第8話
「はァ……ようやくかよ」
数十分かけて、ようやく呼び出されたイドラはだるそうな雰囲気のまま、壇上の上へと歩いていった。
この五人ペアと言うのは番号順であるので、2295番からのイドラ達五人が先程も言った通り、最後のグループであった。
観客は多く存在しているが、先程まではいた数十人の受験生はそのほとんどがもうこの会場には居ない。
怪我を負ったという事で、医務室へと配送されたのだ。
しかし当のノアはいくら未熟と言っても、数十人の受験生達を相手に連戦を重ねているにも関わらず、大して疲労している様子はない。
この辺りは流石というべきなのだろう。
「おや、どうやら君達で最後のようだね。まあ、お疲れ様とだけ言っておくよ。これまでの戦いを見ればわかるけど、君達は今から僕に無様に倒されるんだからね」
壇上に上がったイドラ達五人を見て、ノアは愉快そうに失笑しながら、そう呟いた。
あまりにも舐め腐った態度にイドラを除く四人の受験生の表情が怒りに染る。
彼らはそのほとんどが貴族とだけあって、ここまでコケにされる事に耐性を持っていないのだ。
しかし、この学院では貴族の権威は全く通用しないし、何よりノアも貴族。
実家が伯爵家というかなりの高い爵位であるため、それよりも低い彼らは、ギリギリと拳を握り黙り込むしか無かった。
(たくよォ、安っぽい挑発だな。……ンや、ありゃあ、素か?……はははは、やっぱり貴族ってもンは見てておもしれぇなぁ。あっの、無駄にたけェプライドをポキッと、へし折ってやりてぇぜ)
だがまあ、イドラはそんな事を言われても特に気にする様子もなく、内心で相変わらず貴族というものをそのように馬鹿にしていたが。
ノアはここ最近……というか1週間ほど前から人の心理というものに興味を持つようになっていた。
人という同じ種族でありながら、しかしその性格や考え方は千差万別。
研究所にいた頃は特に興味も持たない分野だったが、こうして外界に出て直に人と接していると、その興味深さがよく分かったのだ。
故に、彼はそんな事を思ってしまっていた。
「まあ、いいや。とりあえずかかってくるといいよ」
ノアが武器を構えて、そう言葉を発すると同時に審判が「試合開始っ!!」と開始の合図を告げる。
その瞬間、またもや観客席から多大な興奮の声が発せられる。
娯楽の少ないこの世界において、こう言ってはなんだが、人間同士の戦闘試合という物は数少ない娯楽であるのだ。
「「「「ーーふっ!!!」」」」
そうして挑戦者である受験生四人は、すぐに勢い良く、ノアとの距離を詰める。
これまでの戦いで自分達とノアの間に隔絶した力の差が存在している事は、彼らは認めるのは癪だが理解していた。
故に単純明快。
持久戦に持ち込まれれば勝ち目は無い……という事で、速攻でケリをつける気でいたのだ。
もちろん、これまでの受験生達は皆同じように考え行動し、それでも勝てなかったという事は彼らも知っている。
……が、他に方法が存在しない以上は、こうするしか道は無かった。
「……まアただ、勝てねェよな。俺からしちゃあ両方とも雑魚だが、まだアイツの方が強ェみてェだしよォ」
イドラはぼけっとその場に佇みながら、遠い目でそんなことを呟く。
イドラが責めないで、その場から動かない理由……それはただ単にイドラが、他の四人が足でまといとなると考えていたからだ。
このまま動いても、もちろん倒せることには倒せるが、しかしそうなれば他の四人が戦闘中に足を引っ張る可能性が高いという事をイドラは分析したのだ。
故に動かない。
とっとと倒されて欲しいというのが彼の本音であった。
そして、それはすぐに結果として現れる。
「だからさ、もうちょっと頭を使いなよ。そんな突っ込んで来たところで、雑魚は雑魚なんだからさ」
ノアは蔑みの視線を向けた。
「だけどまあ、僕の力をアピールする良いチャンスか?……ここで僕の優秀さを見せつけて先生方に気に入られれば、あれに入れるかもしれない……」
しかしボソボソとそう呟くと、向かってくる彼らに向かって剣を向ける。
「はははっ、光栄に思うがいいよ。なんせ君たちは今から僕の本気の一撃を見れるんだからね!!!」
ノアはどこか覚悟を決めたように、両手で剣を構える。
……そして次の瞬間、勇敢な雄叫びを上げて攻めてくる彼らに向かって、ノアは自身の放てる現時点最高の一撃を放った。
「我が一撃を喰らえ!!ーーー奥義、星斬りィッ!!!」
ズバババババババッ!!!
