第7話

 二十三番会場に到着したイドラだが、すぐに会場の端の方へと移動し、他の受験生の邪魔とならない位置で、壁に持たれながら時間が過ぎるのを待つ。


 ……まあ、正直イドラは他の受験生の邪魔にならない様になどとはこれっぽっちも考えていなかったが、特に他にすることもなかったのでそのように過ごした。


 会場の中には数十人ほどの受験生が存在していたが、その誰もが他の受験生と話をしていたり、緊張をしていたりしており、イドラに気付いた様子は全くと言って良いほどに無かった。


「……あァ、あれが試験官かァ?」


 と、しばらくそうして待っていると会場に鐘の音が響き渡る。

 そして、それと同時に入口から学院の教員が数名と生徒が一人入ってきた。


 学院教員は分かるが、何故生徒まで来たのかがイドラには少しの間分からなかったが……教員ではなく生徒の方が今回の入学試験の相手を務めるのだろう、と予想した。


「開始時間になったので、二十三番会場にいる受験生は今すぐに集まりなさい!!」


 教員のうちの一人がそう叫んだ。

 それを聞いた受験生達は少しザワザワとしながらもその支持に従い、歩き始めた。

 もちろんイドラもだ。


「よーし、集まったな。では、今から君達には本校入学試験を受けてもらうぞ。皆も知っている通り、黎明学院は完全実力主義。君達には今から学院生徒と戦ってもらう!」


 そうして、受験生が周りに集まったのを確認したそんな事を言いながら、隣にいた生徒を示す。

 ライトブルーの長い髪の毛を後ろで結んでいる、かなり顔立ちの整った青年だ。


 まあ、それを見てもイドラは特に何も思わなかったのだが、他の者達は違う。

 彼を見た瞬間……そのほとんどがザワザワとざわめき始めた。


「おい、あれって……」


「……ああ、ノア=オルバス先輩だな」


「ええ!?あのノア先輩!?確かめちゃくちゃ強いんだろ!?」


「む、無理だ。こんなの勝てっこないよ」


 という風な悲観の声が多かったが。


 ただしそんな中、イドラは訝しむようにしてノアを見る。

 強い、強いと辺りの受験生達は言っていたが、イドラから見ればそれこそ、そこら辺にいる一般人とそう大差ないほどに弱いと感じられたのだ。


 ノアは自信満々の様子を見せているが、一般人の強さが一として、それが少し上がって五や六となった程度の強さしさノアには感じられず、「……はァ」と落胆の様子を見せる。


 ただまあ、これはイドラが少しおかしいのだろう。

 このノア=オルバスという青年は総合的に見て実は本当に、かなり優秀であるのだ。


 ……が、しかしイドラの膨大な力と比べると塵芥。

 イドラは自分自身の力を基準としているため、どうしてもそのように感じてしまったのだった。


「おお、知っているやつも多いようだな。この生徒はとても強いぞ?……ただまあ安心してくれ。君達が勝てる相手だとは思っていないからな、受験の合否に関しては勝敗関係なく決定される。俺達は君達の戦い方を見るという事だ」


 ニヤリとしながら学院教員がそう話すと、見てわかるほどに受験生達から安堵の様子が見て伺えた。

 ならば自分達にも受かる可能性は十分にある、と。


(はァ?こんなカスにも勝てないなんてよォ……そりゃ、いくら何でも雑魚すぎじゃねェか?)


 まあイドラは心の中でそんな事を思ってしまっていたが。


「よし、では少し自己紹介をしてもらうか……ノア」


 教員の一人がそう言ってノアを見ると、彼はどこか勝ち誇った様な表情を浮かべながら、一歩前へと進み出た。


「オルバス伯爵家が次期当主、ノア=オルバスだ。先生方からの紹介もあった通り、僕はとても優秀だからねぇ。君達が勝つなんて天地がひっくり返ってもありえないけど……まあ、せいぜい一太刀ぐらいは浴びせられるように足掻くといいよ」


