第3話 いつもの朝。だけど特別な朝3
「たーだいまー」
ミーティアが家に戻ってきた。外と違って、家の中には昨夜の熱気が微かに残っている。
リビングに入ると、扉の向こうから物音がした。一階の倉庫兼作業場へ通じる扉から聴こえたそれは、本当に僅かな物音だったが、ミーティアは聴き逃すことなく気づくと、小走りで駆け寄り扉を開けた。扉の先は階段になっている。その階段を這って上がる長身の男の姿があった。眠そうな顔に、眼鏡をかけている。油汚れが付いた作業着を身につけていた。
「やー。おっはよ、アラン。まーた寝るまで起きてたって感じだね」
ミーティアがしゃがみこんで言った。アランと呼ばれた男は、眼鏡をかけ直し、ゆっくりと立ち上がった。つらそうに背を伸ばすと数回腰を叩きながら、
「おはよう、ミーティア。……相変わらず早いな」
「いや、アランが遅いだけだと思うよ」
起伏のない冷静な声に、ミーティアも同じ調子で返した。
「アランは昨日も夜遅かったの? 作業着のままじゃん。仕事?」
「ああ……。試行錯誤しているうちに熱が入って、寝てしまったようだ」
「もう、アランは寝起きだけはだらしないんだから。……あ、そうだ! せっかくだし、今日は私が朝ごはんつくろっか」
ミーティアがキッチンに入るために、アランの脇を通ろうとした。しかし、アランはミーティアの頭を鷲掴み、くるりと進行方向を変えさせた。
「遠慮させてくれ。朝から妙なものは食べたくない」
「んな! なんひどいて言い草」
頭を抑えられたまま睨み返すミーティアを、アランは一瞥もせずにあくびをすると、
「まあ椅子に座ってゆっくり待ってな。なんだって今日は、お前の誕生日なんだから」
アランは、頭を掴んでいた手で、ぽんぽんと数回撫でた。ミーティアは少し考えてから、
「ふむ、じゃあ今日は、お言葉に甘えさせてもらおうかな。……まあ、朝ごはんは毎日のことだけどね」
「そうするのがいいさ。毎日のことだけどな」
アランはキッチンに入っていった。
テーブルに着いたミーティアは、テレビを付けて、朝のニュースを見始めた。テレビの中では、春の訪れの挨拶から始まり、今日が教育機関の入学式であることを伝えていた。ノルト有数の教育機関で行われる式典を取材しており、そこに出席するお歴々を紹介していた。
「まったく、私の誕生日だっていうのにどいつもこいつも浮かれてさあ。ちょっとは私の事を祝えっての」
「お前の誕生日を世界の常識みたいに扱うな」
アランが、二人分の朝食とサラダを持ってきた。
「ありがとー」
「今日はデザートもあるぞ。昨日から仕込んでおいたんだ」
「おお、朝からなんという贅沢」
「そりゃあ、特別な日だからな」
「ふひひ、苦しゅうない」
そして、二人によるほのぼのとした朝食が始まった。テレビでは、いまだに若人の春の門出を報じていた。
「悪い」
アランが、突然箸をおいて言った。ミーティアが、何事かと顔を上げる。
「できれば、お前も学校に通わせてあげられれば」
サラダを頬張っていたミーティアが、一瞬何のことかと目を丸くしたが、すぐに気づき、
「んもう。気にしなくていいってば。アランはいつもそうなんだから」
「でも、普通だったら高等教育を受けられる歳なのに、俺はそれを受けるチャンスさえお前に与えることができない」
「いいのいいの。始めっからわかってたことだからさ。それにここ、旧市街から一番近い学校って、ノルト第三総合学園でしょ?」
そう言って、ミーティアはテレビを箸で示した。先程から画面に移っているのが、件の学校である。
「ここって頭がいい上に、珍しい貴族と平民の共学じゃん。そんなおっかない場所に行けないよー」
「だったら、どこか別の場所に引っ越してでも――」
「そこまで気を遣われたら、さすがにたまんないよ。私は、今みたいにふつーに生活していけるだけで十分幸せなんですー」
ミーティアは、朝食を一気に頬張ると、早々に立ち上がった。食器をまとめて台所に下げる。
「そうだ、ミーティア。渡しておきたいものがある。椅子に座って、足を貸してくれ」
アランはそう言い、脇にあった鞄を取り上げた。座ったミーティアの足元で、カバンの中身を取り出す。
「おお! それっていつか見せてくれた……」
取り出したのは、機械だった。丁度ミーティアの足を通せるくらいの大きさがある筒状の構造が二つに、その両脇から一対の金属板が折りたたまれた状態で結合している。さしずめ、脚に装着する機翼といった風体だ。
「言われてた通り、さらに足の動きに対する鋭敏性を高めてみた。試してみてくれ」
「エイビンセイ?」
「もっとちゃんと動くってことだよ、ほら足」
ミーティアは早速足につけ、両足をまっすぐ伸ばした。それに合わせて、スリムな金属板が左右に展開し、立派な翼になった。ミーティアは、そのまま足首を動かしてみると、それに合わせて翼も器用に角度を変えた。それも前後だけではない。足首をひねると、わずかにその方向にも動いた。三次元的に動く意のままの翼を動かしながら、ミーティアは感嘆した。
「すごい! もっと思い通りって感じ。これってもしかして、誕生日プレゼント?」
「いや、偶然今日になって調整を終える目処がたっただけだ。ううむ、ミーティアは特別だとして、いつの日か実用化する際にはもっと安定性を高めるべくアス比を低くするべきか……いや、そうなると街乗り用でしか……そもそも長距離用向きではないがもしかしたらそもあり得るし……、ここまできたら緊急用脱出用にするには勿体ない……」
ミーティアへの返答もそこそこに、アランは自分の世界に入ってしまった。もともと熱中したら止まらないたちなのは知っているが、今日のミーティアはその様子にちょっとむくれた。そこで一つ意地悪なことを言ってやろうと思いつくと、
「ほほう。じゃあ、誕生日プレゼントは他にあるってことですな? 期待していいのかな?」
「うっ、そ、そういうことは別に……」
「あははは! アランは誤魔化すのがヘタですなーっ」
ミーティアは足の翼をたたむと、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、お試しついでにお使いに行ってくるよ。今日は空港まで飛行機のパーツを運べばいいんだったよね」
お気に入りのカバンを背負い、玄関のほうへかけていく。その背中を、アランが呼び止めた。
「お前のことだから杞憂かもしれないが、気をつけて使ってくれ」
「キユウ? えっと……必要のない心配、だったっけ? りょかい、ありがとね」
「それとせっかくだ。帰る途中に先生のところで体を診てもらってくるといい。前に話は伝えておいたから、大丈夫なはずだ」
「そういえば、しばらく行ってなかったもんね。そっちも了解」
「それともう一つ……。改めて、誕生日おめでとう」
きょとんとしてから、ミーティアは笑顔をほころばせた、
「えへへ、ありがと。この一年間も、よろしくね」
ミーティアは部屋を出た。
早朝の涼やかな空気は色を変え、春らしい暖かさが穏やかに増していた。ミーティアの心の中は、それ以上にぽかぽかだ。
「いってきまーす!」
ミーティアは駆け出した。
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