第34話「アンリ」

「いやはや、王都奪還がこんなにもうまくとは思いもせなんだ。さすがはスタファン殿よ」

「俺は何にも。シュタルク殿の命令に従っただけです」


 司令長官であるシュタルクのおべっかを、スタファンは適当にあしらった。

 政庁に司令部が置かれ、連合軍の指揮官たちが集まり、今後の方針について会議が行われていたが、ずっとこの調子でスタファンは嫌気が差していた。シュタルクはスタファンを褒めているようで、結局は自慢しているのだ。

 シュタルクは有力貴族で、魔物に攻められ陥落間近の王都から脱出し、しばらく地方で逃げ回っていた。魔王軍と戦い、勝利を収めた連合軍の存在を聞いて、参陣を決めた。連合軍は地方領主の集まりであったため、中央とつながりを持つシュタルクを指令部の長として歓迎する。

 口ひげをなでながら座っているその席は、グィードに暴政に抗議して殺された宰相の席であった。


「ボリス殿もそう思われるであろう?」

「はい。スタファン殿の采配は見事なものでした。しかし、シュタルク殿が思い切った決断をされたからこその成果です」


 ボリスも人間と関わるようになり、すっかり処世術を心得ている。この手合いと議論しても無駄と分かっていた。

 シュタルクはお世辞を言われているとはつゆ知らず、満足そうな顔でうなずいている。


「……王族殺しが」


 スタファンが本音を漏らす。


「何かね、スタファン殿?」

「いいえ。何にも」


 アンリを捨て駒にして、王都に奇襲を仕掛ける案を承認したのは、このシュタルクだった。

 スタファンは抗議したが、受け入れられなかった。結果、王族を始め、市民など非戦闘員に多くの死者を出すことになる。


「スタファン殿、言いたいことがあるならば言ってはどうだろうか? 皆、英雄の言葉には耳を貸そう」


 白々しくそんなセリフを吐いたのはボリスだった。奇襲策の提案者である。

 スタファンは、戦力として魔物の力を評価していたが、初めから信用できる相手ではないと思っていた。あくまでも力を借りるだけ。信じても、頼ってもいけない。いずれ敵になると分かって接するべき。特にボリスは並の魔物ではなく、知能は人間に比肩するから、決して心を許してはならない。

