常棣(引用13:兄弟は助け合うもの)

常棣じょうてい



常棣之華じょうていしか 鄂不韡韡がくふいい

凡今之人ほんこんしじん 莫如兄弟ばくじょけいてい

 庭桜の花が、枝を同じくし、咲き誇る。

 およそ今のひとよ、兄弟ほど、

 頼りになる存在もない。


死喪之威しそうしい 兄弟孔懷けいていこうかい

原隰裒矣げんしゅうぼういー 兄弟求矣けいていきゅういー

 死は誰もが恐れるところ。

 しかし兄弟であれば、

 その恐れも乗り越え、助け合える。

 戦で平原や湿地に出ても、

 やはり兄弟は助け合えるものだ。


脊令在原せきれいざいげん 兄弟急難けいていきゅうなん

每有良朋まいゆうりょうほう 況也永歎きょうやえいたん

 水鳥のはずのセキレイが、平原にいた。

 かの鳥のピンチを助けるのも、

 やはり兄弟鳥であろう。

 どんなに素晴らしき友であっても、

 大概の場合、こちらの危地には、

 嘆息をついて終わるものである。


兄弟鬩于牆けいていげきうしょう 外禦其務がいぎょきむ

每有良朋まいゆうりょうほう 烝也無戎じょうやむじゅう

 兄弟とて、家の中では

 争い合うこともあろう。

 だが外部よりの謗りには、

 ともに戦うだろう。

 どんなに良い友であれ、いつまでも

 お前を助け続けてはくれるまい。


喪亂既平そうらんきへい 既安且寧きあんしょねい

雖有兄弟すいゆうけいてい 不如友生ふじょゆうせい

 様々なトラブルが解決し、

 平穏が取り戻される。

 こうなった時には、

 兄弟がいても、やはり友人のほうが

 優先されがちなのは、確かである。


儐爾籩豆ひんじへんとう 飲酒之飫いんしゅしよ

兄弟既具けいていきぐ 和樂且孺わがくしょじゅ

 しかし、皿に盛った豆を前に、

 存分に飲み明かすがいい。

 兄弟がともに、まるで幼子のごとく

 むつみ、笑いあっておくべきだ。


妻子好合さいしこうごう 如鼓瑟琴じょこしつきん

兄弟既翕けいていききゅう 和樂且湛わがくしょたん

 妻子とともに、歌を歌おう。

 兄弟で集い、ともに笑い合おう。


宜爾室家ぎじしつか 樂爾妻帑がくじさいど

是究是圖ぜきゅうぜと 亶其然乎たんきぜんか

 お前の家族によろしく。

 妻子とも、よく楽しむように。

 妻子と、兄弟との絆を、

 重々に重んじよ。

 そうすれば、私の思いも理解できよう。




○小雅 常棣


兄弟との絆は友人との絆よりも、親を同じくする分、普段はさほど強くは感ぜられこそせぬものの、いざ危急の場ともなれば、何よりも得がたき力となる。故に兄弟との絆を深めておけ。後半では妻子との絆をも深めておけ、という。友も大事であるが、家族との絆がいつでも支えとなろう、斯様に歌い上げておるようである。




■パパ兄弟仲の悪さが心配……


三國志6 袁譚裴注

忘常棣死喪之義,親尋干戈,僵尸流血,聞之哽咽,雖存若亡。


曹操のライバル、袁紹が残したとされる遺書の一節である。袁譚、袁熙、袁尚の兄弟が当詩に描かれるような兄弟の絆の尊さを忘れれば死喪の窮地を逃れるどころか、あっさりと滅亡してしまうだろう、というのである。パパはご慧眼であった。




■ワイはお見限りなんや……


三國志19 曹植

遠慕鹿鳴君臣之宴,中詠常棣匪他之誡,下思伐木友生之義,終懷蓼莪罔極之哀


これまでも紹介したが、曹植は曹丕に対して「兄上ラブ! 魏帝サイコー! 裏切りません! 裏切りませんから!!!」と、度々典拠ゴン盛りの手紙を送っておる。どちらかと言うとその文面があまりにも才気アピールすぎて、そのせいで曹丕に疎んぜられた気もせぬではないのだが。ここでも常棣を始めとした四詩を引き合いに出して宮廷を懐かしむなど鬱陶しい真似を決めており、自身も文才に自信ニキであった曹丕にとっては「この野郎……」としか思えなかったのではないか。




■勝手に賓客と会わないでください!


三國志20 曹幹

朕感詩人常棣之作,嘉采菽之義,


曹操の息子曹幹が、明帝の時代に勝手に賓客と面会した。魏のルールでそれはやってはいけない、とされていたにもかかわらず、である。なので明帝は曹幹に対して「勘弁してください叔父さん」と書をしたためておる。その一節である。常棣が示すのは兄弟仲の睦まじさであるし、采菽は賓客をもてなすことを喜ぶ詩である。身内とは仲良くやりたい、賓客は大事、それはわかる、わかるんだけどさぁ叔父さん、と言った様子である。まぁ、勝手に賓客と会われでもすれば何を吹き込まれるか分かったものでもないものな。




■魏室って兄弟仲最悪だよね


三國志20評 裴注

今魏尊尊之法雖明,親親之道未備。詩不云乎,『鶺鴒在原,兄弟急難』。


魏の宗室である曹冏という人が魏帝曹芳に宛てて提出した上表の一節。魏の法令は素晴らしいのですが、親族の仲が最悪なのがヤバいですよね。当詩で歌われているように、鶺鴒の兄弟のように手を取り合い、ピンチを乗り越えていきましょうよ、と訴え出ているようである。なおこの上表は曹芳の親族であり、当時の権勢を握っていた曹爽に破棄された。その曹爽が司馬懿に殺されたことを思えば、曹冏は慧眼というよりほかない。




