第31話「魔装」
本隊は王都を目指して進軍中だった。
アンリはドロテアたちをそこで降ろし、スティーグを軍医のもとに連れて行った。
スティーグの状態は最悪で、いつ死んでもおかしくなかった。特に出血がひどくて、すぐに輸血が必要だった。ドナーにはメリエルが名乗り出てくれたので、しばらくの延命となった。
「私は戦場に戻るね。ドロテアはメリエルについてて」
メリエルはだいぶ血を抜かれたので、もう戦闘は無理だった。
「そんな。まだ戦えます!」
ドロテアの申し出は嬉しかったが、アンリは怖かった。魔神が仲間を巻き込んでしまうかもしれないと。
「戦闘は収まってるし、先遣隊がもう王都入りしてるから大丈夫だよ。市民の救護に当たってくれるみたい」
「じゃあ、私も救護に」
断る理由がなかった。ドロテアも多くの市民が死ぬ様子を見て、少しでも助けたいと感じているのだ。
「それじゃお願い」
アンリは爆心地に戻ってきた。
罪滅ぼしということになるのだろう。逃げ遅れた人がいれば助けようと思っていた。
しかし、人の気配はまるでなかった。
「これはアスラがやったんだよね……」
『ああ。理由を問われても、自明のことしか言えぬぞ』
グィードを倒すために魔法を放った。それ以外の理由などあり得ないことはアンリにも分かっていた。
アスラが謝ろうとしないのには腹が立った。しかし、アスラは魔物だ。しかも魔王の直下で仕えていた四天王。人間を殺すことに罪悪感を覚えるはずがない。それは非情だからではなく、種族が違い、立場が違うからそうなってしまうのだ。アンリも魔物が大勢死んだことを悲しまない。
「ここに人はいたの?」
『聞きたいか?』
聞きたくない。
自分から質問したが、その答えはできれば聞きたくないと思ってしまい、アンリは黙り込んでしまう。
『あのダークエルフが言っておったろう。市民は王都が陥落した時点で死んだも同然と。ならば気にする必要もあるまい』
「そうだけど、そうだけど……」
戦争で人が死ぬのは避けられないことは経験しているし、理解もしている。しかしこれは最小限の被害だったのだろうか。
自分が気を失わず、グィードを倒せていればこんなことにならなかったはず。アンリは自分自身を責める。四天王の体を作って作られた魔神ならば、グィードを倒せるのだ。それを倒せなかったのは単純にアンリの力不足。女神でなくともできたことのはず。
『っ!! これは!? 避けろぉ!!』
「え?」
アンリは訳の分からないまま、とっさに大剣でガードする。そこに魔法弾に命中して炸裂した。
大剣は四天王のドラゴンの牙から作られたもの。それは体の一部でもあり、手放しても感覚的にどこにあるかが分かり、爆心地に戻ってきてすぐに回収してあった。
大剣は魔法弾を受けきったが、爆煙で視界が遮られてしまう。
いったい誰の攻撃か。爆煙の先にいる対象を探そうとするが、突然突き飛ばされた。
「ぐっ!?」
かなり大きい者に組み付かれている。
アンリはがむしゃらに蹴飛ばして距離を取る。
「なに……?」
それは魔神よりも一回り大きい魔物だった。
緑の肌、筋肉質な体つき。一見するとオークだ。しかし、足は鹿の後ろ足のような形状をしていて、頭部にはまっすぐとがった角が生えている。そして、決してあるはずのない翼が生えていた。
体中が継ぎ接ぎだらけで、フランケンシュタインのような気味悪さがある。
『ほう、まだ残っていたとはな』
「知ってるの?」
『魔装の試作品。いや、失敗作か』
「どういうこと?」
『魔物を道具に作り替えたもので、奴は魔装と言っていた。魔神の先達と言えるが、ひ弱な人間が魔物と戦えるよう、急ごしらえしたものに過ぎん』
「それって勇者のこと?」
『左様』
アンリの前に現れたのは、200年前、アフラマズドが勇者のために用意した兵器だった。魔神は四天王という最上位の魔物で作られているが、これは下級の魔物を組み合わせた急造品となっている。
