第14話竜胆 凜音という彼女。

 竜胆りんどう 凜音りんねは俺にとって唯一の大人と呼べる人であり初めて本気で好きになった人だったと思う。

 煙草の見過ごしや俺への贔屓目ひいきめを考慮すると、いささか教師としてはまずい気もするが、そういう大雑把な性格からか生徒の人気も高い。

 彼女に言わせると「学校は社会の縮図だ。社会で生き残るには、運とコネが必要だよ。表上は平等をうたっても、裏では贔屓だってするし、区別だってする。差別は違うがね。まあ、実際はうーんっとコネかもしれないけどな。」だそうだ。

 俺も社会人を経験してみて思うのは、本当にそうだったってこと。

 上司にペコペコと頭を下げて、呑みたくもない酒を呑み、聞きたくもない話を聞く。そうやって、好かれパイプが大きく太くすれば出世だって早いし、将来安泰だ。

 でも、彼女は見るからにそんな生き方をしてるようには思えなかった。

 弱者や少数に手を差し伸べて、一般的な正しさを理解しつつもその正しさの奴隷に成り下がらない。

 彼女は、いつも孤高であり孤独なのだ。

 きっと、そんな彼女にも彼女だからこそ現在進行形で苦悩だってあるだろう。

 しかし、俺にその弱みを見せないだろうし、見せたとしても頼る相手は俺じゃない。

 今になって…社会人になってから分かる。

 高校生は守られる存在であっても守る存在になってはいけない。それが社会の正しさなのだ。

 昔の俺は、そんなこと分からなくて何をするわけでもなかったけど、何度も悔しい気持ちに打ちのめさせられた。(我ながら、青いなあ。)

そんなことを考えながら、俺は彼女を見つめる。

やはり、若いとはいえ大人びていて、風にたなびく黒のロングヘアーからは優しい香りとタールの混じった俺としては落ち着く香りがする。

俺を見つめる長いまつ毛の奥に潜む紺色の瞳は何処までも優しい。

俺はその彼女の優しさに甘えてしまうのだ。

 だから、彼女との最後になる会話ですら感謝でもなく嫌味でもなく告白でもないふわっと言葉しか交わせなかったのだろう。

 もし次があるのなら彼女とは、しっかりとした別れを告げたいと心から願う。

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