物事の隙間

増田朋美

物事の隙間

物事の隙間

今日も又暑い日であった。また40度を超えた都市があったという。このままだと日本は、中東のドバイとか、マスカットと同じ気候の国家になってしまうようだ。そんな風に暑い暑いと多くの人が口にする、季節になってしまった。

「いやあ。もう本当に暑いですね。もう本当、このままだと旱魃でも、起こりそうな暑さですよ。」

「ほんとだほんとだ。どこかで日本も砂漠になっちまうなといって騒いでいたやつがいたな。テレビの映像何て役に立たないと思っていたけど、本当にそんな風になっちまうかなあと思われるほどの暑さだよ。」

杉ちゃんとジョチさんは、そんなことを言い合いながら道路を歩いていた。そういうことをしていると、昼の十二時を告げる鐘が、けたたましく鳴る。

「あら、もうそんな時間ですか。じゃあ、どこかでお昼でも食べていきましょうか。」

「おう、そうしようぜ。」

二人はそういって、近くにあった、ラーメン店、いしゅめいるラーメンに入ることにした。ラーメン屋さんは確かにあるんだけど、いつもなら、昼飯時でもうとっくに開店してもいいはずなのに、まだ、店の暖簾が出ていない。

「あれれ、今日定休日じゃなかったはずだがなあ。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ああ、ごめんなさいねえ。ちょっとわけがあって、開店が遅くなっちゃったのよ。ちゃんと、営業しますから、どうぞ入ってね。」

と、店の入りぐちの引き戸がガラガラとあいて、亀子さんがそういった。なんだ、ちゃんと営業できるんじゃないですかなんて言いながら、杉ちゃんとジョチさんは、急いで店の中に入った。店は、まだ開店したばかりなのかエアコンもちゃんときいていなかったが、とりあえず、杉ちゃんとジョチさんは、一番奥にあるテーブル席に座る。

「あんた、お客さんだよ。ほら、何やってるの。もう物貰いは直してもらったんだからそれでいいでしょ。」

と、亀子さんに言われて、疲れた顔してぱくちゃんが出てきた。急いでひらがなばかりで書かれたメニューを、二人の前へ渡す。

「はいはい。もういい加減に、漢字くらい覚えてほしいと思うんだけど、この人、漢字を覚えるのに抵抗があるみたいで、嫌がるのよ。」

と亀子さんが言った。ぱくちゃんが仕方ないだろう、僕もともと、漢字を使うのは嫌なんだから、と反論するが、亀子さんは、郷に入っては郷に従えよ、と、あきれた顔して言う。確かに、漢字を書く

経験の少ないぱくちゃんに、漢字を書けよというのはちょっといやな気がするというか、むずかしいだろうなと思われるが。

「じゃあ、いつも通り醤油ラーメン二つで。」

ジョチさんがそういうと、ぱくちゃんははいわかりましたといった。周りに客もいないので、ラーメンが完成するのに時間はかからなかった。数分で、杉ちゃんとジョチさんの前にラーメンが置かれた。

「いただきまあす!」

二人は、急いでラーメンを口にした。やっぱりこういうところに来たら、熱いラーメンをたべたいね、何て杉ちゃんたちは、そう言い合っている。

「ところでぱくちゃん。」

と、ラーメンを食べ終えた杉ちゃんが言った。

「さっき言ってた、わけがあるって何があったの?」

「いやあ、ちょっとねえ。」

ぱくちゃんも、こんな時だからこそ、話してしまいたいという雰囲気があった。ジョチさんが何かあったんですか?と聞くと、ぱくちゃんは、

「あのねえ、一寸物貰いが右目にできて、それで、治療してもらいに行ったんだ。例の杉村眼科だよ。九時に予約を入れて、短時間で診察が終わると思ったら、二時間も待たされて、もう疲れちゃった。」

といった。なるほど、それで開店が遅くなったのか。

「ああ、あそこはそうですよね。少なくとも二時間は待ちます。それで評判がえらく悪い眼科になっております。」

と、ジョチさんはそういうことを言った。

「だよね、だよね、だよね。もう、あんなに待たされるとは思いもしなかった。それでまたされたら、診察は丁寧かなと思ったら、一分くらいで終わっちゃうんだもん。腰が抜けるかと思ったよ。もう、二度と行かないと思ったよ。だって、病院に入りきれなくて、外で行列しているくらいなんだもん。」

