第10話社会人には「嘘」が必要です。Part2

 植物園のドームは、4階建て円形構造をしている建物である。その各階は、1階から順に各季節毎に見頃を迎える花の紹介や実際に花が展示されていたりする。なんともオシャレな演出である。

 周りは俺たち以外にもカップルがチラホラ見受けられるが、他を気にしている様子もなく2人だけの世界を浸っている。かくいう俺達も負けず劣らず自分たちの世界に浸っていた。

 隣にいる彼女は、「どの花から見ようか」とせわしく首を右左右と動かしている。

 そんな彼女を可愛らしく思いながらも、話しかける。

「ここでも、花の紹介を頼む。俺もアリスの好きな花知りたいしな。」

「…いいよ。」

「ありがとう」

 彼女は気恥ずかしそうにしていて、こちらも恥ずかしい。

 彼女は丁寧に花一つ一つに対して色々なことを教えてくれる。

 動物園も植物園も水族館もスーーっと流し見な俺からしたら、春から秋までで昼の13時になっていた。

 俺の腹もそろそろ限界を迎えそうで、説明に集中出来ない。

「なあ、遅くなって悪いが、飯にしよう。」

「そうだね。」

 彼女もすぐに了承するところを見るに、お腹が減っていたのかもしれない。

「どこへ食べに行くの?」

「ふっふっ…アリスが好きな食べ物さ。行くぞ!!」

「私が好きな食べ物??」

 がもう一度拝めると思うと、自然と笑みが零れる。少し早くなる俺の足取りを、彼女が歩調を合わせようとして軽快なステップを踏んでいるようで、どこか楽しそうだった。

 さあ、驚かせてやるぞ。

「ここ?」

「そうだ。『びっくりフィッシュハンバーガー』という名のフィッシュバーガー専門店だ!ふはっは。」

 そこには、高らかに笑う俺とは対照的に眉をひそめる彼女かいた。

 彼女が困惑するのも無理はない話だ。適度にテカテカと油の滑りを感じる床、タールで占領された重苦しい空気、ブラウン管の看板、カウンターに置いてある一見統一性のない沢山のアルコール、その全てが店に入りづらい雰囲気を醸し出しているし、俺もを知らなければ関わらなかったであろう店だ。

 中に入り適当なところに腰をかけると、小汚いエプロンを着たチリチリの髭をたくわえたこの店のマスターが水を運びにくる。

「注文は?」

「タルタルえびえびマヨマヨトマレタバーガーを2つとドクペ2つ。以上で!」

 はいとも言わず、去るマスター。こういうマスターは愛想がなくて怖いと思う人もいれば、俺みたいに職人気質を感じさせ、会話の邪魔を極力しないような態度を終始してくれるので楽だと思う人の2パターンいる。たまに、注文忘れて再度聞きに来るのもご愛嬌みたいなやつだ。

 そんなことを思っている俺の正面には、少し緊張して震えている彼女がいる。

「あんまり緊張するなよ、絶対美味しいから。」

「…。」

 こりゃダメだ。

 そんな彼女をよそに、料理を両手に抱え持ってくるマスター。

「はい、ご注文の品ね。」

 ドーンとテーブルに置かれた商品を見て彼女は青ざめている。

「…これ、食べるんですか?」

 確かに、俺も最初見た時同じリアクションをアリスとしていたのを思い出す。

 はその名の通り、メニュー名の順にバンズの下にたっぷりのタルタルソース、海老フライが2本、マヨネーズ、トマト、レタス、最後にバンズが挟んであるバーガーだ。(メニュー名、何とかならなかったのか?)

 ご丁寧に崩れる前提なのか皿が大きい。

 見た目全体にマヨマヨ感が溢れていて凄すぎる。

 もうちょっと、トマレタ気はしないでもないがこれもご愛嬌といったところだろう。

 彼女は、その見た目にどう食べようか悩んでいるようで、俺が食べ始めるのを待っている。

「いいか。よく見ておけよ?こう食べるんだ!」

 そういうと、バーガーを両手でしっかりと持ち、皿の上に落とすように前かがみになってボタボタと落ちるマヨになりふり構わずかぶりつく。

 そして、すぐに口の中のドロドロをドクペで洗い流すかのように飲むのだ。

 美味い。美味すぎるぅうううう。

 彼女は驚いた顔をしていたが、俺が食べ進めると諦めもついたようで決心したかのように小声で「いただきます。」と言ってかぶりついた。

「どうだ、美味いだろ?お前が一番好きだった食べ物なんだぜ。」

 キラキラとエメラルド色に光る目が、言葉には出さないがお気に召したのを示している。

 1口、2口と決して大きくない口を一生懸命開けて、頑張って食べる姿は“可愛い”以外では例えようがなかった。

 彼女はお嬢様で、はしたなく食べる料理は食べたことなかったのだと思う。

 俺はそんな彼女を微笑ましく思い凝視する。そうすることで彼女の幸せの姿を目に焼き付けていた。

 若き時代の俺よ、恥ずかしがって彼女をあんまり見なかったの大損だったかもしれないぞ。

 だが、安心しろ。俺がしっかりチャラにしておいてやる。

「いくらでも待ってやるから慌てて食べるなよ。」

 そう言って、彼女の口の周りに付いたマヨマヨ達をナプキンで拭いてやった。

「それぐらい、出来る。それに…恥ずかしい。」

 彼女は自分の気持ちを言葉にした。

 その言葉に、俺も嬉しさと恥ずかしさを感じてしまった。

 すまない、若き俺よ、この可愛さはチャラどころか万馬券を当ててしまったようだ。

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