大日本帝国陸海軍大改造計画

第二話 合同参謀設立(前編)

 1944/6/20、夜 都内料亭


 そこでは海軍大臣の野村直邦のむらなおくにと陸軍大臣兼総理の東條英機とうじょうひできが互いに酒を酌み交わしながら近頃の状況を話し合っていた。


「野村君。海軍の方はどうかね」


「先ほど、聯合艦隊各艦隊が呉と長崎に入港しました。」


「陸軍は日に日に統制も取れなくなってきて、損害も増えてきてるから大変だよ。」


英機はそう言って、グイッと一杯あおる。そして、


「続け様で悪いが野村君。今の状況を打開するためにと、こんな計画を立ててみた。」


そう言って彼が取り出したのは一つに束ねられた幾枚かの紙。そして、その表紙には



『大日本帝国陸海軍大改造計画』



 そう書き記され、軍機の判が押されていた。


「...これは...正気なのか?陸海軍の溝はかなり深い。」


 中身を読んだ直邦が当惑した表情を浮かべ、首を傾げた。


「それを知った上だ。多少の対立は覚悟している。だが、不利益よりも利益の方が随分と多い。そういうことだ。検討しておいてほしい。」


「ああ。家でもう一度考えてみるよ。」


 そういって、直邦は個室から出ていった。


 6/21 都内某所、会議部屋


「まったく...海軍の奴はいつになったら全員揃うんだ...」


 貧乏揺すりをしながら山下奉文やましたともゆきがつぶやく。既に東條と野村は席についていた。


 ガチャリ。と勢いよく戸が開かれ、塚原二四三つかはらにしぞうが「遅れて申し訳ない」と一言おいて、着席し、会議が始まった。



「ではまず、状況説明を陸軍の方から頼む。山下君。」


「はっ。現在陸軍は三個の前線を抱えております。太平洋戦線と、支那戦線、ビルマ戦線です。現在帝国海軍が少なからず戦力がある状態ですので、米軍による上陸作戦は小規模なものの、今後フィリピンや台湾、沖縄に上陸してくる可能性はゼロではありません。

そして、最も懸念されるのが、戦線の増加、すなわちソビエトの日本侵攻です。ノルマンディーに上陸された盟友ドイツの力は日に日に衰えており、帝国中枢部は中立条約があるから問題ないと認識しているようですが、もし仮にドイツが連合国またはソ連に対して降伏した時には彼らからの大規模な侵攻が予想されるでしょう。」


「これが来れば帝国は終わりだな」と、一言つぶやいた東條は厳しい顔をしながら耳を傾ける


「よって、我々に残された猶予はドイツが降伏するまでの時間です。それまでに膠着し損害が増え出したこの圧倒的劣勢にあるこの戦局を打開しないといけない。そのために、私は一つの戦線に兵力を集中させて一気にたたくのが一番効率がいいと思われます。」


 そう奉文が言い切ったのち、東條が


「部隊の集中運用ということか。現実的ではあるな」


「はい。戦力を一挙に集中させ、支那戦線を片付けてしまうのが最も現実的、かつ効果的であると考えます。現在、同戦線には約130万の兵士が配備されており、これは陸軍全兵力の1/3に当たります。もし支那戦線で勝利することができたのであれば、それらの兵士を新たな戦線へと配置することが可能になり、形勢逆転の余地があるでしょう。さらに、中華民国をの抵抗勢力を抑圧すれば劣悪なビルマへの補給問題の解決にもなるでしょう。」


「そういえば、牟田口のウ号作戦はどうなっている。」


「作戦遂行中ですが、劣勢のようです。兵士の士気も日に日に落ち、作戦遂行はこれ以上不可能かと思われます。」


 奉文は悔しそうな表情を浮かべた。


「そうか。あの作戦を始めたはいいものの悪評しか聞かない。後で中止命令を出しておく。」


「了解です。」そう言って首肯する。


「これにて陸軍からの報告は以上です。」


「一ついいかね」


直邦が報告を終え着席しようとしていた奉文に軽くにらみを利かせ質問する。


「たしかに、その意見はしっかりしているが、どのようにして七年も突破できなかった支那戦線を突破するというのだね?」


核心を突いた質問だった。それに対し、「その質問は想定内だ」といわんばかりの余裕の表情で返答する


「それに関してですが、太平洋戦線の配属された兵士を引き抜くことで、突破力を増進できるでしょう。」


「その間は太平洋の重要拠点を誰が守るのだ。」


「率直な意見を申し上げますと、それらの太平洋の小島たちは本当に必要かつ重要な拠点なのでしょうか?真水の確保も難しい小さな島なぞこの際一度捨ててしまい、絶対国防圏を縮小して少ない兵力で万全な守りを固めるべきでしょう。」


「海を知らぬ陸軍らしい意見だな。そんな少数の負け戦など大和武士やまともののふの誰が好き好んでやるか」


「私がやりましょう。」


反論に対す反論で熱気だった二人の間の熱を冷ますように、ある一人の男が立ち上がった。


「五十六君...正気なのか?」


そう。かの英傑、山本五十六長官である。


「ええ。あの襲撃の時、私はほぼ確実に死んでいたことでしょう。もはや私はこの世に未練を残した怨霊のようなもの。ならばこそ、この現世うつしよでこの魂燃え尽きるまで我が日本の為に全力を尽くしましょう。そして、刻々と敗戦が近づいているこの今、陸海軍で争うほど無意味なことはないと思うのです。私がその防衛任務を担うことで戦線が改善されるのならば喜んで参加するまでです。」


そう言って、五十六は何事もなかったかのように着席した。


「五十六長官。多大なご配慮に大変感謝する。まさに長官の言うとおりだ。このような時に内輪揉めをしている場合も余裕もない。そんなことで日本が負けた時、後世の帝国臣民はどのように我らのことを見るか。我が国を敗戦に導いた国賊、無能と思うだろう。私も山下将軍の意見と山本長官の意見を全面的に支持する。こんな昔のような陸海軍の対立は終わりにしようじゃないか。私、陸軍大臣の東條英機から陸海軍の完全なる協力体制の樹立案を提案する。資料は既に準備してある。そして、海軍大臣からのお墨付きだ。」


~会議前、内閣総理大臣執務室~


「野村君か。このタイミングとは、昨日提案したあの案のことかね?」


机に肘をついて口元を隠したつもりだったのかはわからないが、英機の口元が少し緩み、期待の眼差しを直邦に向けていた。


「総理。いや、陸軍大臣殿。昨日ご提案いただいた協力体制の樹立案、本意見は我が国を勝利へと導いてくれると確信した。この意見、わたくし海軍大臣から全面的に支持させていただきたい。」


「本当に感謝する。」


そう言って立ち上がり、直邦の手を取った英機は終始笑顔でいた。


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