「はああ、そんなに待つんかいな。外で行列して、この暑いのに、熱中症にでもなったら、責任とれるのかねえ。」

と、杉ちゃんが相槌を打つと、

「ほんとだよ。それに来ているのはお年寄りばかりでしょ。それじゃあ、ただでさえ熱中症になりやすいのに、誰かぶっ倒れるのではないかと、不安でしょうがなかった。」

と、ぱくちゃんも話を返す。

「しっかし、それだけ待つのに、みんな何を求めてそこへ行くんだろうかなあ。」

と杉ちゃんが意味深な顔をしていった。

「まあそうですね。あそこは、先生が東大出て、ドイツへ留学されていますからね。それにだまされてみんな行きたがるんじゃないですか。最も、東大出の人が、みんなすごいのかと言いますと、そうであるとは限らないですけど。」

とジョチさんはとりあえず答えておく。

「はあ、そうなんだねえ。まあ、東大は、一応日本では名の知られている大学だからねえ。日本人はどうしてそういう称号に弱いんだろう。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「ほんとだよ。二時間も待たされるんじゃ、ほかの用事ができるはずもない。もう二度と行かないよ、あんな変な所。」

「だから私が言ったでしょ。医療コーディネーターとか、そういう人に電話しなって。」

ぱくちゃんが言うと、亀子さんが、大きなため息をついた。確かに今は、医療コーディネーターという職業もある。そういうひとに、相談に乗ってもらうということができれば、病院選びに間違える心配はぐっと減る。でも、それを利用できるのは、ほんの一握りである事も知られている。

「はい、すまんすまん。今日は、大損をした。」

と、ぱくちゃんは頭をかじった。

杉ちゃんたちがそんなことを話していると、また店の引き戸が、ガラッとあく。いらっしゃいませと亀子さんが出迎える。誰かお客さんが来たのかと思ったら、新しい客は、若い女性。諸星正美さんだった。

「こんにちは、諸星さん。毎日暑いですね。」

ジョチさんが挨拶すると、

「ああ、杉ちゃんと理事長さんが来ていたんですか。今日はまたまた暑いですね。昨日ほどじゃないと言ったらそれまでですが、ほんと、今年の夏は暑いですよね。」

と、正美さんは、亀子さんに促されて、隣の席に座った。ぱくちゃんがまた、ひらがなだらけのメニューを出す。

「本当にごめんなさいね、こんなメニューしか書けなくて。全く、どうしようもないのよ。漢字くらい書けるようにならないと、日本では、通用しないと、言い聞かせているんだけど。」

と、亀子さんがそういうが、

「いいえ、もともと外国の方ですもの、覚えるのに時間がかかるのは、しょうがないでしょう。」

と、正美は、にこやかに笑って言った。ぱくちゃんがそれを見て、優しいなあと笑う。

「それより、諸星さん。犬の散歩の代行、始めたそうですね。商売は軌道に乗りました?」

とジョチさんが聞くと、

「ええ、まあ、ボチボチやっています。最近は、ペットを飼う人が少なくなったのか、依頼されることもあまりないんですけどね。」

と彼女は答えた。

「インターネットとかで集客すればいいんでしょうけど、その宣伝文句というか、自分に自信がないせいか、効果的な文句が書けないんです。」

「そうですか。SNSなんか使うと、うまくいけば集客にもつながりますよ。自信のあるなしは関係ありません。大事なのは、お客さんが、諸星さんのところにペットを預けると、どういうことができるか、をうまく伝えることです。できるかというより、得をするかと考えた方がいいかもしれない。」

ジョチさんがそういうと、

「そうですねえ。やっぱりさすが、理事長さんですね。そういうことはなかなか教えてくれないし、一寸ヒントになりました。ありがとうございます。」

と、正美は、にこやかに笑った。

「まあ、商売に限らず、どんな分野でもそうですよ。相手が何か得をすることを提供すること。それが人間の生きる意味じゃないかな。」

「で、その商売をやっている人間が、何でしょんぼりした顔で、このラーメン屋に来るの?」

ジョチさんがそういうと、杉ちゃんがそういう事を言った。確かに、正美さんの顔は、しょんぼりした、頼りない顔をしている。

「いいえ、大したことないんですけどね。」

と、正美は、そういって無理やり笑顔をつくろうとするが、

「そんな顔をしているんだったら、いっちまったほうが楽になれるよ。さっさと発言して楽になれよな。」

と、杉ちゃんに言われて、これはもう言わなきゃならないなと思い、こう発言した。

「ええ、うちの祖父のことですけどね。あのなんだか、さかさまつげのまつげをとってもらいたいと言って、あの杉村眼科に通っているんだけど。」

「はあ、そうか。ここにいるぱくちゃんも、二時間以上またされて困ったそうだぞ。お前さんのお爺さんもそうだったのかなあ。」

杉ちゃんがすぐにそういうことを言った。

「まさしくそうなのよ。本人はえらい先生に診てもらえていいのかもしれないけれど、あたしたち家族が大変で。だって、あそこへ行くと、二時間以上座らされるのよ。もう疲れてたまらないわよ。」

