劣等生

 私は"いい子ちゃん"だったのだと、彼と出会ってから気が付いた。私の胸を覆っていたどんよりとした暗い何かは、他人に対して怒りや失望を抱いた時、自分に原因があるのだと思い込んでいたことが原因だということも、彼と出会ってから知ったことだ。反対に彼は絵に描いたような"悪い子"で、他人を憎むことが悪いことだと思ったことすらないような人だった。どうして彼に出会ってからなんだか息が楽にできるような感覚がするのだろう?

「上手に生きられない私が悪いんじゃなくて、私を取り巻く世界が悪いんだと思えるようになったんじゃない?」

なるほど、今日も私は優等生だ。自問自答を終え、隣に座る愛しきアウトローである彼を見ると、パソコンの前であからさまに顔を曇らせている。聞けば投稿した小説が箸にも棒にもかからないらしい。彼が自嘲的な笑みを浮かべながら口を開く。

「俺もそろそろ自分の脳みそが陳腐だってことを認めようかな」

私は少し舌先で言葉を転がしながら、したり顔で返す。

「……でも、私は君の才能を信じてるよ。君を見初めた私を信じたいし、私を見初めてくれた君を信じたいから」

彼は私の言葉に目を細めた後、困ったように笑った。

「かける言葉間違えた?」

私がその表情を不安に思って尋ねると、彼は黙って私の頭を撫でる。そんな彼の横顔が後悔に塗れているように見えて、思わず目を瞬いた。どうして? ──優等生の私も、返事をしない。



 隣で彼女が寝息を立てている。白い頬には涙の跡がうっすらと残っている。思えば彼女が俺の前で涙を流したことは滅多に無かった。今日彼女を泣かせたのは他でもないこの俺なのだが。

 狡猾な俺の才能を無邪気に信じ込み、世界と彼女自身の才能を不信した彼女に対して薄ら寒い恐怖を覚えた俺は、待てど暮らせど俺を認めようとしないこの世界に嫌気が差した俺は、彼女との心中を提案したのだった。



 彼からその提案を受けた時私の胸の中にあったのは少しの驚きと安堵だった。彼に出会って以来ただでさえ味方では無かった世界が敵のように思えて仕方がなかったから。そして、私達を繋いだバイブルとも言えようあの本の作者と同じ末路を辿れるということが嬉しかったから。だから、あの時私の頬を伝った涙は死への恐怖でもこの世への未練でも無くて、彼とこの生を閉じられる喜びだったのだと信じている。

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