 だが、やはりと言うべきか見た目通りの貴族らしい性格であった。

 その少しの垂れ目には、集まっている受験生達を見下しているという事が見て取れる。


 もちろんいくらノアが優秀であるからと言って、そんな事を言われれば受験生達としては当然面白くない。

 明らかに邪険な雰囲気となった。


「ごほん。まあ、少し難のある性格だが……腕の方は本物だからな。君達には良い刺激となってくれるだろう」


 教員はそう言うが、実際のところ全くフォローになっていない。

 ただまあ、ここでいつまでもグダグダしていてもしょうが無いので、直ぐに試験が開始されることとなった。


「よし!!では早速試験を始める。スムーズに試験を執り行うため、君達には受験番号順に五人のペアを組んでもらうからな。試験官一人に対して、君達は五人ということだ。これなら良い試合となるだろう。……では、まず最初の五人は壇上に上がりなさい!!」


 一対五というのは少しノアが不利な気がするが、彼は余裕の表情をしながら移動している。

 勝てる自信があるのだろう。


 そうして、受験生の五人とノアがそれぞれ壇上に上がり終わって……それぞれ武器を構えて、試合が始まる。


「では……試合開始っ!!!」


「「「「おおおおおおぉぉっ!!!」」」」


 教員の一人がそうして、開始の合図を告げるとこの会場を囲むようにして存在していた観客席にいる観客達からそのような興奮の声が多く発せられる。

 このような入学試験などは、特に規制がある訳ではなく、関係者であれば誰でも見物が可能であるのだ。


 なので、かなりの学院生徒や教員、保護者などが一目見ようと観客席には存在していた。


「「「「「うおおおおおおおおぉっ!!!」」」」」


 と、その瞬間、受験生である五人が一斉にノアに向かって走り出した。


 まさに一心不乱に走り出すが……今日初対面の者が多いとあって、全くと言って良いほどに連携は取れていない。


 しかし、彼らもこの学院を受験しようと考える程度には優秀であった。

 突撃しながらもそれぞれが魔法を発動させるために詠唱を詠む。


 優秀だ、と言ったのはこの点である。

 普通なら移動しながら詠唱はかなり難しい技術であるし、何より彼らは簡略詠唱を行っていたのだ。


 簡略詠唱とは普通の詠唱と比べて、名前の通りかなり短くしたものである。

 もちろんその分威力は落ちるが、このように魔剣士スタイルで戦うのならば、最前の手であった。


「へぇ、やるじゃないか」


 ノアがそう呟いた瞬間……彼らの魔法が完成し、炎や水、風などの元素魔法が一気にノアに襲いかかる。

 五人分の魔法という事もあって、その身に受けるのはもちろん得策ではない……が、しかしノアはそれ捉えているにも関わらず、全くと言って良いほどにその場から動かず、静止していた。


 次の瞬間、ドドドドドンッ!と次々とノアの身体に魔法が打ち込まれていき……その余波か大量の爆煙や水蒸気が発生する。


「あ、当たった?」


 五人の挑戦者のうちの一人が、あまりの驚愕に思わず動きを止めてしまいながら、思わずと言った様子でそう呟いた。


 今の魔法は当てることを目的とはしておらず、少し意識を向けさせるだけの牽制の一撃だった。

 簡単に避けられるだろう、と思っていた彼等は、命中した事に驚きを隠せないでいたのだ。


 単純計算で言えば魔法の威力は五倍。

 生身で命中すればタダでは済まないだろう威力……しかしその瞬間、声が聞こえた。


「その歳で簡略詠唱を使うなんて、褒めてあげてもいいけど……その程度じゃ突破は不可能ってわかんないかなぁ?」


 当たりを取り巻く白煙や黒煙を切り裂くようにしたノアが一歩、また一歩と進み出てきた。


 その様子は全くの無傷である。

 傷どころか埃一つも付着してはいない……今、魔法が直撃した事が全くの嘘であるかのようだ。


「「「「「なっ!?」」」」」


 ノアのその様子に驚愕する五人。

 先程も言ったように、彼らが放った魔法は100パーセント命中したはずであるのに、ノアがダメージを受けた様子は全く無い。

 何が起こっているのかを分かっているのは受験生の中では、恐らくはただ一人……イドラだけであった。


(あァ……なるほどな、そういう事かァ)


