞いているよ。さあ、こちらへ」
「先生、お世話になります」
ミーティアが、勧められた椅子に腰を下ろした。
「ルルカ君も、久し振りだね。こんにちは」
「どもっす。ミーティアのお使いついでにに寄っちゃいました」
「ほう、ということは、アランくんの仕事の手伝いかい」
「そうなんです。ちょっと空港までひとっ走りしてきたんだ」
「それはすごい。手首が痛んだりはしなかったかい? 膝が痛む、とかは?」
「全然」
「足がもつれる、とかは?」
「なかったですよ」
「ふうむ……」
先生は、数枚のカルテを見返した。
「詳しい検査をしないとハッキリとはいえないけど、おそらく君の体は十分に丈夫になった証拠だろう。もしかすると、同じ体型の女性と比較しても、遜色はあるまい」
「ほんと!」
「ぷっ、同じ体型って、児童じゃねえか」
「ルルカぁ、黙ってないと怒るよー」
「私としては、十年前の運動障害がどれほど残ってしまうか不安だったが、この後天的な回復力もまた、君ゆえなのかも知れない。一体どんな発現因子が関与していているのか……」
「あのう、先生。これってもう、診療始まってます? 問診ってやつですか?」
ミーティアがおそるおそる口を挟んだ。
「おっといけない。まずは世間会話のつもりが。いやはや、職業病というものだね」
「じゃあ俺、席外しますんで~」
ルルカはすぃーっと飛んでいき、器用にドアノブを回して部屋から出て行った。先生が、小さく吹き出した。
「彼も、随分気を使えるようになったものだ」
これにはさすがのミーティアも怪訝な表情。
「えぇー、私以外の人がいる前だといいカッコしたいだけですよきっと。さっきだって私の見てくれがあーだこーだ言ってきてさぁ……」
「いいじゃないか。つまり、彼にとってミーティア君は遠慮のいらない、信頼している相手だということさ」
「もう。先生、物は言いようって言いますけどさ」
「すまないすまない。困らせたかったわけじゃないんだ。こうも歳を取ると、遠慮しない人付き合いというものもなくなってしまってね。懐かしかっただけなんだ。さあ、診療に移ろう」
「血液検査は?」
「貧血にでもなってふらつかれたら大変だ、また今度にしよう」
「よかったぁ……っ。んじゃ、お願いします」
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