第6話 スクアットパーティ
ムネチカは、雲の上を歩いているような気分だった。生まれてはじめて味わう浮遊感に恍惚としていた。
モイラに手を引かれるままに、暗い夜道を進んでいく。
モッズコートのフードが風で脱げないように手で押さえながらムネチカが訊いた。
「ここどこ?」
モイラは鼻歌交じりに、どんどん突き進んでいく。
ムネチカが振り返ると、さっき降りたバス停はもうどこにも見えない。
いよいよ辺りは暗くなっていき、街灯すら見当たらない。
空は茫々として、星はどこにも見えない。
遠くでサイレンの音がこだましている。
「こんなとこやだ」本能的に口がひらいた。
「もう少しだから」モイラは歩みを止めない。
「どこへいくの?」ムネチカが訊ねた。
徐々に心の中に灰色の雲が広がり始める。それに対して、モイラの足取りは軽やかだ。
「今夜はスクアットパーティへいくの」
「なんなの、それ」
「空き家や、廃屋を占拠してやるアンダーグラウンドなパーティだよ」
「それって違法じゃないの?」
「まぁグレーゾーンってところかな」
ムネチカは爪を噛み始めた。
どうしようもなく落ち着かない。
何をどうしたいのか、ムネチカ自身にもわからない。
「ぼくやっぱり帰らないと」
とうとうムネチカは足を止めた。
辺りを覆う暗闇がおそろしい。すぐにでもこの場を立ち去りたいと思った。
ようやくモイラが振り返った。
「ムネチカ、あたしを見て」
今夜のモイラは美しくメイクアップしていた。ボルドーから黒へグラデーションするアイシャドーに、薄桃色に潤んだ唇がとても艶やかだ。
「ゆっくり深呼吸するの」
男性でもない、女性でもない不思議な声が耳に響く。
モイラはまっすぐにムネチカを見つめている。
「おびえないで。大丈夫だから。ハイな自分を抑え込もうとしないで、身をゆだねればいいんだよ」そういってモイラはムネチカの頬を撫でた。その手はまるで絹のような感触だった。
「こういう時はね、おもいっきり踊るのがいいの。さ、いこ」
腕を絡められ、引っ張られるようにしてムネチカは再び歩き出した。
いつのまにか、二人は倉庫街に入り込んでいた。
「到着!」
そう叫ぶとモイラは走り出した。
「ちょっと待って!」ムネチカは後を追う。
二人が向かう先にそびえ立つ、ひときわ大きな建物。そこから僅かだが音楽が漏れ聞こえてくる。
近づくと、それは古びた倉庫のようだった。
門前には十人程の列ができている。
モイラは列を無視してどんどん歩いていく。ムネチカは離れまいとモイラのコートの裾を掴んだ。
鉄の扉の脇に、険しい目つきの大きな白人が一人立っていた。
「やぁ!キーモ」モイラが飛びつくようにして、その大男にハグをした。
「こんばんは、お嬢さん」大男は嬉しそうに応えた。銀色の美しい髪と若干の訛りが、英国人ではないことを物語っている。
「並ばなくていいの?」他の客を尻目にムネチカが心配している。
「バズのゲストリストに載ってるから大丈夫なの」
倉庫内の廊下を進むと、音が異常なほどに大きく響き出した。建物全体がジンジンと震動している。
ムネチカはモイラに抱きつかんばかりにピタリと引っ付いて歩いた。
ロウソクが点々と灯された階段をあがった先に、大きなフロアが広がっていた。
地面を覆い尽くすように黒々と蠢いているのは、人間だった。飛び跳ねている人、うねるように踊る人、漂う人、中にはリズムに合っているのかわからないような、妙な動きの人もいる。
とにかく音が大きすぎる。
ムネチカはモイラの耳に口をあてて叫んだ。
「これってなんて音楽?」
するとモイラはニヤリと微笑み唇を動かした。
「テ・ク・ノ」
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