 実はノアが攻撃を喰らいながらも、このように全くの無傷であるのには、ノアの持つとある能力が関係していた。

 能力とは魔法とは少し異なる、使える者が限られている限定的な力の事である。


 故に、世界に一人しか使い手がいないという能力もそこまで珍しくはない。

 そんな力を用いて彼らの攻撃をやり過ごしていたノアだったが……研究所で鍛え上げられた観察眼と知識を用いれば、その原理を解き明かすのはイドラにとってはそう難しいことではなかった。


「……はッ、クソ小賢しい力だけどなァ」


 そして、イドラが馬鹿馬鹿しいと、そのように口にした瞬間……戦況が動いた。


「後ろも詰まっていることだし……そろそろ終わらせるとしようか、なっ!!!」


 ノアはその様に呟き、一気に加速をつけながら、一瞬で彼らとの距離を詰める。

 まさに五人全員が反応すら不可能な速度で後ろへと回り込んで……そのまま手に持つ剣を袈裟斬りに振るった。


「ぐあああっ!?」


 ブシュッ!と鮮血を撒き散らしながら一人目が力尽きたかのようにその場に倒れ込む。

 命に関わるほどの重症ではないが、それ以上の戦闘は不可能だろう。


「戦闘には優雅さが求められる!!君達の様に野蛮に戦う相手に僕が負けるはずがないのさ!!」


 そうして、蝶が舞ったかのような軽やかさで二人目、三人目と一撃で戦闘不能に陥らせていく。

 あまりの一瞬出来事だったという事もあって、残りの二名は何が起こっているのかが少しの間理解出来ていなかった。


「「くっ……!!うおおおっ!!」」


 しかし、すぐに我に返ってノアに向かってせめて一太刀、と彼らは攻撃を仕掛ける。

 最早自分達では敵わないということは分かっていたが、このまま無様に終わることは出来ない、と放ったその一撃。


 ……しかし、そんな一撃もノアには通用しなかった。


「はぁ……だからさ、君達ごときじゃ通用しないんだって」


 しなやかな動きでノアは、瞬く間にその二つの太刀を避ける。

 そうして二人は懇親の一撃を避けられたことによってわずかな時間だが硬直状態となり、隙が生まれる。


 ……もちろん、それを見逃すノアではない。

 刹那の間に剣を二振りし……戦闘不能状態へと陥らせたのだった。


 壇上の上に立っているのは既にノア一人。

 それが判明した瞬間、審判役を担っていた学院教員の一人が声を張り上げて、宣言した。


「受験生の五人は戦闘不能だという事を確認した。よって勝者はノア=オルバスとする!!」


 それと同時に、観客席から大量の声援が響き渡る。

 ノアが繰り広げた高次元の戦いっぷりに興奮を隠しきれなかったのだ。


 急いで教員が壇上へと上がり、受験生を担架の上に乗せ運び出していく。

 怪我をした受験生はすぐに治療室へと搬送されて、そこで治療を受ける事となる。


 そうして、更に少しの準備時間があった後……試験が再開される。


「よし、なら次の五人組は壇上に上がれ!!時間が迫ってるからな、早くしろよ!!」


 しかし教員のその言葉に呼ばれた受験生達は恐怖からか、かなり拒否反応を見せた。


 まあ、それも当たり前と言ったら当たり前なのかもしれない。

 予想よりも大幅にノアが強かったせいだ。

 自分達が挑んでも、返り返り討ちにあうだけだという事が本能的に分かっているのだ。


 しかし、自分からこの学院に受験をしに来た以上、ここで降参するという選択肢を取れば観客達からブーイングを食らうこととなるのは予想が着いたので……彼らは、渋々と壇上へと上がって行くのだった。


 ーーーそうして、そこからもノアとの戦いは続いて行く。

 五人という人数のアドバンテージを活かして果敢に攻めていく受験生達だが、しかしその尽くをノアに真正面から潰されてしまう。


 三組目、四組目、五組目……と段々と呼び出されていき、そうして数十分後。


 ようやく最後のグループ……つまりイドラの出番となったのであった。

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