第7話 青髪のエイプリル

 四肢に不思議な感覚がみなぎっている。周りの空気がトロリと皮膚にまとわりつく。音が光の粒となってキラキラと視界に飛びこんで来る。

 冷蔵庫ほどもある巨大なスピーカーの真ん前。腹の底から突き上げるような大音量。ズンズンと全身を震わせるビートに合わせてモイラが踊っていた。

 笑顔が汗で光っている。

 ムネチカは壁際にもたれたまま、それをボーッと眺めていた。

 フラッシュする照明に合わせて、モイラの表情はくるくると変わっていった。

 アジア系とウクライナの混血だというモイラは、文字通り性別不明な容姿をしている。

 女であり、男でもある。

「変な感じ」と呟いた次の瞬間、スネに激痛が走った。

 思わず顔をしかめたムネチカの耳をグイっと捻り上げて、誰かが怒鳴った。

「あんた何者?」

 よろめきながら顔を左に向けると、背の高い女がこちらを睨みつけている。

「あんた、あいつとどういう関係?」

「あいつ?」

「オカマ野郎よ、オ・カ・マ!」

 女はモイラを指差していた。

(モイラがオカマ?何いってるんだこの人)

 ムネチカの意識は、ドラッグと爆音響くこの空間にすっかり歪められていた。

 喚いている女の細い両腕にはタトゥがみえる。背が高く、腕と脚がばかに長い。

 髪が青く、まるで異星人か何かを目の前にしたような恐怖すら覚えた。

 ムネチカはヨロヨロと立ち上がると、人混みをかき分け、逃げるようにしてモイラの元へ向かった。

 一歩踏み出すごとに、さっきまでの明るい気分が失せていく。

「モイラ!ねえ、モイラ!」

 反応がない。瞳を半ば閉じたままモイラは踊り続けている。ドラッグのせいだろうか。

「オイコラ、てめー、話はまだ終わってねーんだよ!」

 襟ぐりをグイと引っ張られ、ムネチカはうしろへよろめいた。さっきのデカ女がもう追いついてきていた。

「テメえ、殺されたいのかよ!」デカ女が喚いたとき、突然キーモが二人の間に割って入った。

「いい加減にしろ、エイプリル!」

 大きな手が二人を引き離す。

 キーモは暴れるエイプリルをひょいと担ぎ上げ、さっさとフロアを出て行った。


 ムネチカが呆然とつっ立ったっていると、モイラの両腕がシュルシュルと蛇のように首に巻きついてきた。

 汗と香水の混じった、青い若葉のような匂い。

 うつろな瞳のモイラが、耳元でささやいた。

「ブツさばかなきゃ」

 吐息がくすぐったい。

「お手伝いよろしく、学生さん」

 そういってムネチカに向きなおると、両手で頬を優しく包み込むようにして、モイラが突然キスをした。

 プルンとした、柔らかな感触だった。

 ハヤカワムネチカ。

 十七歳。

 ファーストキスだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る