独立か、従属か
第十三話 占領地との軋轢
ある暖かい昼過ぎの日、日本領ビルマ首都のラングーンの街中でビルマ国防大臣のアウン・サンと首相のバー・モウが屋台で昼食をとりながら話し合っていた。
「私としては今の状態はビルマ国民が望む独立とは程遠いように感じます。実際、ビルマの民衆が政治をしているのですが、『独立国家』ではなく『委任統治領』のような状態にあるからです。」
今の状態に懸念を抱くような、熱の篭った口ぶりで話すアウン・サンにモウはなだめるように
「今の日本の統治形態に言いたいことがあるのはよくわかる。実際私だってそうだ。しかし、今ここで蜂起を起こしてビルマ全土から日本軍を追い出したとしてもその戦闘で国土はさらに荒廃しさらには日本との絶望的な戦争を強いられることになる。それに、東條首相とまた会談する予定だ。今は下手なことをしない方がいい。」
「独立が目の前にあるのに掴むことが出来ない。それが悔しくてたまらないです。」
彼の言葉に少し落ち着いたのか彼の口調はいつものような少し冷ややかな口調へと戻っていた。
「お前がバー・モウ首相か」
彼らが話し終え屋台に食器を返そうとしていた時、横から何やら怪しげな俯き気味の男に声をかけられた。
「ああそうだが、貴様は誰だ。要件があるのなら先に名を名乗ってくれ。」
モウがそう言った後すぐに
「名なぞ名乗る必要は無い。」
そういい、どこやらにしまっていた拳銃を取り出し、モウ目掛けて撃った。男の撃った3発の銃弾は1発がモウの腹部に命中し、そのほか2発は銃の反動でありえない方向へと飛んで行った。詳しく言うなら、上空遥か彼方へ飛んで行った。
「モウさん!」
咄嗟にアウン・サンは腰に掛けたホルスターから銃を抜き、男に向けた。その時、男の少し後方から銃声が聞こえ、モウを銃撃した犯人がその場に倒れ込んだ。遠くを見ると、そこにはライフルを構えた憲兵が居た。
その後、銃撃されたモウは医療機関にて早急に治療を受け、無事、一命を取りとめた。
軍政インドネシア首都、バタビアの欧風宿の一室で五十六長官と
「まったく、久しぶりだな山本くん」
「一年ぶり...くらいだろうかな」
「まあそのくらいだろうな。でも何故だろうな不思議ともっと時間が経ってる気がするな。もしかしたら男相手に恋でもしてるのだろうかな?」
「面白い冗談を言うじゃないか。」
ははっと軽く笑いながら互いに酌を交わす。
「でも、お前がブーゲンビルで撃ち落とされたと聞いた時は思わず泣いてしまったよ。親友が居なくなってしまうってな」
「心配症だな。本土にいた時からそうじゃないか、ポーカーでもそれのせいで空回りし結局トドメを刺されていたな。まあ、俺は見ての通り元気だ。」
「それは良かった!抱きしめたいくらいだよ!」
「男色は流石にお前でもダメだぞ」
「そうか...」
「なんだやる気だったのか?変な冗談はやめてくれよ。冗談じゃないなら別だが。」
「全部冗談だ。心配してたのは本当だぞ?」
「だろうな。君が男色に興味を示すはずがないからな」
五十六はけらけらと笑いながらコップに注がれた酒を飲む。
「そういや、インド洋でまた戦果を挙げたみたいだな!」
「オーストラリア海軍をいくらか海底に突き落としてやったよ!それで、修理のためにバタビアに寄港した次第だ。それより、お前はラバウルの配属じゃなかったか?」
「野村元大臣の気遣いでインドネシアに戻していただいたんだ。お前の事で気を病まないようにとな。スカルノにも会ったが元気そうだったよ」
「俺の事で気を病む...何がどう拗れてそうなったんだ...?」
明らかに困惑した表情で五十六は今村に訝しげな視線を送る。
「多分、君が撃墜されてから数日ほど落胆して仕事も全く手につかなかったからだろう。「心入れ替えろ」って意味なのかもな」
「なるほど」
「そういえば、ビルマの話、知ってるか?」
「あの暗殺未遂か?」
「ああ。近頃、アジア全体で日本に対する不満が高まっているようだ。先日もまたインドネシアの独立が拒否されたらしい。」
「確か三年前も断られていたな」
「インドネシア内だと反乱の噂もある。近い日に東京へ行くことはあるか?その時に野村副参謀にインドネシアの今後の方針について聞いてきて欲しい。嫌だったら遠慮なく断って欲しい。」
「誰がお前の願いを断るか。でも答えが来るとは限らんぞ。」
「やり手の山本のことだ。上手くいく可能性に100円(現在で言う約100万円)賭けようじゃないか。」
「そう言われちゃ仕方ない。しっかりやり遂げてくるから、金を準備しとくんだぞ」
「もちろん。この男今村均に二言はない!」
「この話は一旦隅に置いておいて、久々に会ったんだ。昔のようにポーカーでもしようじゃないか!」
「いいな!ところでお前は何を賭ける?俺はタバコ5本だ」
「じゃあ俺も5本で行こう。」
バタビアの宿の一室では夜遅くまで笑い声が聞こえていたそうな。
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