第9話

「またっ……!僕のことを馬鹿にしたなぁっ!?」


 ……次の瞬間、ついにイドラの言葉に耐えきれなくなったノアは制御もくそも何も無い、それこそ怒りに任せた……しかしとんでもないスピードでイドラとの距離をゼロ距離にした。


「お?」


 まさに弾丸のように一直線に。


「くははは!僕を馬鹿にした事を後悔しろ!!この剣には衝撃波を上乗せしてあるからな、受けた瞬間内部から身体を破壊してやる!!」


 ノアの振るう剣を受け止めようためにイドラが腕を動かしていると、ノアが剣を持ちながらそんな事を叫ぶ。


 ここでついに、ノアの持つ能力が明かされた。

 彼の持つ能力は、その説明通りの衝撃という能力である。


 効果としてはかなりのものだ。

 攻撃としても防御としても使うことが出来るためである。

 攻撃の場合は今回のように衝撃波を仕込むことで、手を麻痺させたり身体を内部破壊したりすることが可能だ。

 そして防御の場合は衝撃を用いることで攻撃の軌道をずらしたり、弾く事などが可能なのである。


 一番最初の試験で、ノアが魔法をくらったのにも関わらず無傷だったのはこの能力を使ったからだ。

 ノアめがけて襲いかかる魔法を、全て衝撃波を使うことで弾き、自分にかかるダメージをゼロにしたということである。


 そして、今回は攻撃に応用をして彼は振るう剣に衝撃波を付与したのであった。

 このまま剣を防げばその瞬間、衝撃波が発生しイドラの身体は吹き飛ばされて、内部爆発が起こるだろう。

 そうなれば、もちろんタダではすまないのは明白であった。


「死ねええええええぇっ!!!」


 そうして、イドラ目掛けて振るわれる一太刀。


「おいおい……テメェ、舐めてんのか?」


 イドラの呆れたような、落胆のその呟き。

 絶対に触れることの出来ないその一撃は……しかし次の瞬間、イドラによって防がれてしまった。

 親指と人差し指のたった二本の指で、壊さないように優しく摘むかのようにして。


 ノアが両腕で放った一撃をイドラは右手の指二本で簡単に受け止める。

 ピタッと静止した剣はそれ以上は進まなかった。


「な、何!?」


 ノアは驚くようにしてその両目を見開く。

 簡単に、更には余裕そうに自分の一撃を防がれたのにも確かに驚愕したが……それ以上に驚愕をしたのは刀身に触れているにも関わらず、イドラが能力の影響を受けている様子がないという事だ。


 本来なら吹き飛ばされるか、そこまで行かなくても手を壊す事ぐらいは可能なはずであるのに、イドラには全くと言って良いほどにそんな様子は見られないのだ。

 そして自分のいつもとはどこか違う感覚……まるで、そんな感覚をノアは味わっていた。


 全く訳が分からなかったノア。

 しかし次の瞬間、ギチギチと掴んでいた二本の指をイドラは何故か、パッと離す。

 すぐに我に返り、ノアはバックステップで後ろへと下がりイドラとの距離をとった。


 少しの静寂の後……


「なァお前さ、今なんで能力が発動しなかったのか足りねぇ頭で必死に考えようとしてンだろ?」


 イドラは不敵な笑みを浮かべて、ノアに対してそう言った。

 ノアは特に何かを言うことはなく、イドラの事を狂犬のように睨みつけながら、黙り込んでいる。


「哀れな子羊に教えてやるけどよォ……今のが俺の能力だァ。テメェの衝撃なんてつう、クソしょうもねえ、しょっぺえ力なんかじゃねェぞ?」


 イドラのその言葉にノアは先の状況を思い出しながら、顔を歪める。


「ば、馬鹿な。能力を無効化する能力なんてものがあるわけがないだろ!?」


「あ゛?……まあ、当たらずとも遠からずってとこだな。けどよォ、俺の能力はそんなカスじゃねェ」


「……は?じゃ、じゃあお前の能力は一体なんだって言うんだ!?」


 最早ノアには先程までの余裕の様子は全くなく、大いに焦っていた。

 イドラは怒鳴るノアを見下しながら、まるで何かを諭すかのようにして話す。


「なァ流石のお前もサ、世界四大不解明能力って知ってんだろ?」


「……え?あ、ああ」


 世界四大不解明能力というのは、その名前の通り現時点では決して原理を解読できず、使用するものが存在していない能力を四つ纏めたものだ。

 そのどれもが最強の能力で、ランク的に言えば、最高値の能力である。


 一つ目が空間操作転移能力、二つ目が空中飛行能力、三つ目が魔力《マナ》の永久持続能力(永久機関)で最後の四つ目が……魔力《マナ》への直接干渉操作能力だ。

 そのどれもが政府の発表では、表向き使用者が存在しないと言われている。


「でさァ、頭を働かしてよぉーく、考えてみ?その中でも四つ目のさぁ、魔力《マナ》へと直接干渉操作能力ってやつ」


「……魔力《マナ》への直接干渉操作能力は世界四大不解析能力でも最も難しいとされるものだとされているさ。この世にはあらゆるものに魔法や能力を発動させるために必要な万物のエネルギーである魔力《マナ》が備わっている。そしてその能力はそんな魔力《マナ》に強引に干渉をして、好きにその大きさなどを操作することが出来る……と聞いているけどそれがどうしたんだい?」