■兄弟仲よく頑張んなさいよ


晋書3 司馬炎

處富貴而能慎行者寡,召穆公糾合兄弟而賦唐棣之詩,此姬氏所以本枝百世也。


司馬炎が息子たちに王位を与えた時になした詔勅の一節である。王位は与えるが富貴になって身を慎む者は少ない、ゆえに左伝の僖公二十四年条にて召穆公(召公奭の子孫)が兄弟が手を取り合うべくこの詩を引いて戒めたのに範を取るように、と伝えるのである。ところでなぜここだけ「唐」字をあてておるのか。




■兄弟は骨肉を分け合う


晋書22 楽志 宗親會歌

本枝篤同慶,『棠棣』著先民。


張華が作詞した歌の一節である。兄弟はその元を同じくしておるから仲睦まじくせよと当詩で歌われておるのだ、と歌うのである。




■司馬攸様マジ大切


晋書50 曹志

後雖有五霸代興,桓、文譎主,下有請隧之僭,上有九錫之禮,終於譎而不正,驗於尾大不掉,豈與召公之歌『棠棣』,周詩之詠『鴟鴞』同日論哉!


曹志はあの曹植の息子。やはり文義にたけておったそうである。晋武帝司馬炎にもよく仕えた。司馬炎が弟の司馬攸の権勢を恐れ左遷しようとした時、曹志が左遷反対の上奏をしたためておる。上記はその一節である。前段で君主を真に助けるのは周公旦や太公望のような人物のみであり、下った時代の春秋五覇とて結局は君主をたばかっていた。ならば司馬攸様のようなお方をそばにとどめ置かねば、当詩や「豳風 鴟鴞」の歌うような状況が現れてしまいますぞ、と諫めたのである。この上奏に司馬炎は激怒、曹志は左遷された。




■草書かくあるべし


晋書60 索靖

芝草蒲陶還相繼,棠棣融融載其華。


これは明らかに兄弟仲を謳うものではないが、一応拾っておく。書の達人である索靖が『草書状』中において、草書のありようとして「つたくさのように連綿とつながり、棠棣(はねず)がのびのびとその華を開いているかのよう」と紹介した、というものである。




■兄弟で戦争すんなクソが


・晋書122 呂纂

・魏書95 呂光子 呂纂

雖弘自取夷滅,亦由陛下無棠棣之義。


呂光の長庶子呂纂は弟より簒奪して後涼王となったのであるが、その後別の弟呂弘にも背かれたため、これを撃滅した。そして配下に「どうだ俺ツエーだろう」と言ったら、上記のセリフを返されている。いわく「呂弘は滅びましたが、と言ってあんたが兄弟を軽んじてんのは変わんねーでしょうよ」とのことである。これを聞いた呂纂、ピャッと彼に謝罪したという。まぁその後まもなく呂弘については暗殺したのだが。




■弟君を大事にしなさいよ


宋書61 劉義真

今猥加剝辱,幽徙遠郡,上傷陛下棠棣之篤,下令遠近恇然失圖,士庶杜口,人為身計。


劉義真は劉裕の次男。劉裕死後、長男の少帝と仲違いした。少帝及び劉義真の存在を煩わしく感じていた徐羨之らは、まず劉義真を王位から引きずりおろそうと目論み、少帝に劉義真の廃位を唆す。この事態に驚いた張約之という人物が「兄弟間でそんなひどいことすれば下々のものが怯えますよ!」と諫めにかかった。その訴えそのものは受け入れられたのだが、間もなく張約之は「栄転先で不審死」。そして劉義真も殺された。




■兄上に重荷背負わされた


宋書68 劉義康

臣幼荷國靈,爵遇踰等。陛下推恩睦親,以隆棠棣,愛忘其鄙,寵授遂崇,任總內外,位兼台輔。


劉義康は劉宋文帝の弟である。文帝を補佐し、才覚もありはしたのだが、いかんせん教養がなかった。そのため劉湛と言う人物の反逆疑惑に巻き込まれて殺されそうになる。この時劉義康は引責辞任を申し出ている。その時の上奏文の一節である。いわく「陛下ぼくを弟だからって重要な任務につけてくださったけど、正直ぼくが才能ないってこと忘れてたでしょ?」とばかりの内容である。ちなみに劉義康はその後なんだかんだあって殺されている。




■兄弟仲はともかく……


魏書59 劉昶

棠棣之詠可修,越敬之事未允。


劉昶は劉宋文帝の息子。前廃帝の無道にせめ立てられる形で北魏に亡命、帰順した。やがて前廃帝が明帝に倒されると、明帝から「北魏にいてもいいからうちにも臣下の礼とれや」と言われる。これに対してのコメントを北魏献文帝より求められたときに述べた内容の一節が上記である。「いやまあ兄弟仲を修復する分にはいいんですけど、彼を主として頂くのは、ねえ?」と、二君に仕える形になるのは良くないよねーと述べるのである。ちなみに劉昶は蕭道成が宋から禅譲を受けると、将軍となって南斉に攻撃を仕掛けている。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%B9%9D#%E3%80%8A%E5%B8%B8%E6%A3%A3%E3%80%8B

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る