第十六話 インドネシア奪還掃討戦

 スマトラ島北部の山岳地帯では日本軍が米軍に占領されたところを奪還しようと全力で攻勢に取り掛かっていた。山の上から打ち下ろすように砲兵は砲弾を敵陣に撃ち込み、山のふもとに掘られた塹壕から一瞬のスキをついて歩兵たちが突撃する。機関銃の音や砲弾の飛ぶ音、着弾したときの爆発音が交差し、鼓膜がはじけ飛びそうな、そんな地獄のような状況だった。

 吶喊した兵士は「我が皇国の地を守る」という一つの思いで結束し、煮えたぎる大和魂の力で強引に敵部隊を撃破し殲滅した。


 軍港を維持しているものの一部部隊は完全に包囲され危機的状況に陥っていた。ここを日本の精鋭部隊と称される海軍陸戦隊が陸軍部隊と共同で攻撃。山脈を突破し見事包囲網の解放に成功した。


 一方ボルネオ島では依然劣勢であった。押しつ押されつの膠着状態でわが軍の犠牲者が膨れ上がるばかりだった。そこでスマトラ奪還に成功した部隊八万人を増援としてボルネオに派遣。すると先ほどまでの劣勢から一転、猛烈怒涛の人海戦術的攻勢でわずか一週間でボルネオ島の米軍を殲滅し、多大な被害を受けたものの防衛に成功した。



 そして、帝都東京では一仕事終えた山本がまた野村副参謀長と夕食を食べていた。


「まずはマラッカ海戦での大勝利に乾杯だ!」


「ありがとうございます。」


「いやぁ、空母を四隻も沈めるとは大したものだよ。東南アジアにおける米軍の掃討戦は順調に進んでいるようだ。東條首相が言っていた。」


「部隊の補給状況も良好でしょうか?」


「ああ。良いさ。今村の開発した耕地などを最大限に活用している。前線の兵士が餓死することはまずありえない。」


「安心しました。かなり大規模な部隊運用でしたので。」


そうほっと胸をなでおろし山本は猪口に注がれた酒をあおる。


「そういえば、インドネシアでは現地の独立家が率いていた部隊があったと聞くのですが本当でしょうか?」


「本当だ。かなり活躍していたと聞いている。」


「そんなものがあったのか」と深く納得する表情を浮かべた五十六であったが、途端に表情を一気に険しくして


「あなた方が彼らに報いるためにと独立を援助するために準備を進めているとのことでしたが、それはもしかして1946年選挙のことでしょうか?」


「さすが五十六くん。察しがいいな。まさにその通りだ。戦況の好転で前回と違って予定通り選挙が行われる予定だ。ここで早期講和派と東亜独立派を集めて東條内閣を根底から破壊、大東亜攻略指導大綱を白紙にするのだ。次の選挙の根回しは十分にしてある。後は結果を待つのみだ。仮に東條内閣を崩せるとしたら次期首相には自由主義派の東久邇宮殿下が就任遊ばせるだろう。皇族のお方であるから、内閣の結成は早いはずだ。外務大臣は重光の続投だが、国務大臣は斎藤君に頼もうと思う。」


「反軍演説をしていた彼をですか...それは大きな一手になりそうですね。して、もう一つお聞きしたいことがありますがよろしいでしょうか?」


「遠慮なくいってくれ。」


「では。なぜ野村副参謀長は東條内閣の瓦解に注目されるのですか?」


「というと?」


「アジア解放を本当の意味で達成することを一つの目的としているのはわかりますが、何かほかにもっと強い理由があるように思えてならないのです。」


「戦地から離れれば離れるほど楽天思想は蔓延する。戦争が現実のものだと思えなくなるからだ。銃後はその状況に陥りつつある。本土上陸部隊を退け、爆撃隊を排除したことで安寧が訪れた本土では日常会話の話題はまだ始まってもいない講和会議の話題で持ちきりだ。この戦争ではあまりにも人が死に過ぎた。国民はその対価を求めている。アメリカ西海岸併合など現実的でないことばかり話されている。我々の戦争目標は『有利な内容で講和すること』である。戦争から手を引くタイミングはその時で、米国に降伏を求めることではない。もしその講和内容が認められるようになったとき国民はおそらく暴動、反乱を起こすだろう。『日比谷焼き討ち事件』のように。その時は政治が正さなければならない。だがその政治は一体どうだ?国民の楽天思想はもはや軍の中枢にも入りつつあるのだ。アメリカの西海岸を非武装地域にするなど無茶なことが掲げ始められている。アメリカは何処まで行っても大国だ。新型の新技術を使った高威力爆弾の開発も聞く。戦争の引き際も見極めなければ唯一の脱出点を見逃しかねない。次の選挙で政治の中枢を一新し初期に掲げられていた戦争目標を維持する。我らの国の軍人が数百万人も死んだこの戦争から日本を解放しなければいけないのだ。」


「『日本を戦争から解放する』ですか。まさに今すべきことはそれでしょうね。」


「そういうわけだ。」


「この選挙が未来を変えるのでしょうね...」


「おい、こんな話ばっかりしていちゃせっかくのうまい料理と酒が台無しになる。たまには上官だのなんだの言わずに滅多にしない世間話でもしようじゃないか。」


そう野村が言ったあと、二人は猪口に注がれた酒を一杯あおった。

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