 四大不解明能力の中でも最も難しく、強いとされている能力がその魔力《マナ》の直接干渉操作能力だ。

 その実態は間接的にでは無く直接的に干渉する事で、この世にある魔力《マナ》を自由自在に操作することが出来るという、ぶっ壊れている能力だ。

 魔力《マナ》を操作することで魔法の威力をゼロにしたり、そもそも魔法を発動させない……更には人にももちろん魔力《マナ》は備わっているので、それを操作する事だって可能なのだ。


 ……と、その瞬間ノアが何かに気づいたかのように、ハッとした表情になる。

 それはとても、良いことに気づいたという様子ではなく、嘘だと否定するかの様な宜しくない真っ青な顔色であった。

 数秒パクパクと口を動かして……そして、ついに喋る。


「ま、まさか君の能力は……」


「あァ、テメェのお察しの通りだぜェ?」


「そんな!?有り得ない!!この世界には使用者がいないからこその世界四大不解明能力なのに!?」


「ぷっ……ぎゃはははははは!!!でもよぉ、実際に使い手はいんだぜェ?テメェのその慎ましい能力とは違う。テメェのそのチンケな能力はこの俺には通用しねェってなァ」


 魔力《マナ》への直接干渉操作能力……それを用いて先程イドラはノアの攻撃を見事に防いだのであった。

 ノアの魔力《マナ》に直接的に干渉し能力の発動を阻止する。魔力《マナ》がそもそも使用出来なければ、能力を使うことは不可能なのである。


「嘘だ、嘘だ……僕の能力が通じないなんて……そんなのは嘘だぁっ!!」


 顔面を真っ青に……蒼白に染め上げながら、傍から見れば無様としか言い様の無い様子でイドラはそう声を漏らした。

 先程までの自信満々の様子が一転し、もはや見ている側もかなり渋い表情になる。

 そんな彼を見てイドラは最早興味を無くす。


 これ以上はこいつに無駄に時間を使う必要は無い、と。


「まアいいぜ、テメェが認めねェならそれでもよ。……けどよォそろそろ準備した方が良いんじゃねェか?さっきも言っただろ?テメェは地面に這いつくばる事になるってよォ」


 イドラのその言葉に対して、ノアは未だに顔面を蒼白にさせながらも、剣を構えた。

 彼は認めていないが……能力が通じないと分かった以上は、現時点で出来ることはそれぐらいしか無かったのだ。


「あ、言い忘れてたわ。……まさかお前、俺の能力は魔力《マナ》の直接干渉操作能力だけだとか思ってねェか?」


「……何だって?」


 ノアは恐る恐る口を開いた。


「あァ、確かによォ俺の能力は魔力《マナ》への直接干渉操作能力だけどさぁ、それは実際、能力の一つってだけなんだわあ。……俺が使う能力はーーー」


 何かに気づいたようにイドラは頭を掻きむしりながらそう呟いて……コンマゼロ秒もない次の瞬間、イドラはノアの背後に存在していた。


「……世界四大不解明能力全てだぜェ?」


 世界四大不解明能力の一つである、転移能力を用いてノアの背後に一瞬で跳躍したのだ。


 ノアは勘違いしていたが、イドラの本当の能力は魔力《マナ》の直接干渉操作能力だけではなく世界四大不解明能力の全てだ。

 故に転移能力も自在に扱うことが出来る。


「なっ!?」


 いきなり背後に現れたイドラに対してノアはいつもの動きで、反射的に衝撃波の結界を張ってしまった。

 無意味な行為と分かってはいたのだが、本人も無意識のうちに、だ。


「ぎゃはははは!!!通じねェぞ!?」


 しかしイドラは能力を用いて、衝撃波を構成する魔力《マナ》自体を霧散させる。

 そして衝撃波の結界が無くなって……ぐしゃあ、と何かが砕ける音を響かせながら、ノアの脇腹に深々とイドラの横蹴りが突き刺さった。


「ぐぎゃあああああああぁっ!!?」


 距離にして十数メートル、地面を何度もバウンドしながら小石のように吹き飛んでいく。

 先程までは優雅優雅と言っていたようには思えない程のその無様さにイドラは思わず失笑を噛ましながら、追撃をかけた。


 またもや転移能力で、吹き飛んでいくノアの……今度は真横に一瞬で移動した。


「うわあああああああああっ!!!」


 半ば悲鳴に近い方向を上げながら、ノアは力を振り絞ってイドラに向かって刺突を放ってくる。

 そこには、彼の能力である衝撃波が上乗せされているが……イドラにはもちろん通じない。


「ぎゃはははは、馬鹿が!少しは学習ってもンをしろよォ!!」


 そうして、魔力《マナ》への直接干渉を行う。……衝撃波の威力が全てゼロとなり、その一撃はただの刺突となった。


 そしてそんな一撃は、イドラから見れば躱すのは欠伸をしながらでも簡単な事で……少し体を拗じることで避ける。


