第10話 珍味

「しっかし、こんな卵何に使うんだ?」


カブトロンのくっさいくっさいウンウンの中から卵を取り出し、それを焼き肉のタレで――成分はほぼアルコールに変えてある――腕ごと豪快に洗い流した。

スースーするのが難点だが、これで洗うと直ぐに強烈な匂いが消えてくれるので助かる。


「珍味らしいわ」


「うえぇ…… 」


サリーの言葉に俺は眉根を顰める。

うんこ塗れのこの卵を珍味として喰うとか、どんなスカトロ共だよ。


「勘違いしてる様だけど、カブトロンの排泄物は汚い物じゃないわよ?自分達の子供に食べさせるわけだしね。発酵食品みたいな物よ。死ぬ程臭いけど」


「いや、ンコはンコだろ」


物は言い様ではあるが、あの強烈な臭いを発酵食品の様な物と評するのは無理ないか?

ああいや、匂った事は無いが、クサヤとか臭豆腐は強烈に臭いんだったか。


とは言え、生き物のけつから捻りだされた物と一緒にするのは流石に無理がある。


「まあ中にある卵を食べるのであって、糞を食べる訳ではないからね」


まあそうなんだが。

それでもやっぱり、俺はこれが食卓に出されたら断固拒否するだろうな。

間違いなく。


「これで終わりなんだよな?」


専用の収納バッグに、手にしていた卵を詰めた。

中は大きく区切られており、その中に大量の緩衝材などが詰められている。

カブトロンの卵はかなり硬いらしいが、万一の事を考えての破損対策だ。


「折角だし、蜂蜜を取って行こう!」


それまで黙っていたピクミンが唐突に口を開く。

お前は何処のプーさんだ?


「なんだよいきなり。蜂蜜って高価だったりするのか?」


日本では安価に手に入った熊の大好物のあれだが、異世界では入手困難のかとも思い尋ねてみた。


「普通の蜂蜜は別に高くはないよ。ピクミンが言ってるのは、キラービーの生成する特殊な蜂蜜の事」


「キラービーって……大丈夫なのか」


「あら?スレインはキラービーの事しってるの?」


「いや、知らなけど。何となく想像は出来る」


名前からして、どんな魔物か想像できてしまう。

きっとカブトロンサイズの雀蜂の様な魔物に違いない。

そんな奴に群れを成して襲われたら、確実に昇天する自信が俺にはあった。


「まあ強力な魔物ではあるわね。一応冷気には弱いから、私の魔法で周囲の温度を下げれば問題なく蜂蜜は取れるだろうけど……」


だけど?

サリーの濁した言葉の先が気になる。

その先に「楽勝よ」という言葉が続かない事だけは確かだろう。

賭けてもいい。


「姉さんの魔法には魔力の暴走があるからねぇ……」


暴走。

カティの口から、これまた不穏な言葉が出て来た。


「暴走?」


勿論スルーする訳にも行かないので、聞いておく。

どう考えても傍に居る俺に被害が来そうな単語だからな。


「呪いで肉体が若返っているって、話はしたわよね?」


「ああ、それは聞いた」


「その影響で強力な魔法を使うと、魔力が上手く制御できずに魔法が暴走してしまう事があるの。まあ低位の魔法なら問題ないんだけど」


サリーは苦笑いする。

若返るだけじゃなく、そんな影響もあったのか。


「この前もクエスト中に魔法を暴走させて、偉い目にあっちゃってね」


その言葉に、ピクミンに初めて会った時の事を思い出す。


「ピクミンが土下座してたのって、ひょっとして?」


「ええ。商隊護衛の任務だったんだけど、魔物を撃退する魔法を暴走させて荷物の大半を燃やしちゃったのよ」


うわぁ……そりゃきっついな。

そりゃ豪快に土下座する訳だ。


違約金と入っていたが、実際は損害賠償だった訳か。


「本当はギルドへは、私が出向くべきだったんだけど……」


サリーは申し訳なさそうにピクミンの方を見る


「がははは!パーティーの失態は全てリーダーの責任だからな!」


マッスルポーズを取って筋肉をぴくぴくさせながら、ピクミンは豪快に笑う。

ポーズは兎も角、その男らしい行動には感心させられた。


下の責任を自分の責任として受け止める。

それは正に理想的な上司像だった。

まあ脳筋である事を除けば……ではあるが。


「よし!じゃあクエストも終わったしさっさと帰ろうぜ!」


ピクミンの提案は無かった事にして、俺はさっさと帰ろうと爽やに提案する。

暴走したら酷い目に遇うと分かっている蜂蜜取りなどに、付き合ってられんからな。


「まあ落ち着け!友よ!」


そう言ってピクミンが俺の前に立ちはだかる。

ていうか誰が友だ?


「俺に名案がある!」


そう言うと、ピクミンは顔の前で親指を立ててニカッと笑うのであった。

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