「ってことは、操縦してる人がいる……」
『ああ、グィードだ。まだ生きていたようだ』
「グィード!?」
魔装が背負っていた斧を振り上げて襲ってくる。
アンリはとっさに大剣で受けた。ずっしりとした重みがかかる。
「強い!」
その力はオークと比べものにならなかった。本気で受けていなかったら、吹き飛ばされていただろう。
『失敗作といえど、中身は魔将だ。魔力によって、見た目以上の力が発揮される』
「どうして、そんなのがここにあるの!?」
『さてな。廃棄したものを掘り出したのやもしれぬ。奴がもしものためにと取っておいたものが仇となったな』
「なんて迷惑な!」
魔装を呼ばれる兵器の動きは、グィード自身に比べれば速くない。しかし一撃一撃は重くて、受けるのに必死だった。
武器も単純に金属の斧を打ち付けてくるのではなく、魔力によって強化されているようだった。
「弱点は? アスラが作ったものなんでしょ?」
『魔神と比べものにならぬぐらい弱い』
「ウソだー!!」
アスラにしてみれば、下級の魔物を合成したものに過ぎないのだろうが、魔将を相手にしている以上、簡単に倒せる相手ではない。
魔神の大剣が斧によって弾かれ宙に飛ぶ。
「これが……操縦している人の差なの……?」
『ああ。奴でもこれほどの力は引き出せなかった。……これは分が悪いか』
アンリは魔装の一撃をかわして、大爪で切り裂く。血しぶきが上がるが、それを物ともせず、魔装は斧を振り回す。
「うがぁっ……!!」
魔神の装甲が切り裂かれ、ダメージがアンリに伝わってくる。
痛みをこらえ、追撃を転がってかわす。
『逃げろ。お前には勝てない』
「ちょっと油断しただけ。勝てる」
勇者は魔神に乗って魔王を倒したという事実がある。ならば、アンリだって魔将を倒せるはずだ。それに、魔装の性能は明らかにこっちのほうが上。
アンリはそう言ってグィードに殴りかかるが、斧の柄であしらわれ、一撃をもらってしまう。
魔神の爪が折れ、破片が飛び散る。
『失敗作に敗れるのは癪だが、やむを得まい。退け、死ぬぞ』
「退かない! ここで退いたら誰も守れないから!」
魔装の相手をできるのは、魔神を操る自分しかいない。こんな強敵に暴れられたら、連合軍は壊滅してしまう。これ以上、自分の弱さのために戦争被害を大きくしたくなかった。
アンリは腕から魔法弾を放つが、斧で引き裂かれてしまう。
「くっ!」
斧が迫り、空を飛んで距離を取る。
しかし魔装も翼を広げて追随してくる。
速い。アンリは翼をつかまれ、強引に投げ飛ばされる。
翼をはためかせ、なんとか揚力を得て地面への衝突を免れるが、そこに魔装の強烈な蹴りが入った。
「うう……」
魔神は投げ出され街路を破壊してしまう。
何においても敵のほうが上だった。アンリは悔しさに地面を叩きつける。
『我が代わろう。お前には荷が重すぎる』
「代わるって……。それはダメ。絶対させない」
巨大な魔法弾によって、街が破壊される様子が思い出される。自分の知らないところで王都は壊され、人が死んでいく。アスラに制御を奪われて、再びこのような被害を出すわけにはいかなかった。
『ならばどうする』
「私があいつを倒す」
『やれるものか。逃げよ。お前を失うわけにはいかぬのだ』
「……私を気遣ってくれるの?」
アスラの発言にびっくりする。
『人間などを気遣うものか。お前がいなくては、目的を達せられなくなるだけよ』
「目的?」
『我が体を取り戻す』
「体って、アスラ……えっとオフルマズドだっけ……。この魔神があなたの体じゃないの?」
魔神は四天王の体でできていると、確かに言っていた。
『それは正確ではないな。ここに我の体はない。魂だけよ』
「あ……そういうことか」
アンリは少し合点がいった。
魔神はオフルマズドが作ったものなのに、四天王の体が使われているというのが腑に落ちなかったのだ。
