第6話

 ―――黎明学院れいめいがくいん理事長のカルラ=ビスティニアから入学の話を持ちかけられてから、一週間が経過した今日。


 世界中の人間の悪感情をその身に全て宿し、世界最強の力を持つ……イドラ=ビスティニアは、その黎明学院の校門の前に立っていた。


「……クソが、どんだけ人いんだよ。一週間前とは大違いじゃねェか」


 イドラはあまりの人の多さに、そう苛つきを隠せないでいた。

 いくら今日が入学試験とはいっても、これ程の受験生がいるというのはイドラにとって予想外であったのだから。


 元々イドラは、人混みの中が好きではない。

 一週間前来た時には数人の人間しか見かけなかったのに、今はこの場だけでも数百人……恐らくは全て合計すると数千人ほどの受験生がいるというのはイドラにとって全く嬉しくなかったのだ。


「……てかよォ、お貴族様のボンボン多すぎねェか?」


 イドラは周りに聞こえないほどの小声でそう呟いた。


 イドラは辺りを睨みながら見渡したのだが、そこにはかなりの貴族が存在していたのだ。

 さすがに半分とまではいかないが、それでも結構な数がいることが分かる。


 イドラにとって貴族とは、権力を傘にかけるゴミクズという認識を持っている。

 よって、その事実にさらに不機嫌となったイドラだったが、「……はァ」とため息を吐いて、結局は校舎まで歩き始めた。


「学院にメイドや執事なんかを連れてきてんじゃねェよ……」


 恐らくは体裁的な問題なのだろう。

 受験生の貴族のほとんどが、執事やメイドを多く引連れていたのだ。

 イドラからすれば、ウザったいったらありゃしない。


 ……まあ、その全てが学院に入ってすぐに教師陣によってお引き取りとなっていたが。


 この学院は完全実力主義という事で、貴族の権威は全くと言って良いほどに通用しないのだ。


「……あァ?あれが入試会場か?」


 しばらく歩いていると、イドラからそう遠くない場所にある、かなり広いだろう武道場が見えてきた。

 案内板によると、そこが試験会場らしい。


 ……ちなみにあまりのイドラの苛ついている様子から、初めてこの学院に来た時と同じようにかなりの人間がイドラから離れて歩くようにしていた。

 ……浮きまくりである。


 中にはそんなイドラを見て、コソコソと話す受験生も存在していたのだが、しかしイドラがギロりと睨むと蛙のように竦み……その様にして黙らせていた。


「あァ、確かカルラの話じゃ武道場に行く前に、受付に行くんだっけか?」


 イドラはそんな事を思い出した。


 受験生は試験の前に受付へと赴く必要がある。そこで本人確認と受験番号の配布をされるのだ。


 本人確認は身分証明書を見せることで完了する。

 カルラがわざわざイドラの戸籍を作ったのはこのためだ。


 そして、受験番号の配布というのは受験生が大勢いる中、試験をスムーズに、迅速に行うために必要なのだ。


 受験番号は数字性となっており、百で区切られるようになっている。

 一から百はいくつかある武道場の中でも一番会場、百一から二百は二番会場と言ったふうに、それぞれ受験生を会場ごとに分けさせるのだ。


 そんな事でもしなければ、数千人も受験生がいるという事で、試験を終わらせるのに膨大な時間がかかってしまう。

 それ故の処置であった。


 イドラは受付まで歩いていき、何を言うことも無く素直に数ある列のうちの一つに並ぶ。


 イドラはその正体ゆえに人よりも圧倒的に悪感情が表に出る。

 なので、言いたいことも多くあり、かなり苛ついていたのだが……ここで、グチグチ言ってもしょうがないという事で、黙っていた。


 まあ、しかし所詮は受付。

 十数分程でイドラは最前まで行き……そして呼び出された。


「受験生ですね?では、身分証明書の提出をお願いしても?」


 すると、受付にいた一人がイドラに向かってそう声をかける。


 恐らくはこの学院の生徒なのだろう。

 学院制服に身を包んでおり、イドラとは真逆でいかにも育ちの良さが滲み出ていた。


 イドラはその言葉を聞いて無言のまま、ズボンのポケットからぐしゃぐしゃになっている身分証明書を提出した。


 ちなみにここで無言を演じたのは、一週間前カルラに自身の態度は初対面の人間にとっては不快となると聞いていたためだ。

 ……まあ、イドラとしてはそのような事はどうでもよかったのだが、別に進んで問題を起こしたいという訳では無いので、そのように対応した。


「ぐしゃぐしゃだけど……まあ、いいか。えと、では確認を致しますね……」


