第三十四話 モスクワ防衛軍の唄

 アメリカとの休戦交渉が始まる少し前、銀輪舞台が大活躍するソビエト戦線では、ウラル山脈を踏破し、モスクワ方面へと侵攻しようとしていた。


「やはり、自転車を担いで山を登るのはきついな...」


自転車大隊分隊長が愚痴を零す。


「まぁまぁ、分隊長。あと数時間の辛抱です。でも、輸送機か何かが欲しくなるのはわからなくもないですね。」


 ふと上を見ると、もう少しで山頂に近づきそうであった。


「もう少しすれば欧羅巴よーろっぱだ!」


折り返し点に立つと雲間から麓の小さな町が見える。


「目標はあの町のもっと先の大都市、モスクワだ。」


山を見下ろした分隊長がそう一言呟いた。




 そしてその数時間後、麓の街では山を乗り越えた日本軍と地点防衛を担っていたソ連軍との戦闘が始まった。


 モシンナガンの低く重い銃声と三八式歩兵銃の高く、しかし威力のある銃声が響き合う。両者が撃ち合う弾は市街地の建物の柱や看板にあたる。アスファルトに落ちる薬莢の音と市街地をチビチビと崩していく銃弾の両。そして火薬臭い硝煙の匂いが立ちこめる。数十分の撃ち合いでも、両者共にジワジワと戦力が削がれて行く。しかし、日本軍の加害被害の比率は圧倒的に加害が上回っていた。過酷な戦線で戦い抜いて来たためにヒラの二等兵一等兵の新兵は前線に出てすぐ射殺される。そしてウラル突破に残ったのはそんな中で成長した中堅兵と長年戦争に関わって殺した数なぞほど知れぬ熟練兵や精鋭兵の集団となっていた。

 

 そして唐突にそれはやって来た。


 防衛拠点としてソ連軍が立て籠もっていた役場のような建物の窓が蹴破られ、大量のソ連兵が「ypaaaaaaa!!!」という怒号とともに日本軍に向けて突撃して来たのだった。


 銃持たぬある兵士は看板を、またある兵士は野戦病院の椅子を、そしてまたある兵士は松葉杖を持って突貫する。まさに「肉弾」だった。唐突に現れた肉の壁と銃弾の雨は一瞬で日本軍を大混乱に陥れた。至る所で「ゔっ」という死の声をあげる日本兵と胸部を撃ち抜かれたソ連兵が折り重なり、まさにそこは生き地獄の様相を呈していた。


「死ねっ!」


ソ連兵がそう叫び日本軍にタックルをお見舞いする。やけに体格の良いソ連兵に日本兵は軽々と飛ばされた。その日本兵を突き飛ばしたソ連兵は横から突撃する日本兵に脇腹を銃剣で刺され生き絶える。


「同胞よ、すまんが我が皇国のために死んでくれっ!」


擲弾筒に擲弾を詰め射出する。その弾は綺麗な弾道を描いてソ連兵が群がる所に着弾する。大きな炸裂音とともにソ連兵が吹き飛ぶ。中には日本兵も巻き込まれてしまった。


「申し訳ない同胞よ。コラテラル・ダメージってやつだ...」


 擲弾兵が少しばかり落ち込んでいたが落ち込んでいる暇はなかった。

ナイフを持ったソ連兵が擲弾兵の首元を掴み、地に押さえつける。彼の胸元にはナイフが突き立てられている。それを見た彼は今にも泣き出さんばかりに表情を歪める。「ようやく殺せる」と気が昂ぶっていたソ連兵は後方の確認を怠り、後ろから近づいて来た日本兵にピストルで頭を撃ち抜かれた。


「えっ...」


一瞬安堵した擲弾兵だったが次の瞬間には苦悶の表情を浮かべていた。彼の胸元にはナイフが刺さっている。ナイフを突き立てた兵士が息絶え擲弾兵の元に崩れ落ちた時に彼の自重でナイフが刺されたのである。


「撃て!撃て!」


軽機関銃を構えた支援兵が後方から突撃するソ連兵に向けて一斉掃射をかける。バタバタと打たれたソ連兵が倒れ、屍の山が築かれようとしていた。ソ連兵の突撃から30分程経っただろうか。ぱったりと敵の攻勢は止まった。ここがいい好機だと日本兵はメガホンを持って


「ソゥ アーユーファイティング?

 ウィーアーノーロンガービーエネミーズ。

 プロミス トゥリターン トゥユアホームランド。

 カモン、サレンダー。

(So are you fighting?

 We are no longer enemies.

 Promise to return to your homeland

 Come on, surrender)            」


カタコトな英語でソ連兵に投降を呼びかけると、建物の中からわらわらとソ連兵が日本軍の元へ歩いてきた。


 そして短いながらも大量の損害を出したこの戦闘は日本軍の勝利で幕を閉じた。




 日本軍がウラル山脈を踏破したという一報が入ったソ連政府は日本と講和を行うことを決意。トルーマンが日本と休戦すると宣言した翌々日、スターリン直々に日本との休戦を求めることになった。そして、アメリカとの停戦条約を結んだ日、ソ連もその儀仗に参加し、そこで日ソ停戦条約が締結された。


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