第32話「二将」

「そんなこと言える状況か?」


 モグラの魔物であるミロンが言う。

 グィードの乗っていた魔装は破壊され、自身も満身創痍だった。


「くっ……」

「何かあれば知らせろと言ったじゃないか」

「ボリスが奇襲をしかけてきたのだ。伝える暇はなかった」

「ふーん。奇襲を受けたから負けたと?」


 ミロンはグィードの同盟者であった。ボリスと人間が手を組み、七将と敵対したことを知り、魔将も共同してボリスと戦うことにしていたのである。

 だがグィードはプライドが高く、はじめから同盟者をあてにせず、独力でボリスと戦うつもりだった。そのため、ボリスら連合軍が奇襲をしかけてきても、あえてミロンに救援を要請しなかった。


「あれは魔将?」

『違いない。かなりの魔力を持っている』


 アンリは二人以上の魔将と戦うことになるかもしれないと、言われていたことを思い出す。

 戦争が早まったおかげで、他の魔将軍と戦わずに済んでいたが、その親玉がついに現れてしまったのである。しかし、配下を引き連れていないのは幸いだろう。


「グィード、そんな顔をするな。助けに来てやったんだ、感謝ぐらいしろ」

「ぐっ」


 グィードは悔しさに歯を食いしばり、歯茎からは血が流れた。


「せっかくのオモチャが台無しじゃないか」


 ミロンは面白そうに巨大な爪で、動かなくなった魔装をグィードから引き剥がしていく。


「……油断するな。あの魔神、勇者が使っていたものだ」

「勇者?」

「あの鎧、間違いない。我が父ライノセラスのものだ」

「へえ。じゃあ、あのオモチャが、魔王様を倒したと?」

「中身は別物だ。たいしたことない」


 そのやりとりを聞いて、アンリはむっとする。


「たあっ!!」


 敵相手にいちいち名乗ることもない。アンリはミロンに空中から斬りかかった。

 だがミロンは地面に潜ってそれを回避する。


「やっぱりモグラ……」


 これは苦戦することになるとアンリは思った次の瞬間、ミロンが飛び出し、魔神に切りつけてきた。


「つっ……」


 足を切られたが傷は浅い。

 すぐに地面を離れて、距離を取る。

 左腕はグィードとの戦いで使い物にならない。右手の爪を伸ばして、地面のミロンと対峙する。

 空にいれば敵の攻撃を受けないで済むが、それでは敵を倒せない。アンリは地面ごと吹っ飛ばすかと考えるが、加減できる自信がなかった。


「死ねいっ!!」


 背後から殺気。

 グィードが殴りかかってきていた。アンリはかわせず、地面にたたき落とされる。


「ぐうっ……!」


 アンリは魔神をすぐに立ち上がらせ、右方向に転がった。地中からミロンが飛び出してくるのをギリギリで回避した。

 そこに再びグィードが迫る。アンリは右手の爪で受けた。


「我が父の仇!!」

「何をっ!!」


 アンリは思い切りグィードに蹴りをいれる。体格の小さいグィードは吹っ飛ばされ、向かいのマンションに激突する。

 グィードはだいぶ弱っていて、今なら簡単にあしらえた。


「あだっ……!?」


 魔神が突然バランスを崩して倒れた。ミロンが地中から魔神の足をつかんだのである。


「このっ!」


 ミロンめがけて爪を突き刺すが、ミロンはすぐに地面に隠れてしまう。


「どこっ?」


 ミロンの出てきたところを返り討ちにしようと、気配をうかがうが地中の様子はまるで伝わってこなかった。

 背後に出てきたミロンが爪を突き立てる。魔神は振り向きざまに切りつけるが、ミロンはもう潜っていた。


「遊ばれてる……」


 アンリが地面をキョロキョロと見回していると、再び背後を取られてしまう。

 しかしそれはミロンではなく、グィードだった。


「うおおおおおっ!」


 グィードは残った魔力を使って巨大化し、魔神を羽交い締めにする。


「やれ、ミロン!」

「おう!」


 ミロンが魔神の前に飛び出してくる。


「は、放してっ!」


 アンリはグィードを振り払おうとするが、片腕では巨大化したグィードになすすべがなかった。


「ふっふっふ。魔王様を倒した魔神も、この俺様にかかれば」


 鋭くとがった両爪を魔力で怪しく光らせ、ミロンはのしのしと近づいてくる。


『早く振りほどけ。死ぬぞ』

「分かってるってば!」


 アスラにせかされ、アンリは魔力を魔神の全身に駆け巡らせる。


「ミロン、早くやれ! これ以上は持たぬ!」


 グィードは持ちうる力を振り絞りながら叫ぶ。


「女神、お命ちょうだい!!」


 ミロンは強烈な突きを魔神の胸にめがけて放った。


「南無三!」


 アンリは右足を振り上げていた。ミロンの爪が足に深々と突き刺さる。


「なにっ!?」

「まだだっ!」


 グィードに締め付けられていた翼を勢いよく広げ、グィードを弾き飛ばす。左足でミロンを蹴飛ばして転ばした。

 そして、上空へと離脱する。


「女神め、悪あがきを!」

「こんなところでやられるわけにはいかないから!」


 アンリは地上のグィードとミロンを見下ろす。


「アスラ、まとめて吹っ飛ばすよ!」

『できるのか?』


 魔法弾で吹っ飛ばせることは当然分かっている。その勇気がアンリにあるのかと問うものだった。


「やってみせる」


 アンリはつばを飲み込む。

 四天王の力を持つ魔神はまさに最強だ。その魔法弾の威力は底知れない。うまく力を制御しなくては、また王都ごと吹き飛ばすことになってしまうだろう。

 心臓が早鐘のように打っている。核兵器のボタンを押すような心地だった。戦略目標を一撃で消滅させられるが、大量破壊に対する非難を受けなければならない。


「おびえるな、自分を信じろ……」


 魔神は核兵器ではない。すべてアンリが操り、力加減もアンリ次第だ。

 アンリは魔力を右腕に集中させる。


「やめろおお! また街を破壊する気か!!」


 グィードが叫ぶ。当然、街のことはどうでもいい。ただ自分の命を救いたいがための方便だ。


「この世には神も仏もいない……。だから」


 アンリは大きく振りかぶる。


「私を信じるっ!!!」


 大きく膨れ上がった魔法弾を投げ放つ。魔法弾はグィードとミロンの間に向かって直進する。


「死にたくないっ! 俺はこんなところで死んでいい存在ではないのだっ!」


 グィードは逃げようと、足をばたつかせながら遠ざかっていく。


「情けない奴」


 ミロンはしばらくグィードを眺めていたが、そのまさに必死な顔を見て、地中に逃げる判断をした。

 魔法弾が着弾する。大爆発が起き、地面がめくれ上がっていく。


「魔神めえええ……!」


 グィードは光に包まれ、塵となって消えていった。

 衝撃波がやむと、そこにはやはり大きなクレーターができていた。しかし、前ほど大きなものではない。廃墟の中にまた穴が増えただけだった。


「やった……」

『グィードの魔力は消えた。ミロンは……逃げられたな』

「そう……」


 魔神はゆっくりと降下し、地面に着地した。魔力切れだ。

 追撃はできない。しかし、魔将を撃退できただけで十分だろう。


「どうよ、アスラ」

『む? 何がだ』

「私だってやれるでしょ?」


 アンリは、アスラことアフラマズドに問う。


『好きにしろ』


 アンリは自分でも魔将を倒せることを証明し、アフラマズドはやれやれという感じで答えた。

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