 そう言って受付の女子生徒はイドラの持ってきた身分証明書の必要事項を下記認証とする。

 しっかりと与えられた仕事をこなす彼女。……とても、真面目で良い生徒なのだろう。


 ―――しかし、そこで一つ問題が起こってしまった。


 あまりの驚愕からか、彼女は大声で叫んでしまったのだ。


「イドラは=ビスティニア?……って、えええええええぇっ!!?この親族欄……君、あのカルラ=ビスティニア様の……学院理事長の子供なのっ!!?」


 彼女のあまりの大声は、辺り一体に響き渡る。

 その瞬間、今まで受付とのやり取りや友人との会話でザワザワしていた受験生達が、先ほどまでの様子が嘘だったかのようにシン、と黙り込み、全員がイドラの方を見た。


 そこには驚愕の感情が多く含まれている事を、イドラには読み取ることが出来た。


「は?あいつがあのカルラ様の息子だって!?」


「でもそれにしては全然似てなくないか?」


「いやでも、実際あの受付は驚いてるじゃねぇか。親族欄にカルラ様の名前とサインがあったんだから、つまりは本物って事だろ?」


「そう言えば……今回の受験生の中には、カルラ様の養子の子がいるかもって誰かが言ってたような?」


「それまじか!?」


 しかし静寂もすぐに破られ、受験生達はそんな事を一同に話始める。

 イドラはそんな事実に、皆から一様に見られている不快感と嫌悪感を主に味わっていた。


(チッ、ジロジロ見てんじゃねェよ。……てかアイツの息子ってだけで、ンなに目立つンなら、こんな証明書受け取らなきゃよかったぜ……)


 イドラは知らなかったのだが、この世界においてカルラ=ビスティニアという古代耳長種エンシェントエルフは様々な偉業を成し遂げた存在として、とても有名であった。

 カルラは皆の憧れであり、尊敬する人間も多く存在している。


 イドラがそんなカルラの……養子とは言え、息子という事が分かれば目立たないはずがなかった。


 ただイドラはそんな事は全く知らないので、かなり不機嫌な様子で受付の女子生徒目掛けて話す。


「オィ、さっさとしてくれねェか?おめェのせいで目立っちまったンだ。早く済ませて、俺をこのクソ視線から解放しろよ」


 最早こうなってしまった以上は、相手がどのように思うかなどはイドラは考えていない。

 いつも通りの口調で、睨みながら告げる。


「……へ?……あ、はい!すみません……」


 女子生徒はあまりの驚愕からそのように呆けた返事を返してしまったが……流石はこの学院の生徒だけあるのだろう。

 恐らくは人生で五指に入る程の驚愕体験をしながらも、すぐに気を取り直して証明書の細部のチェックを行っていく。


 まあ、少し集中力が散漫ではあったが……数分もしない内にチェックを終えて、受験番号の記載されている用紙とともに返却をしてきた。


「えと、ごほん。……身分証明書の確認が完了したので、お返しします。……こちらの受験番号は2296番となりますので、二十三番の会場まで、向かって下さい」


 少し興奮をしながらも、女子生徒はイドラにそう説明をする。

 ここで余計に喚き騒がないのは……まあ、彼女がそもそもの原因ではあるが、無駄が嫌いなイドラにとってはなかなか好感を持てた。


 好奇心や驚愕などの感情を抑えるのは、そう簡単では無い。

 現に、辺りにいる大量の受験生達は依然としてイドラの事を見ながら、ヒソヒソと話をしているのだから。


「……あァ、悪ぃな」


 そうなれば、最早ここには用はなくなった。

 イドラはピッと用紙を掴むと、強引にズボンのポケットにぐしゃぐしゃと入れる。


 受付の女子生徒にそれだけ言い残すと……すぐに指定された試験会場目指して歩き始めた。


 イドラが歩き始めると何か思うところがあるのか、受験生達はジリジリと後ろに下がり、イドラの歩む道を作る。

 ……まるで、王に従う配下の関係の様だ。


 そんな中でも様々な視線が突き刺さるが、イドラは心底面倒臭そうにしながらも歩をとめない。

 そうして、強引にこの場から去っていく。


「はァ、クソめんどくせェ。そうそう目立っちまったなァ。……まァ、遅かれ早かれって感じだけどよ。……あいつの影響力半端ねェな」


 と、イドラはその様に独り言を呟きながら歩いて行く。


 そうして、そうすること数分もしない内に……イドラは武道場の中に入り、目的地である二十三番会場へと到着した。

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