第三十二話 帝国の銀輪部隊

 時は大東亜戦争初期。日本軍がマレーに攻め入ろうとしていた時に資源の不足により考案され、実行された計画、「銀輪部隊計画」。これは自動車化が完了していない歩兵部隊の機動性向上のために歩兵一人につき一両の自転車を供与するもので、これの効果は絶大であった。明治、大正の頃から東南アジア各国に自転車を輸出していたために現地での自転車の確保は簡単に進み、加えてかなりの台数が庶民に普及していたことで故障したとしても簡単に修理材料を確保することが可能だった。

 自転車化された歩兵たちの進撃速度は見違えるほど早くなった。本来予想されていた到着日時よりも3日4日早く到着し、戦闘面においても包囲網の形成が容易になった。そして銃撃戦時には自転車を盾にして反撃が可能になり、個々の防衛力も向上した。


 そんな試験的に導入され大成功を収めた自転車部隊こと銀輪部隊が東南アジアから遠く離れたシベリアの地でまた活躍する。



 キコキコと、自転車を漕ぐ兵士が民衆の前を横切る。彼らは大日本帝国陸軍第153師団。「銀輪部隊」と呼ばれる彼らは全員が軍隊仕様の自転車を装備し、常日頃の訓練によって鍛えられたその脚は機械化師団の移動速度にも勝るほどであった。


 その数時間後前線では彼ら銀輪部隊が戦闘をしていた。

 ヒュンヒュンと銃弾が飛び交う。その中を一人の兵士が自転車で駆け抜ける。


「うおっ危ねぇ!」


地震の顔面すれすれを通過した銃弾に反応し身体をのけぞらせる。撃たれたような素振りをして、自転車の裏に隠れ銃を構える。愛銃はニューナンブ、三八式歩兵銃。明治38年に正式採用されたこの銃は40年以上日本軍の中で使用されている名銃である。


「さあ、君よ。そのまま...そのまま...そうそう。そこでおとなしくしててくれよ。」


スコープを覗いて彼を撃った歩兵を狙う。撃ったソ連兵は彼のことは殺したと思い込んでいたのか周りを全く警戒せずただ銃を構えているだけ。


「よし。今だ!」


ソ連兵が銃を降ろしヘルメット越しに頭部があらわになったのと同時に自転車歩兵が引き金を引く。



 パァン!という甲高い火薬の炸裂音の後に光を反射し銅に光る銃弾が銃身から飛び出す。それはソ連兵に頭部に直撃した。兵士が後ろに倒れ塹壕の中に消える。続いて横のソ連兵。またもや横のソ連兵とソ連軍歩兵をどんどんと撃ち殺していく。彼自身が確認できる全ての敵歩兵を撃滅したのを確認した彼は再度自転車を起き上がらせ、前進を再開する。中戦車隊と騎兵隊との共同進撃によって敵前線を蹂躙し崩壊させた日本は銀輪部隊の高速な進撃速度に任せて前進を続ける。そして帝国の銀輪は勢いを衰えることはなく、あの戦闘が起こった日から十日後にはソビエト全土のうちの三分の一程度を占領し、北部シベリア側に至ってはトランスウラル地方に差し掛かり、目と鼻の先にアジアとヨーロッパの北の境界線であるウラル山脈がそびえ立っていた。

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