なるほど、確かに、年寄りは、権威というものに弱いということは確かにあるのだが。正美は話を続ける。

「それでねえ、今日母が新しい眼科を探そうと言いだしたのよ。まあ、富士の中央町だっけ?評判のいいところあるわよね。そこにしないって祖父に持ち掛けたのよ。新しいところだから、問診票をメールで送るとか、いろいろ手続きはあるんだけど、口コミサイトで評判もいいし。」

「そういえば、確か二、三年前ですか。中央町に開院しましたよね。お医者さんは杉村さんのような権威があるわけじゃないけど、しっかり診察してくれるみたいで、評判はいいみたいですよ。」

正美の話にジョチさんがそういうことを言った。

「そこにしようと思ったけれど、ほかの病院に転院するには、紹介状とかそういうものがいるじゃない。今までの権威がある先生から、別の病院に行くとなるとどういう口実でお願いしたらいいかでもめてしまって。」

「はあ、そうか。そんなこと、簡単じゃないか。もう二時間以上待つのはきついから、おさらばさせてもらうって、正直にいえばそれでいいのさ。だって悪いのは、僕たちじゃない。僕らは選ぶ権利があるはずだろうがよ。そういうところ、ほらさっき、亀子さんが発言した医療コーディネーターみたいな人は、頼めないの?」

「そうねえ。杉ちゃんの言う通り、そうすればいいんだけど、うちの家族は私がいるせいで、他人に何か頼むことができなくなっていることも確かなのよね。だって私が働いていないことを、他人にばれたら、何をされるかわからないでしょ。弱みを握られて、何かを取られてしまう可能性もないわけじゃないわ。そうなったら私のせいだから、私は誰にも言えない。」

「まあ、それはちょっと考えすぎだ。正美さんのせいじゃないんだよ。目が悪くなったのは、お爺さんの事だからね。混同してはだめだぜ。」

自分を責める彼女に、杉ちゃんは言った。

「で、正美さん、畢竟して、どういうことになったんです?新しい眼科に行くことを承諾してくれたんですか?」

とジョチさんが聞くと、

「ううん、その逆。紹介状を書いてもらうのが大変だからとか、その口実をつくれないからとかで、結局、杉村眼科に通い続けるって、今までの意思をはるかに強くしたわ。あたしたちは、杉村眼科に行って待ってるのは、もう大変だからやめてもらいたいって、言いたかったのにね。もうあんな年なのに、誰かの付き添いなしではいけないのに、そういうひとの気持ちなんて全然考えていないのよあの人は。どうせ、若い人は役に立たないから、とかそういう事を思っているんだわ。もう、付き添い何てしている間に、できることはいろいろあって、それをやることだってできるはずなのにね。」

と、彼女は答えた。

「はあなるほど。そういうことになっちまったわけね。まあ、僕たちが、困っていることは、これっぽっちも伝わらなかったということね。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「まったく、あたしたちは、あの病院に通うのはもう大変で。あの人だって、待っているのがつらくてしょうがないってさんざん漏らしているくせに、いざとなるとそういう風になっちゃうのよね。なんで、自分だけなんだろう。なんで家族の事とか、考えないんだろう。其れってやっぱり、うちが普通の家ではないせいなのかしらね。あたしが働いていないから、それで俺がまだ現役でやらなきゃいけないとでも思っているのかしら。あたしは、やっぱり消えた方がよかったのかしらね。」

と、諸星正美さんが、そういうことを漏らした。ジョチさんが、そこまで考えなくてもいいのではといった。

「そんなこと、気にしすぎですよ。まあ確かに、普通ではないことをしていると、いろんなことに過敏にはなりますけど、なんでも自分のせいにしてしまうのは、良くないことです。それは、お爺さんが、ただ頑固すぎるだけのことです。」

「そうですね、理事長さん。ほんと、母がお嫁さんとかだったら、もうとっくに家庭崩壊していると思いますよ。だって、本当に無茶な事ばっかり言うんだもの。あたしだったらとても耐えられないなあ。あんなふうに命令ばっかりして、年寄りっていう弱さを利用して結局あたしたちを困らせて。それをみんな家族のせいにして、親戚一同にあたしたちが悪いって、まき散らすんですよ。全く、誰のおかげで生かしてもらっているんだかって思ったことだって、ないわけじゃないわ。働いていない私が、そういうこと言ったら、そうね、もう死ぬしかないと思うけど。」

