第5話

「この俺が、学院に入学だとォ?」


 イドラはカルラにそう返したが、実はイドラは話の流れから、何となく察してはいた。

 この発言はカルラに本気で言っているのかどうかの、確認のためである。


「うん、そうだね。……ほら、今まで君はとても酷い人生を送ってきただろう?青春なんかもちろんしていない。……私個人の意見としては、この学院に入学してイドラには友達や思い出を作って、青春を謳歌して欲しいんだよ」


 イドラはその言葉を聞いて、カルラが本気で言っているという事を感じ取る。

 そして、どこか既視感のある光景だと言うことを思い出した。


「……友達や思い出だとォ?ンなもンは、一銭の得にもなりやしねェだろォうが。……普通に考えて必要ねェだろ」


「そんなことは無いよ。長年生きてきた私から言わせてもらうとね、友達や思い出というものはとても大事なものなんだよ」


 イドラ個人、友達や思い出といった腑抜けたものは全く必要とされないと考えていたのだが……年長者であるカルラにそう言われてしまうと、説得力があって反論する気が失せてしまった。

「チッ」と舌打ちをするイドラ。


「それに、この学院は完全実力至上主義だ。イドラ……君みたいに莫大な力を持っているならば、相性は良いと思うし」


 カルラはそうこの学院との相性を話すが……しかし、それを聞いたイドラはどこか自虐した様にして呟いた。


「確かに力としてはこの世界で最も俺が持っているだろうなァ……けどよォ、それも過去の話なンだよ。未調整のま研究所を壊滅させちまったからなァ、今は最大出力は10分の1もでねェぞ?」


 そう。イドラは研究員達によって最終調整が終わる前に、その研究員達を全て殺し尽くしてしまったため、その力も身体も未完成のままであった。

 故にイドラは適合瞬間と比べて、大幅に弱体化を果たしていたのだ。


「そうかい?君の元々の実力を考えると、それでも化け物な気がするけどね。……神から化け物に降格したところで、私達から見れば大して変わらないさ」


 しかし、あながちカルラのその言葉も間違ってはいなかった。

 神にも等しい力を持っているイドラにとって、大幅に弱体化をしたところで、まだまだ強大な力は残っていたのだ。

 それは一国の軍隊相手でも、蹂躙が出来る程に。


「まァ、そりゃそうだろ。弱体化したところでよォ、俺より強ェやつなんざいねェんだからなァ。カルラ……おめェが相手でも勝てる気しかしねェぞ?」


 言葉の一つ一つに自信を込めながらイドラは告げた。

 そんな言葉を聞いたカルラは「……そうだろうね」と言い、「……でもさ」と更に言葉を紡いだ。


「この学院には君にも勝てる可能性のある人物が、数名在籍している事は知っているかい?」


「……あ゛?」


 カルラのその言葉に対し、イドラはピクっと反応を示す。

 しかし、それは不愉快となった反応などではない……どちらかといえば、興味津々となっている感じであった。


 それを見たカルラは、予想通りと言わんばかりに笑みを浮かべる。


「……それはどういうことだァ?」


 イドラは思わずそう質問した。


 人工的に作られたとは言え、世界最強であるはずの自分に勝てる可能性がある者がこの学院に存在しているという事実。

 それは特に目的もなく、乾ききっていたと言っても過言ではないイドラを反応させるには十分であったのだ。


「んー、あんまり生徒の情報を教えるのはねぇ……と、冗談だから、その殺気をしまってほしいな」


 カルラがそう茶化した瞬間、イドラの全身から濃密な殺気が放たれた。

 それを感じとったカルラは、笑みを浮かべながらすぐに訂正をした。


「全員の能力を教えるのは少し不味いからさ……一人だけでいいかい?」


 カルラのその問いに対して「……あァ」とイドラは答えた。


「じゃあ、最も可能性のあるあの子の事を少し。……この学院は実力が重視されるという事でね、一年に数回あるランキング戦での上位10名を優遇することとしているんだ。もっとも可能性があるのはその中でもランキング1位の子でね……イドラとは相性最悪。『霊光の聖剣』を……あらゆる悪を祓う聖剣を持っているんだよ」