そうして一刀が振るわれた瞬間……四人の攻撃がノアに当たる前に、その身体が幾度もなく斬られ、そのまま一瞬でその場に倒れさせる。
「「「「うわあああぁぁっ!!?」」」」
辺りに鮮血が巻き散った。
「ぐうぅぅ……」と痛みから唸る彼らだが、足の健をも斬られていて、まともに立つことすらできない。
傍から見ても、これ以上の戦闘は不可能であった。
「うおおおっ!すげぇぜ!なんだ今の技は!?」
「やべぇ、全く見えなかったぞ!?」
「流石は、我らがノア様だぜ!!!」
星砕きで四人をダウンさせた瞬間、観客達がそれを見て叫び始める。
これまでの戦いもなかなか面白かったが、今の星砕きは常人の目では到底捉えられない程の速度で放たれていたのだ。
それ故に一瞬で彼らを倒したその技に興奮を抑えきれなかったのである。
「へぇ……。今のはなかなかマシじゃねェか」
しかしイドラはそんな一撃を見ても、顎に手を当てながらそう呟くだけで、特に悲観的になるなどの様子は全く無い。
……まあただ、世界最強の力を持つ『悪意の群衆』《アンラ・マンユ》イドラだからこそそう思えているだけであり、常人ならばあまりの完成度に戦意喪失をしているだろう。
……今の一撃はそれほどであった。
「……で、君はどうするのかな?僕は降参するのをおすすめするけど。……ほら、今の一撃見ていただろう?君ごときじゃこの子達と同じで、地面に無様に這いつくばる事になっちゃうと思うからさ。嫌だろう?そんな醜態を晒すのは」
くるり、と身体の向きを変えてノアは髪の毛を弄りながら……イドラの方を見てそう告げた。
その言葉はイドラの身を案じてから来たものでは無く、ただ単にノアがこれ以上は面倒くさいと思っていただけである。
イドラはノアの周りで未だに呻きながら倒れている四人を見てから……そして直ぐにノアに視線を戻して言った。
「へぇ、この俺に降参を進めて来るとはなァ……流石はオキゾクサマ、優しいぜェ。でもよォ、一つ間違ってるぜ?この試験が終わった時、無様に這いつくばるのは俺じゃぁなくて、テメェの方だって事だ」
ぎゃははははは、と品なく笑いながら話すイドラに対して、髪の毛をいじる手を止めて、ノアはピクリと反応する。
その瞳にはイドラに対する憤怒の様子が浮かんでいた。
「……僕が這いつくばるだって?君のような平民にこの僕が負けるという事か?」
「あ゛?ンなもん当たり前だろオがよ。逆にどうやったら俺がテメェ如き相手に勝てねェんだ?」
イドラは心底不思議そうに、ノアのその問いに即答する。
その答えを聞いて、ノアは顔を真っ赤にし怒りの感情からプルプルと震えた。
「お前!!!もう許さん、許さないぞ!!この僕を馬鹿にしたな!!!」
「ぎゃはははは!!!図星を突かれたからってよォ、茹でダコみてェに顔を真っ赤にして……お前、顔芸の才能があるんじゃねェか!?」
「……殺す……お前だけは絶対に殺してやる!!本気で殺してやる!!手加減なんかしてもらえると思うなよ!?」
「安心しろ、俺は手加減してやるからよォ。当たり前だけどさぁ、一瞬で勝負が決まったら……面白くないもンなぁ?」
あまりの怒りに我を忘れながら剣先を向けてくるノア。
しかしながらイドラはそんなノアを見ても、相変わらず挑発し続ける。
とりあえず、舌戦は圧倒的にイドラの勝ちであった。
「てかさ、オキゾクサマってのはおバカ様だし、沸点が低いってのが相場だけどよォ……お前はその中でも特にだな。ここまで反応するとは思わなかったぜ」
そうしてイドラの、その本心から発せられた……彼にとっては何気ない一言。
……それが、開戦のきっかけとなった。
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