「まあそうですね。お年寄りは、変な風に解釈してしまうことはありますよね。でも付き添いが負担になるのなら、一人でいってしまえと言ってしまってもよいと僕は思いますけどね。」

「理事長さんが言うことが実現できたら、こんなふうに悩みませんよ。もう、あの人は、若いからって言って、家族をバカにしているんじゃないかしら。」

「そうだ!」

ジョチさんと、正美がそういうことを言い合っていると、杉ちゃんがでかい声で言った。

「じゃあ、若い人をバカにするんだったら年寄りを出そうよ!」

「は?」

ジョチさんも正美も、一瞬何ごとかと思ったが、

「だから、同じ年代の人に叱ってもらうの。同じようにして暮らしていることをわからせれば、文句は言えないでしょ。」

と、杉ちゃんは言った。

「ああ、なるほどね。わかりました。それじゃあすぐに実行に移した方がいいですね。最近は若い人を説得して病院などに連れていく企業もあるようですが、幸いなことに、ポカホンタスさんで、一人暮らしのお年寄りの話し相手になるという事業もやっていますから、それでお願いしてみましょうか。」

さすがにこういうところはジョチさんであった。すぐに自身が買収した企業の中から、適したものを引っ張り出してくる。

「ポカホンタスさんって、宅配弁当の会社じゃなかったの?」

杉ちゃんが聞くと、

「ええ、宅配弁当や料理教室を手掛ける会社ですが、そういう高齢者と話すことも最近始めて、地域の高齢者に喜ばれているようですよ。」

と、ジョチさんは答えた。すぐにタブレットを出して、ポカホンタスさんの所在地と電話番号を、教えてくれた。正美は、ありがとうございますと言って、そのメモ用紙を受け取る。多分、社長の土師煕子というおばあさんであれば、なんでも相談に乗ってくれるということも付け加えた。

「よかった、そういう隙間を埋めてくれる人がいてくれて、本当に助かりました。ありがとうございます。」

にこやかに言って、うれしそうな顔をしている正美に、

「ええ、お役に立てれば光栄です。ここに電話して、悩んでいることを話してみるといいですよ。土師さんなら、高齢者と若い方との隙間を埋める役割をしていると思いますから。」

と、ジョチさんが言った。

「なるほどねえ、隙間かあ。何だろう、現代に欠けていると思われるものは、企業とか、病院とか、そういうのをつなぐ橋渡しをする相手ってことだな。」

杉ちゃんは、腕組みをしてそう言った。

「それは家族だけではもうできないってことですよね。本来ならできたとか、そういう変な理屈は、もう抜きにして、ちゃんとできないならできないと認めること、そして助けがあるということをはっきりさせておくのが必要ですよね。」

ジョチさんがそういうと、

「ありがとうございます。あたしが、いうのも何なところもあるけど、言わなきゃ変わらないところもあると思うから、あたし、頑張ってみます。」

と、諸星正美さんは言った。

「そうそう。それに、働いてないとか、そういうことをひっかけちまうからダメなんだ。まあ、お爺さんの体の衰えの事とか、まだまだ活躍しなければならないという気持ちは、もう聞くのが嫌になるなら、外部の人に聞いてもらいな。そして、家族ではもう二時間待つような病院にはいけないとはっきり伝えてもらう事。それが、家族ではどうしてもできないんだからな。それをうやむやさせてたら、余計におかしなことになるから。」

と、杉ちゃんが正美さんを励ますようにそういう。ぱくちゃんが、

「いいなあ、困っていると助けてもらえるところがあるなんて幸せじゃん。僕たちは、たとえそんなことが在ったとしても、何も手立てしてもらえないよ。」

と、にこやかに笑っているがちょっとうらやましそうに言った。

「ぱくさんだっていいんですよ。商売人というのはね、どんな相手でも必ず任務を成功させることが、一番大事なんですから。」

と、ジョチさんが言うと、

「そうだね。でも、僕は最近悩んでいることはない。さっきの評判の悪い眼科の話も、なんか話したら、すっきりしちゃった。」

とぱくちゃんはカラカラと笑った。正美は、この人たちがしてくれたことに、感謝の気持ちをもって、

「何かの隙間に入る会社とか、そういうものも必要なのかもしれないですね。」

といった。

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物事の隙間 増田朋美 @masubuchi4996

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