 今回の作戦も、結果的にうまくいったからいいものの、リスクが高すぎた。それに魔物にとってデメリットが少なく、人間側にリスクと負担が多すぎる。


「そうか。では……」


 英雄の言葉を聞こうと、一同は黙ってスタファンを見る。

 スタファンはゴホンと咳払いをした。


「腹の調子が悪い。今日は下がらせてもらってもよいか?」


 スタファンの言葉に場が凍り付く。

 英雄の発言が本気なのか、冗談なのか判別がつかず、笑っていいのか気遣っていいのか、一同は戸惑った。


「異論がないようなので、下がらせていただく」


 スタファンは返事を待たず席を立った。

 あまりに堂々とした行為に誰も口を挟めなかった。


「ちょっと待ったあぁーっ!!」


 政庁の会議室に女性の声が響き渡る。

 ドアを勢いよく開けて飛び込んできたのはアンリだった。


「誰だお前はっ!! ここをどこだと思っている! すぐに出て行け!」


 シュタルクが叫ぶと、側近が耳打ちする。


「お前が? 女神?」


 これまで近くにはいたはずだが、アンリは敬遠されていたため、二人が会うのはこれが初めてだった。


「これはこれは女神殿。今は重要な会議中です。お引き取り願いたい」


 一応は功労者。シュタルクはアンリを罵りたいのを我慢する。

 当然、少女が女神だと信じていない。むしろ、魔神という強力な力を持っていることが気にくわなかった。

 そう。パレードにアンリが参加するよう仕組んだのはシュタルクだ。


「いいえ、今日こそは発言させてもらうわ」

「な……。衛兵! 女神殿をお連れしろ。迷子のご様子だ」


 衛兵が形相をこわばらせ、アンリの肩をつかむ。


「手を離してもらおうか」


 衛兵はぱっと手を離す。

 その喉元にはナイフが突きつけられていた。


「それでいい」


 メリエルだった。ゆっくりナイフを離す。


「貴様! 何をしている!! ここをどこだと思っておるのだ!!」

「あなたこそなんですか! 女神様に無礼です!!」


 ドロテアが間髪入れずシュタルクに言い返した。手にはライフルを持っている。


「貴様らぁ……指令部を乗っ取る気かっ!! 少し戦功を上げたぐらいでいい気になるな! 戦争は小娘ごときが口出せるものではないぞ!」

「いい気になってるのはあなたでしょ? 都合よく王族が死んでくれて、今やあなたがナンバーワンだからね」

「な、なんだとっ!?」


 アンリに本音をつかれ、シュタルクは後ずさって狼狽する。


「はじめから王族を助ける気なんてなかったんでしょ? だから、あんな無茶な作戦を容認した」

「ば、馬鹿なことを言うな!! 衛兵、曲者を連れ出せ!」

「ボリス、何か聞いてない?」


 アンリは騒動を傍観していたボリスに話を振った。


「こやつに話す必要はありませんぞ!」

「ふむ。確かに、デメリットとして人質が犠牲になるかもしれないと話したが、御仁はむしろ都合がよいとおっしゃっていたな」


 ボリスは顎をなでながら話す。


「ボリス殿!?」


 シュタルクは同盟者のボリスにハシゴを外され、頭を抱え込む。


「ほ、ほれ! 何をしておる! こやつらを追い出すのだ!」

「は!」


 衛兵がアンリたちを取り囲み、銃剣を突きつけてくる。


「抵抗したら撃ってもよい」

「し、しかし……」


 衛兵も、この少女が女神であり、これまで連合軍に貢献してきたことを知っている。

 バンっ!

