第9話 初仕事
目的地に到着した俺達は、鬱蒼とした森の中を進んで行く。
「くっそ、蚊が多い。虫よけスプレーが欲しいな」
さっきから集られまくって鬱陶しい事この上なしだ。
神をも恐れぬ所業の愚か者に死の制裁を。
そんな厨二っぽい事を考えながら、体に止まる蚊を叩き潰しまくる。
「てか、何で俺の所にしかこないんだ」
森を歩けば蚊に集られる。
これは仕方がない事だった。
世の摂理だ。
だがさっきから血を吸われているのは俺ばかりで、他の3人は全く集られている様に見えない。
「がはははは!俺達は鍛えてるからな!」
いや絶対関係ないだろう。
鍛えたぐらいで……っと思ったが、ピクミンぐらい筋肉質だと蚊の針も弾き返すのでは?そう思えなくもない。
だが他の2人は別だ。
サリー腕とか結構ぷにぷにしてそうだし。
「そう言えば、護符を渡すのを忘れていたわね」
「護符?」
「小さな虫や蛇なんかを寄せ付けなくするマジックアイテムよ」
「え?そんな便利な物あんの?だったらさっさと渡してくれよ!」
サリーから護符を受け取った瞬間、虫が全く寄って来なくなった。
すげーなこれ。
日本に持ち帰れたら馬鹿売れ間違いなしだ。
「所で、目的のカブトロンってどんな魔物なんだ?」
まあ正確にはカブトロンの卵が目的だそうだが。
此処まで取り敢えずついては来たが、ピクミンによる大雑把な内容しか聞いていない俺は全然詳細を把握していなかった。
「別にあんたが戦う訳じゃないのに、聞いてどうすんのよ?」
カティから冷たい言葉が返って来る。
確かに戦うのはピクミンとサリーなんだろうが、ちょっとくらい興味本位で聞いても良いだろうに。
相変わらず彼女の俺に対する態度は冷たかった。
ひょっとしたらカティは蟻地獄擁護派なのかもしれない。
だとしたら彼女とは一生相容れる事は無いだろう。
悲しい事だ。
「カブトロンは体長1メートル位の巨大カブトムシよ」
「1メートルとか、カブトムシの癖に育ち過ぎだろう」
これも日本に持ち帰って売れば……って、危険な魔物だから退治されて終わりか。
特定外来生物待ったなしだ。
「いた、カブトロンよ……」
サリーが前方のデカい木を指さす。
太い幹に、巨大な雄のカブトムシが吸い付いている。
普通のカブトムシは夜行性だが、魔物であるこいつはまっ昼間っからもりもり活動している様だ。
「……」
よく見ると、けつの部分からぷりぷりと排泄物が垂れ落ちている。
喰うか出すかどっちかにしろよ。
きったねーな。
「どうすんだ?あいつを倒すのか?」
サリーの方を見て聞くと、彼女は首を縦に振る。
「まあ私達の目的はあくまでも卵なんだけど……下を見て」
「ん?下?」
サリーに言われて視線を落とす。
木の根元には、カブトロンのンコがこんもりと体積しているだけだ。
他には何も見当たらない。
「カブトロンは普段は排泄しないのよ」
「どういう事だ?」
「生まれたばかりの幼虫は、カブトロンの糞を食べて成長するの。つまりあの下に卵が埋まってるって事よ」
「うぇ……」
生まれて直ぐにスカトロかよ。
カブトロンに生まれなくて良かったと心から思う。
「オスは糞を卵の上に振りかけた後、あの木の上で子供が生まれて来るまで見守る習性があるのよ」
卵をパクるだけなら、カブトロンを狩る必要は無い。
だが雄が見守っているのなら、当然それを奪おうとすれば戦闘になるだろう。
「私が誘導するわ。ピクミンお願いね」
そう言うと、カティは木にそろりそろりと近づいていく。
どうやら彼女が囮になって注意を引き付け、その隙にピクミンが攻撃を仕掛ける算段の様だ。
「私は万一仕留め損ねた場合のリカバーよ。カブトロンは危険を察知すると逃げ出して、仲間を呼んで戻って来る習性があるの」
カブトムシの癖に小賢しい奴だ。
ピクミンは兎も角、俺やサリーは囲まれると一溜りも無いだろうから、きっちり仕留めて貰わないと困るな。
「ふっ!」
カティが口と片手を使い、ポシェットから取り出したスリングで器用に石を飛ばす。
だが――かなり大きめな石で、しかも相当なスピードで飛んで行ったにも関わらず、カブトロンの外郭には傷一つ付いていなかった。
滅茶苦茶硬ぇじゃねぇか。
ピクミン大丈夫か?
奴がかなりの馬鹿力だというのは見ていれば分かるが、流石に魔物が此処まで硬いと不安になってしまう。
とは言え、俺に出来る事は何もない。
兎に角肉達磨を信じて祈るとしよう。
「とうぅりゃぁ!」
石をぶつけられて怒ったのか、カブトロンは木を蹴ってカティへと真っすぐに飛んでいく。
此方へと走って逃げるカティ。
追うカブトロン。
その横っ腹にピクミンが豪快に飛びついた。
急な事でバランスを崩したカブトロンは、ピクミンと一緒に勢いよく地面をごろごろと転がっていく。
「ふおぉぉ!!」
木にぶつかって転がりが止まった所で、ピクミンが気合一閃、カブトロンを抱えて高々と飛び上がった。
大きな魔物を抱えているとは思えない程その跳躍力は凄まじく、軽く十メートルは上昇していく。
完全に人外のムーブだ。
ピクミン恐るべし。
「サイクロン!マグナム!」
空中でカブトムシの足を両手両足でホールドしたピクミンが、旋回しながら落ちて来る。
サイクロンマグナムとか言っているが、それはまごう事無きスクリューパイルドライバーだった。
落下してきたカブトロンの頭部は見事に地面に突き刺さり、衝撃で胴体と首がさよならする。
これは間違いなく死んでるだろう。
「アイアム!ブルー!タイフーン!」
人差し指を立てて両手を上げ、何故か英語でピクミンが勝どきを上げた。
厨二病かな?
「やるじゃない!ピクミン!」
カティが駆け寄りハイタッチ――ピクミンはでかいのでロータッチだが。
俺にもこれぐらいフレンドリーに接して欲しいものだ。
「さて、それじゃあお願いね」
「ん?何を?」
サリーが笑顔で指さす。
カブトロンのウンウンを。
「え?まさか俺?」
「あったりまえでしょ。何の仕事もしない奴を連れてくるわけないじゃん。私達3人は戦闘要員。で、あんたは卵回収要員よ」
カティが聞きたくもない解説をしてくれる。
確かに言われてみれば、何もできない人間をクエストに連れて来るわけがない。
まさかうんこ漁り要因として連れて来られていたとは……泣いていい?
「いやでも……今の戦闘はサリーも参加してない訳だし」
「あんた、女の子にそんなことさせるつもり?大体回収する卵は3つなんだから、お姉ちゃんにはこの先仕事があるのよ。良いからさっさと取って来なさい」
どうやら抗議は無駄の様だった。
冒険者としての初仕事が排泄物漁りとか、夢も希望もあった物では無い。
俺は深呼吸してから気持ち悪いその塊に手を突っ込み、底の方にあった丸くてかたい卵を引きずり出した。
クッサ!
超クッサ!
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