倒した四天王の体を利用して兵器にするのは分かる。でも、自分の体もそれに混ぜるだろうか。魔王に勝つためとはいえ、自分自身を兵器にするわけがない。
魔神にオフルマズドの体は使われておらず、別のところにある。
しかし、新たな疑問が生じる。誰がオフルマズドの魂を魔神に入れたのか。
『奴が我を裏切ったのだ。魔王を倒したあと、奴は我を殺した。そして魂をこの魔神に閉じ込めたのよ』
「勇者が?」
『我は魔神とともに封印され、目覚めることはなかった。お前が現れるまではな』
「それってどういうこと……」
急に冷たいものを感じていた。
自分はいけないことを、取り返しのつかないことをしていたのではないかという後ろめたい感覚。
『だから我はお前に感謝している。封印は解かれ、魔神の体も徐々に動かせるようになってきている』
「それは……いいことなの? 悪いことなの……?」
自分の頼りにしている魔神が恐ろしく感じる。
『人が再び、魔王に対抗する手段を得た。そう思えればよいことなのであろうな』
それはまさにその通りだが、勇者がなぜ協力者である大賢者オフルマズドを殺して、魔神とともに封印したのだろうか。
それは、魔王が倒れたあと、最強の魔物として残っているオフルマズドが邪魔だと思ったからなのではないか。勇者はオフルマズドを制御できないと踏んで、だまし討ちにし、その魂を魔神とともに封印したならば合点がいく。
アンリは、魔王を超える兵器を作り上げ、勇者を憎んでいるだろうオフルマズドが恐ろしかった。そして、それを復活させてしまった自分の行為は正しいのか、間違っているのか不安で仕方がなかった。
『さあ、制御をよこせ。グィードは我が仕留めよう』
「ダメ! 私がやる!」
分からないことだらけだが、オフルマズドの好きにさせてはいけないことは分かる。兵器の使い手として、しっかり責任を果たさなければいけない。
グィードの乗る魔装が斧をかかげ突っ込んでくる。
「性能はこっちが上。あとは私次第……」
アンリもまたグィードに向かって突っ込む。
『馬鹿な。返り討ちに遭うぞ』
「聞こえない!」
アンリはオフルマズドの言葉を無視して、魔神を直進させる。
グィードの振り落とした斧が魔神の左腕に食い込む。
「なんの! 四天王なんでしょ! 耐えてみせろぉー!!」
魔力を左腕に集中させ、斧を押し返そうとする。
だが刃は魔神の腕にどんどんめり込んでいく。
『シャイタンの腕が……』
「肉を切らせて骨を断つ!!」
アンリは右腕の大爪を具現化させ、渾身の力でグィードの魔装に突き入れた。
腕はいとも簡単に魔装の胸を貫き、大穴を空ける。
「ぐおおおおおーっ!? ば、馬鹿な……」
胸に空いた穴からグィードの血に染まった顔が見えた。
魔装は機能を停止、動きが止まった。
グィードは動かそうとして、逃げだそうとして慌てふためくが、継ぎ接ぎだらけの失敗作はぴくりとも動かなかった。
「お別れよ」
「ま、待て!」
もはや棺桶も同然。グィードはそこから一歩も動けず、手も足も出ない。
アンリは右手でゆっくり大剣を拾い上げる。左腕はちぎれかかり、垂れ下がっている。
「燃やし尽くせ、ドラゴンの牙!!」
アンリは燃えさかる大剣を振るう。
「や、やめろぉぉぉ!!」
グィードが炎を接する瞬間、アンリは下からの強い力に跳ね飛ばされていた。
「なっ!?」
体が宙に浮く。
自分がいたところには穴が空いていて、巨大な一本角を持ったモグラのような魔物がいた。
魔神を跳ね飛ばせるぐらい力を持ち、サイズもかなり大きい。
「おいおい、なんて惨めな姿だ。王者グィードの名が泣くぞ」
「ミロン……。何をしにきた……」
新たに現れた魔物をグィードはよく知っている。同じ七将の一人であった。
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