第2話 いつもの朝。だけど特別な朝2

 旧市街は、長い歴史をかけて徐々に拡張されてきた歴史から、複雑に入り組んだ構造になっている。現地の人ですら、ヘタな路地に入り込んでしまうと容易に迷ってしまうほどだ。朝市通りも例外ではなく、狭い範囲に張り巡らされた路地を埋め尽くすように店が並んでいる。

 ミーティアは、幾つかの路地を慣れた様子で駆けていく。やがて、一つの店先で足を止めた。

「おっちゃーん、こんちわー」

 雑多な雰囲気の店だった。木の実屋と書かれた店先には、ナッツ類が詰まった幾つものガラス瓶が並び、天井からは乾燥された香草がぶら下がっていた。店内には背丈七十センチほどのずんぐりした中型の鳥が佇んでいた。鳥はミーティアは一瞥すると、

「おう。小娘、今日も来たのか」

 太くしゃがれた声で、ぶっきらぼうに言った。

「もう、いつ来てもがさつなんだから」

「これが俺の素なんだよ。で、何が入り用だ」

「んっとね-。カッシーの実とマナの実、ローリーの枝と、ラダーの花をちょうだい」

 鳥は、器用に瓶の中から樹の実を取り出していく。

「今回はえらい入り用だな。いいことでもあったのか」

「へへーん。なんていったってね、私の誕生日なのよね。だからそのお祝い」

「そいつぁめでたいが、誕生日の本人に準備させるなよ。アランはどうした」

「あーうん。いつも夜遅いからさ。そこは言わないであげといて」

「そうかい、やさしいことで。……そんなお前に、ほれ。これもつけてやるよ」

 そういい、店の奥から一つの枝を持ち出してきた。ついばんだそれを、ミーティアに渡す。立派な葉が付いており、いかにも生命力にあふれていた。枝の太さも、ミーティアの小さな手に握るのにちょうどいい具合だ。ちょっと振ってみると、葉がみずみずしい音をたてた。

「おぉー、元気な葉っぱ。あんまり見ない葉っぱだね、これって何? 食べられるの?」

「『母なる樹』の枝だ」

 そう聞くと、ミーティアは驚きのあまり枝を落としそうになった。

「え! っとと……。母なる樹、ってあの!?」

「あのだよ」

「草原の向こうの、大森林のど真ん中の、あの!?」

「その、だよ」

「ひぇ~」

 ミーティアは空を見上げた。細い路地だったが、丁度はるか遠くに太く壮大にそびえるその姿が見えた。

 多少開けた場所なら、どこからだって見ることが出来る巨木だ。

 その樹高は雲をも貫き、空を超えた先にまで達すると言われている。樹齢はいざしらず、どの生物よりも長い歴史を持つと言われており、鳥たちからはすべての生命の母と讃えられていた。

「なににも勝る縁起物だ。ひょんなことから俺の手元に渡ってきたが、まあちょうどいいだろう」

「でもいいの? とっても貴重なものじゃん。大森林の植物は決められた物以外は絶対持ち出しちゃいけないって聞いたよ」

「根こそぎすべてを持っていこうとする馬鹿な輩がいるから、そんな面倒な話になるんだ。必要なやつの元に必要な分だけ渡るのなら、我らが母も、悪くは思わねえさ」

「ほんとに?」

「しつこいな」

「そういうことなら……にひひ」

 ミーティア、戸惑いながらも、まんざらでもない笑顔である。

「“汝に、母なる樹の恵みとすべてを包む風の加護があらんことを”。ほれ、注文の品だ」

「ありがと。この恩は必ず!」

「あいあい。期待しないでおくよ」

 ミーティアは渡された包を鞄に入れ、最後にそっと、注意深く、母の樹の枝を入れた。

 そのとき、空から唸り声のような低い音が轟いてきた。

「んんん? なんだなんだ?」

 音は徐々に轟音の様相を濃くしていき、間もなく、旧市街に影を落としながら空高くにその姿を現した。

 それは、軍用機だった。五十人程度が乗れる、この国では一般的な小ささの輸送機である。それが二機並んで飛んで行った。

「け、まーた軍の連中がでかい顔をして飛んでいやがる」

 店主の鳥が悪態をついた。そういっている間に軍用機の姿は建物の向こうに消え、音だけを残しその面影を薄くしていった。

「あんなゴリゴリ力技で飛んでいて、優雅でもねえのに我が物顔をしてんだから、ヒトってのは滑稽なもんだ」

 店主が悪態を続け、ミーティアがそこにいることを思い出すと、

「おっと、悪い。ヒトとは言っても、嫌味を言いたいのは連中にだけなんだ。そんな、嬢ちゃんに言ったつもりはないんだ」

「うん、わかってるよ。わたしも、なんとなくわかるし」

「ん? なんて?」

「なんでもー! じゃあ、そろそろ行くね」

 ミーティアは、買い物鞄の中を確認してから店を離れた。

「そうだった。恩ついでになんだけど」

 ミーティアは一度立ち去ろうとしてから振り返ると、

「店先の幌、だけどさ。右脇のところがちょっと破れかけてるから、早めに直しておかないともっと裂けちゃうよ」

「ん? ……んん? どこだ?」

 店主が日よけの幌を見上げ、眉をひそめた。目に見える傷みは見られない。

「もっと奥のほう。私も見えたわけじゃないけど、確かに裂けてる“音”が聴こえるからさ」

「まいったな。俺も鳥だから耳には自信があったが、てんで気づかなかった」

「へっへーん素材が違うのだよ素材がね。そんじゃ!」

 ミーティアは、路地の空を見上げた。朝日を浴びた母の樹が、薄っすらと黄金色に輝いていた。心の中で感謝の思いを伝えたあと、ミーティアは来たときよりも軽やかな足取りで帰路へついた。


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