 聖剣とは、あらゆる悪や呪いを浄化する神聖属性を内包している一振りの剣のことだ。

 悪意の塊を内包しているイドラにとっては相性最悪。


 かすっただけでも戦闘不能になるほどの大ダメージを受け、更にはイドラの悪意の力を全く受け付けないのだ。

 ランキング1位という事で、使用者の戦闘能力自体も抜群であろう。


 力のエネルギー自体の大きさは比べるまでもないだろうが、聖剣を持っている以上はイドラに勝ちうる存在であった。


「なるほどなァ……あのクソッタレ研究所で様々な強ェやつと幾度も戦ってきたがよォ、聖剣保持者とはやったこと事がねェなァ」


 イドラは新しい玩具を見つけたかのように興奮して話す。

 更にはそれだけでなく、他にもイドラに勝てる可能性のある者がカルラの言葉から分かる。

 ……それは、興味を抱かせるには十分であった。


「どうだい?学園に入学すれば青春生活が待っているし、なによりーーー」


「いいぜェ。おめェの口車に乗るのは少し癪だがよォ……望み通りに入学してやろうじゃねェか」


「……やけに素直だね?私は説得にはもっと時間がかかると思っていたんだけど」


 即答するイドラにカルラは少し驚愕の表情を浮かべながら、そう話した。

 イドラの性格からして学院入学の説得にはかなりの時間を有するものだとカルラは考えていたのだ。


 故に予想に反しての結果に、少し訝しむように驚愕していた。

 ……まあ、楽に説得できたのに越したことはないの

 で、不平不満を言うつもりなどは全く無かったが。


「……あ゛ァ、俺が研究所を壊滅させた時によォ、ある男に言われたンだ。……学校に通えってなァ。そいつはカルラによく似ててな。そう考えるとよォ、この学院に通ってみンのも悪くねェ、って思ったンだよ」


 イドラはあの殺戮の中で、炎に囲まれながら白衣の研究員に言われた言葉を思い出しながら、そう言った。

 あの男の最後の遺言と、カルラの提案が見事にマッチしていた事もあり……暇潰しにでも入学してみるか、とイドラはそう考えていたのだ。


「へぇ……あそこにも君の事を見てくれていた人がいたのかい?」


「……まァ、嘘はついてなかったなァ」


 イドラはその正体故に人の悪意にはとても敏感であり、感覚でその内容が嘘かどうかを見抜くことが出来るのだ。

 そんなイドラから見ても、あの男は嘘を言っておらず、全て本心からの言葉であったのだ。


「……まァ、ンな事はどうでもいい。それよりも学院入学について教えろ。……俺はどうすばいいンだ?」


 しかし、すぐにイドラは頭の中を切り替えた。

 彼にとって過去の事などは思い出すだけで不快であるし、最早どうでも良い事だった。


 これからの事についてをカルラに問いかける。


「ああそうだね。明日から数えて、丁度一週間後に新入生の学院入学試験があるんだよ。イドラにはその試験を受けて、見事合格してもらいたいんだ」


「はァ?理事長権限で裏口入学でもさせればいいじゃねェか。……何で、俺がンなめんどくせェ事を」


「すまないね。私が便宜を図ることは出来ないんだよ。……ただまあ、実質見るのは戦闘能力だけだし、イドラなら余裕でしょ?」


「……チッ、まァいいか。誰が来ようとぶちのめしてやるしよォ……」


 イドラとしてはカルラの権限を使って、楽に入学したかったのだが、どうやらそれは無理な様なので普通に入学試験を受けることとした。


 ……まあ、口ではそう言っていたイドラだったが、実際は少し気持ちが昂っていた。

 久しぶりの戦闘ができるという事にと、これが研究所に強制されたものでは無いという事に、だ。


「カルラには現在戸籍が無かったから、私が作っておいたよ。……色々とやりやすい様に私の養子にしておいたから。だから君にも家名がつくよ。……これから君はイドラ=ビスティニアと名乗ると良い」


 入学試験において必要とされる身分証明書もどうやら全てカルラが発行しておいてくれたらしい。

 イドラはその証明証を受け取った。


「時間に気をつけてね。午前の9時から試験が開始されるから遅刻しないように……いいね?」


「あァ?誰に言ってんだ。時間に遅れちゃいけねェって事は誰でも分かるだろォが」


 常識をあまり持ち合わせていないが、さすがのイドラもそれぐらいは知っていた。

 これはどこかの書物で読んだとか、そのようなものではなく、ただ単に研究所での決まりの中にそれがあっただけである。


「他の注意事項は後日おいおい連絡するから……あ、いや最後に一ついいかい?」


 もう用はねェだろ、とイドラはソファから立ち上がって扉のない入り口に向かって歩き出した。

 しかし、その瞬間カルラに何故か引き留められる。


 そうして、振り向いたイドラはカルラを見つめた。

 ニコニコと笑顔をその顔に浮かべながら、カルラが呟く。


「今後から私のことは、お父さんと呼んでくれても良いからね」


 イドラは睨みつけながら、返答した。


「呼ばねェに決まってンだろうが!!!」

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