第6話 焼き肉

「じゃあ改めて自己紹介だ!」


高級焼き肉店ゴッドテイルの席に着いた俺達は、まずは乾杯する。

とは言え、酒を頼んだのは俺だけだった。

残りの二人はまあ未成年っぽいのでジュースなのはわかるが、ピクミンはウォッカをがぶ飲みしそうな見た目の割に、サイダーの様なジュースを頼んでいた。


「俺はピクミン・ブライト!見ての通り戦士だ!圧倒的パワーで全てを粉砕ずるぜ!」


手にしたジョッキを一気に煽り、ピクミンが暑苦しいマッスルポーズを決める。

一見豪快そうに見えるが、ジョッキの中身がサイダーなので全てが台無しだった。


「あたいはカティ。カティ・ブイラト。シーフだよ」


カティは気乗りし無さそうに名乗る。

さっきの事が尾を引いているっぽい。

どうやら彼女は胸と同じく、器も小さい様だ。


「私はサリー・ブライト。魔導士よ」


少女――サリーもどうやらパーティーの一員らしい。

こんな小さな子を冒険に連れて行くとか、ピクミンも何を考えているのやら。


「ん?ブライト?ひょっとして?」


三人が同じ苗字だと言う事に気づく。


ひょっとして親子なのかもしれない。

となると、ピクミンは自分の娘をパーティーに入れている事になる。

それは完全に駄目な父親のムーブだった。


「ええ、私達は姉弟・・よ」


「え?そうなのか……にしては偉い年が離れた兄妹なんだな」


ピクミンは30は軽く超えているだろう。

サリーが8歳として最低22歳差か。

親子ほどの差だ。

御両親頑張り過ぎだろう。


「そうね。私が28でピクミンが14だから結構離れてるわね」


思った程差はない……ん、あれ?聞き間違いか?

今サリーは自分が28で、ピクミンが14と言った気がする。

どう考えても逆だろう。


いやまあ、逆にしてもおかしいか。

ピクミンは老けた28歳と言えなくもないが、サリーが14は背伸びしすぎだ。

小さな子が大人扱いされたくて鯖を読むにも程がある。


「言っとくけど、事実よ。サリー姉さんが28で、ピクミンが14歳よ。ま、信じたくないなら別にいいけど」


カティが俺の表情から考えを呼んだのか、そっぽを向きながら言って来る。

目ぐらい合わせろよ。


「いやいやいや、どう見ても見えないだろ!?」


「私は呪いを受けて肉体が幼くなってるのよ。詳しく話す積もりはないけど」


呪いと言われて、すとんと納得する。

ここは異世界だ。

受付でも魔法を見せて貰っている。

なら呪いで肉体が若返っていてもおかしくは無い。


そもそも彼らが年齢を詐称する意味などない訳だし。


「て事は、ピクミンも?」


ごつい体して何サイダー飲んでんだよとか思たったが、呪いで老けているだけで、実際は14歳だというならそれも納得できる。


「がははは!俺は単に老けてるだけだ!」


って、お前は違うのかよ!?


しかし酷い老け方だ。

髭も相まってどこからどう見ても立派なおっさんにしか見えない。

俺が思春期の頃にこの見た目だったら、絶対ぐれてるぞ。


「お!肉が来たぞ!」


陶器の大皿に乗った肉が店員の手によって運ばれてくる。

凄く美味そうだ。

ピクミンは「焼くぞ焼くぞ」と大量の肉を鉄板に乗せていく。

その横から「野菜も食べなさい」と、お小言を言いながらサリーが野菜を隙間に詰めた。


ジュウジュウと音を立て、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。

だが不思議だ。

鉄板の下は只のテーブルだった。


火元も無いのに何故肉が焼けるのか?

多分魔法的な何かだと思うが、取り敢えず聞いてみる。


「なあ、何でこれ肉が焼けてんだ?」


「何でって、ヒートプレートだからに決まってるじゃない」


質問に対して固有名詞で帰って来る。

だからそのヒートプレートって何だって話なんだが。


「マジックアイテムよ。魔力を通すと発熱するね」


サリーが補足してくれた。

幼く見えても28歳なだけはある。

よっ!ロリババア!