 銃声が鳴った。

 緊迫した空気が走り、誰が撃ったのかとそれぞれ顔を見合わせる。


「女神さん、言いたいことは言えたのかい?」


 撃ったのはブリタだった。

 アンリを襲撃した双子ダークエルフの姉。

 シュタルクは髪を焦がされ、青ざめている。


「まだ」


 アンリは一歩進み出る。

 衛兵はアンリらを恐れて、銃剣を向けながらも一歩後ろに退く。


「あなたは私を女神だと信じてる?」


 シュタルクに問う。


「そ、それは……」


 当然信じていない。だが、ただの少女をゲスト扱いにしている以上、女神ということにしておかないと、自分たちの立場がないのだ。


「信じてないよね。そう、私は女神じゃない」

「は?」

「だから、みんなを救うことなんてできないの。」

「女神殿、何をおっしゃるのだ?」

「それに魔神でもない。だから、仲間を犠牲にしたりなんてしない」

「お、おい……」


 シュタルクにアンリの言うことはまったく理解できない。


「あなたのいいなりになる気はないってこと。これからは、私の自由にさせてもらう!」

「ふ、ふふふ……ふざけるな!! これは戦争だ! 貴様は兵士だろう! 上官に従え!」


 本音が出る。女神と呼んでいても、結局都合のいい駒としか思っていない。

 自分の命令通りに動いて、魔将を倒して戦功を自分の捧げてくれ、不始末があればすべてかぶってくれればいい。

 シュタルクは衛兵から銃剣を奪い取る。そしてアンリに向けて、引き金に指をかけた。


「てやっ!」


 銃剣が真っ二つに割れた。

 目にもとまらぬ速さで、シュタルクに剣を振り下ろしたのは、双子の弟スティーグだった。


「さあ、引き上げだ」


 メリエルがアンリをかばうように立ち、出口にうながす。


「そ、そうだ! こんな奴が女神のわけがない! 殺しても構わん!! 撃てええ!!」


 血管が切れるのではないかと思うぐらいいきり立った声で、シュタルクは叫ぶ。

 衛兵たちは顔を見合わせるが、覚悟を決めて銃口をアンリに向けた。


「あ、あー! ちょっといいかぁー!」


 間の抜けた声。しかしその声量はシュタルクを上回る。


「腹痛いんで、俺、そろそろお暇しますわー」


 スタファンだ。成り行きを見守っていたがついに動き出す。

 アンリを囲む衛兵を押しのけて、会議室を出て行こうとする。


「ま、待て! なんのつもりだ……」

「おっと、足がすべっちまった」


 スタファンは両腕を広げ、数人の衛兵にラリアットをかますように倒れる。


「スタファン……」


 これにはアンリたちは目を丸くする。

 どうやらもスタファンがかばってくれるようだった。


「行こう、みんな!」


 ブリタとスティーグが先頭に立って、道を切り開く。そのあとをアンリが走り、ドロテアとメリエルが護衛につく。


「逃がすなー! 殺せ殺せーっ!!」


 政庁の宮殿にシュタルクの声が響き渡る。

 しかし、衛兵は誰もアンリたちのあとを追わなかった。





 アンリはウルリカに来ていた。

 自分が女神として召喚された地である。

 村はボリスとの戦いで半壊している。ほとんどが兵士として王都にいるため、老人や子供がわずかに暮らしていた。


「とりあえず戻ってきたけど、帰れるわけじゃないか」


 帰るとは元の世界のことである。

 自分が召喚されたのには、少なからず魔神が関係しているはず。何か手がかりでもあればと思い、魔神に乗って呼び出された場所に来てみたが、特に収穫は得られなかった。


「アスカ、大丈夫かな……」


 しばらく会っていない家族のことも心配だったが、自殺しようとしていたアスカのことが一番気にかかる。


「もし、この世界にいるのなら……」


 アンリは己の手を見る。


「今度は絶対に助ける」


 アスカの手をつかみ、そのまま引っ張られてしまった手。今度は引き寄せてみえる。

 アンリは手を固く握った。


「女神様! 食べ物を確保できましたー!」


 ドロテアが手を振って走ってくる。

 満面の笑顔は久しぶりに見た気がする。戦争が始まり、ドロテアの心はずっと張り詰めていた。ここはドロテアの故郷、帰ってきたのがプラスに働いているのだろう。


「女神はやめて、って言ったじゃない」

「嫌です! 女神様は女神様ですから!」


 屈託のない笑顔に、その物言い。アンリも照れてしまう。


「ああ、久しぶりにいい狩りだった」


 大きな鹿を担いだメリエルが現れ、アンリはぎょっとする。


「それ食べるの……?」

「ああ、うまいぞ」


 自分の故郷は遙か遠く。しかし、今の居場所はここだと実感できる。

 誰一人知り合いのいないこの世界、彼女たちが自分を結びつけてくれる。

 答えもない。救済もない。女神もいない。しかし魔神はいる。

 できることは多くはないが、望まれているならば戦おう、助けられるものは救おう。

 女神でもなく、魔神でもなく、ただのアンリとして。


「じゃ、みんなで食べよっか」


 アンリは二人に手を差し出した。







「人間よりダークエルフのほう魔力があると聞くが」


 男が尋ねた。


「そう言われております」

「しかし、魔法を使えるわけではありません」


 床にひざまづいたダークエルフの双子が答えた。

 ここは王都、新しい主人の見つかった貴族の屋敷。部屋には男とダークエルフの三人だけであった。


「なにも、魔法を使えと言っているわけではない」

「では我々に何をせよ、というのですか?」


 ブリタが男に問う。


「魔神を動かしてほしいのだよ」

「魔神を? あれは女神殿のものでは?」

「女神? 勝手にどこかにいってしまった小娘など知らん。魔神は戦力だ。なんとしても、我が軍においておかねばならぬ」

「…………」

「奪ってこいということですね」


 沈黙するブリタに代わって、弟のスティーグが答えた。


「よく分かっているじゃないか。盗むのはダークエルフの得意分野だろう?」

「はっ」


 相手を認めることを望んでいる。ならば、スティーグは肯定するしかなかった。


「それができれば、お前の失敗は許してやろう」

「ありがとうございます」


 スティーグはうやうやしく頭を下げた。

 それを見て、ブリタは密かに歯をきしませていた。


「抵抗された場合、いかがしましょうか」

「好きにしろ。もはや女神は用済みだ。今は英雄スタファンがいる」


 スティーグの質問に、スタファンの副官ジャルカが答えた。


「し、しかし! 女神殿は連合軍に勝利をもたらした立役者では!?」


 口を挟んだのはブリタだった。


「だから、どうした? 魔神がなければただの小娘ではないか。魔神はこちらで有効活用させてもらう」


 ブリタは黙り込んでしまう。権力には逆らえない、それがダークエルフの悲しい性であった。


「スタファンやシュタルクに、でかい顔をさせんためにも魔神が必要なのだ。さあ、行け。拾った命、無駄にするな」

「はっ」


 二人のダークエルフが同時に返事をした。

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女神として召喚されたのに魔神になっていました とき @tokito

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