 そしてそのまま……今度は蹴りではなく拳の裏拳を逆の横腹に打ち込んだ。


「ごぶううううううううぅぅっ!!?」


 あまりの衝撃に胃が揺さぶられて……吐瀉物を撒き散らしながら、またもや吹き飛んでいくノア。

 さすがの観客もこれには、あまりの匂いに思わず鼻を押さえつけていた。


「ぎゃああああああっ!!!痛い痛い痛いぃぃっ!!!ぐぞっ、なんで僕がこんな目にぃぃっ!!?」


 地面に転がったノアは、未だに吐瀉物を吐き出しながら、あまりの痛みにのたうちまわる。

 それを見たイドラは「はァ……こんなもンか」とだけ言ってまたもや転移。


 ノアの側まで移動をして、そのまま右足でノアの頭部をガッと、踏みつけた。

 本来からば転移能力というのには想像を絶するほどの大量の魔力《マナ》が必要なのだが、ノアには永久持続能力があるので、実質無限に能力を使えていた。


 みしみしみし、と徐々に足に力を込めていき、頭蓋骨を圧迫していく。


「ぎゃ、ぎゃああああああああっ!!痛い、痛い、痛い!!や、止めてくれぇっ!!!」


 おそらくはこのまま行けば頭蓋骨が粉砕されて、脳みそもぐちゃぐちゃとなる。

 そうなれば、どうなるのかは言わなくても分かるだろう。

 それを想像してしまったノアはあまりの恐怖に失禁をしながらも、そう泣きわめいた。


「ぎゃははは、おいおい……さっきまでの威勢はどうしたんだ、あァ?戦いには優雅さが求められるんだろ?優雅じゃなくて、無様になってるぜぇ先輩?」


「痛い、痛い!!わ、分かった降参する、降参するからその足を退けてくれぇっ!!!」


「ははは、そうかい。でもよォ、俺がその降参を受理しなかったらどうなると思う?」


「は、は?い、痛い!!……ま、まさか僕を殺すのか!?」


「だってよォ、テメェも俺の事を殺すって言ってたじゃねェか。正当防衛……いや、試合中不慮の事故で死んじまったってはよくある事だよなァ?」


 イドラは心底楽しげに笑みを浮かべながらそう呟いた。

 イドラは顔面蒼白にしながら、耐えきれない恐怖に腰を抜かし、その場から離れようとモゾモゾと芋虫のように動く。

 ……まあ、抜け出すことなどは出来ないが。


「お、おい!!もう、止めなさい!!!」


 そこで教員のそんな中断の声が入るが、イドラはそれを無視して……しかし足に込めた力を全て抜いた。


「へ?は……は、は?え……」


 突如として消えた圧迫感にノアは顔を体液でぐしゃぐしゃにしながらそんな言葉を漏らす。

 生きている……という事実に人生初規模の安堵を覚えたノアだったが……


「安心しろォ、俺は寛大だからな。殺しはしねェよ。……ただ、すこーし痛い目は見てもらうけどなァ」


 そのままノアの顔面目掛けて蹴りを放った。


「ぎょぺええええええぇぇぇっ!!?」


 そうして、顎を粉砕されながら吹き飛んでいく。

 あっという間に場外まで空気を切り裂きながら移動をして、そのまま頭から観客席の下……会場の壁に突っ込んだ。


 脳に大きな衝撃がかかり、全身から力が抜けて……ノアは気絶する。

 

「チッ、やっぱり遅せぇ。思ったよりも弱くなってんな、こりゃ」


 イドラはこの戦いを通しての感想としてそんなことを呟いた。

 ノアなどは歯牙にかけなかったが、思っていたよりも能力の出力が落ちていたのである。


 例えば魔力《マナ》の直接干渉操作能力に関してだと、干渉速度や干渉範囲などが大幅に落ちているのである。

 本来ならノアの体内に内包されている魔力《マナ》自体を暴走させてぐしゃぐしゃにしようとしたのだが、実際のところそれは出来なかったのだ。


 もちろん物体の魔力《マナ》操作も無理だろう。

 この分には恐らくは、そのほとんどが魔力《マナ》で構成されている魔法や能力ぐらいしか今のイドラでは操作はできない。


 転移能力にしてもそうだ。

 最高値と比べて、明らかに転移速度が遅い。

 弱体化していなければ、ノアなどには反応できない速度で転移することが可能だろうが、それも今のイドラに関しては不可能であった。


 イドラはそんな事実に思わず苛つきながら、思わず舌打ちをかましてしまったが……他の観客達や教員達は違う。


「す、すげえ!!すげぇぜ!!なんなんだアイツは!?」


「……少し性格に難がありそうだけど……あのノアをまるで赤子の手をひねるように軽くあしらうなんて……」


「……つ、強すぎる。イドラ=ビスティニア……あの若さでなんて強さなんだ」


 あまりのイドラの圧倒的すぎる戦いを見て、そんな事を話しながら、熱狂していた。

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