「よし!焼けたぞ!」


「いやそれ……まだ焼けてないんじゃ」


ピクミンが豪快に肉をトングの様な物で掴み取り、自分の皿に放り込む。

ひっくり返して無いので片面にしか火が通っていないのだが……


「がははは、半分焼けてりゃ上等だ!」


いや駄目だろう。

ちゃんとひっくり返せよ。


「駄目よ。ちゃんと両面焼きなさい」


「むう……仕方がない」


サリーに言われてピクミンは渋々と肉を鉄板に戻す。

ごつい図体をしていても、姉には頭が上がらない様だ。


「さ、焼けたわね」


椅子の上に立ち、サリーが焼けた肉を手早く取り分けてくれる。

まさに小さなお母さん状態だ。

俺は皿に置かれた肉を箸でつまんで――どうやらこの世界は箸文化の模様――タレを付けて口に放り込む。


「「うめぇ!!」」


俺とピクミンの声が重なる。

これは上手い。

口に入れた瞬間油がとろけ、ジュワッと旨味が口に広がる。

こんな美味い肉は初めてだ。


だが少し残念な部分もあった。

それはタレだ。

悪くはないのだが、繊細な肉に対して味が大味すぎる気がする。


そこで俺は試しに女神様から貰ったスキルを使って、新しい皿にタレを出してみた。

用途がびっくりする程狭いこのスキル、まさか早々に使う事になるとは夢にも思わなかったぜ。


「なにそれ!?手からいきなり出たわよね!?」


「魔法?いえ、違うわね」


ピクミンは肉に夢中で見向きもしないが、女性陣2名が俺のスキルに食いついてきた。

どう説明した物かと迷う。

神様に懇願して貰った唯一のスキルとか言ったら、思いっきり笑われそうそうなので、適当に嘘で誤魔化す事にする。


「異世界人の固有スキルさ、俺達はこれで焼いた肉を食うんだ」


「へぇ、異世界人って面白い力を持っているのね。他には何か力があるのかしら?」


「いやぁ……まあこれだけかな」


「そう……」


俺の返答を聞き、サリーは明かに失望したような表情になる。

軽く傷つくのでそんな目で見るのは止めて頂きたい。

まあ笑われるよりはいいか。


俺はタレに肉を漬け込み、口に運ぶ。


「美味い!」


ピリ辛のタレが肉の甘みと旨味を引き締める。

さっきの3倍は美味い!

女神様!ありがとう!


俺の胸は女神への感謝の気持ちでいっぱいに……とは流石にならないが、まあ上手い。


「お?なんだそれ?」


それまで喰うのに夢中だったピクミンが、俺の声に反応して此方を見て来る。

そして断りもなく俺の皿を奪って、中のタレを一気飲みしてしまった。

馬鹿なのかこいつは?


「うっわ!かっら!!!」


そらそうだろう。

つけダレは飲むように出来てないからな。


「けど美味い!もう一杯くれ!」


どういう味覚をしてるんだ、こいつは?


「ピクミン。それは飲み物じゃなくて、スレインが出したお肉のタレよ」


「おお!タレか!!確かに肉に合いそうだ!くれ!」


皿を突き出された俺は、渋々とタレを流し込む。

まあ減るもんじゃないからいいけど。


「私にも貰えるかしら?」


「ああ、いいよ」


「カティはどうする?」


「私はいいわ。人の手から出て来る物とか口にしたくないし」


まるで汚いと言わんばかりの反応だ。

だがもし俺が逆の立場だったら、きっと同じ事を言っていただろう。

冷静に考えて、他人の手から出て来る謎の汁とか口には出来んわな。


「うーまーいーぞー!!」


ピクミンが今にも口からビームを放ちそうな絶叫を上げた。

流石に表現が大げさすぎ。

というか唾が飛んで汚いので、良い子は真似しない様に。


俺達はその後運ばれてくる大量の肉を貪り喰らい、全員腹がパンパンになった所で店を出た。


「いやー、ごちそうさん」


「でもピクミン、よくそんなにお金を持ってたわね」


「ははは、臨時収入があったからな!」


「臨時収入?」


サリーが訝し気に首を傾げる。


「マスターからスレイン用の支度金を預かったからな!それでパーッとやった訳だ!」


「……え?」


ちょっと待て。

支度金って事は……それってつまり……


「俺用の金じゃねーか!ざっけんな!!」


金なら大丈夫と言っていたから、てっきり奢ってくれたのかと思ったら、実際はその真逆だった。

完全に集りじゃねーか!


「ははは!気にするな!!」


「いや気にするわ!返せぼけ!」


「ははははははは!!!」


ピクミンは豪快に笑うだけで会話が成り立たない。

仕方がないのでサリー達の方を見ると、そこにはもう彼女達の影も形も見当たらなかった。


逃げられた……


「はははははははは!!」


狂った様に笑うピクミン。

弟をあっさり切り捨てて逃げる姉二人。


異世界恐るべし。

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