第29話「魔神の力」

 魔神は両手の爪を巨大化させ、グィードと対峙する。大剣はグィードの攻撃を受けた際に落としていた。

 魔神はグィードの二倍以上大きく、端から見ると魔神がグィードを押しつぶしてしまいそうな勢いだ。

 しかし、グィードは威風堂々と構えている。


「まだやる気か。勝負は見えておろうに」


 グィードが神速の拳を放つ。

 魔神はその攻撃を巨大な腕で防ぐ。


「何だと?」


 受けられると思っていなかったグィードは間合いを取る。

 再び急接近して攻撃するが、弾かれてしまった。


「さきほどとは動きがまるで違う……」


 グィードが動揺を見せた瞬間、魔神が仕掛ける。右腕を大きく振るう。

 鈍重な攻撃、簡単にかわせると、グィードは後ろにステップするが、すぐに左腕が飛んできた。

 厚い毛皮は大爪に引き裂かれ、血があふれ出す。


「ぬおっ」


 グィードは後方に跳躍し、今度は大きく間合いを取った。


「貴様……! これまで手を抜いておったな……!」


 グィードの動きがさらに速くなる。

 フェイントをかけつつ、魔神に接近し、腕から魔法を放つ。

 魔神に命中。

 だが、魔法は魔神の装甲にかき消されてしまう。


「くそっ!」


 反撃覚悟でグィードはパンチラッシュを浴びせた。魔神の鎧に亀裂を入れた攻撃である。


『さきほどと同じと思うな』


 グィードは魔神の蹴りを食らって倒れた。


「なんだ!? いったいなんだと言うのだ!?」


 魔神を包み込み漆黒の鎧には、傷一つなかった。グィードの攻撃を受けきり、さっき受けた攻撃による亀裂も修復している。


『鉄壁のライノセラス。その鎧に魔力が加われば、こんなものよ』

「ふざけるなあああっ!!」


 怒号とともに、グィードの体が巨大化していく。

体毛の色が金色に変わる。そして頭部には立派なたてがみが生えていた。その姿はまさしく金色のライオン。


「這いつくばれっ!!」


グィードは口から魔法弾を発射した。これまでの魔法より段違いに大きい。


『ドラゴンの翼』


 コウモリのように広がり、体を覆うほどに大きい翼。魔神は飛び上がり、魔法弾を悠々と回避していた。

 外れた魔法弾が住宅群を吹き飛ばす。


「ぬう」


 グィードは、翼から繰り出される強風を受けて吹き飛ばされそうになっている。


『シャイタンの腕』


 硬く鋭い大爪のついた両腕を掲げ、魔力を集め始める。魔力は塊となり、体長よりも大きくなっていく。


「野郎っ!」


 グィードは大きく跳躍し、魔神に蹴り入れるが、魔神は動かず悠々とその攻撃を受ける。


「なんだと……!?」


 魔神は魔法弾を振りかぶる。


「まずい……!」


 本能が告げていた。あれを食らってはまずい。グィードは獣人の持つ俊足で、一目散に逃げる。

 その甲斐あって、魔法弾は命中しなかった。

しかし、その魔法弾の引き起こした爆発は、急速に膨れ上がり、逃げたグィードの体をも巻き込んでいく。


「ぐおおおおおっ……!?」


 魔法弾はグィードともに、市街の周囲一帯を跡形もなく吹き飛ばした。





「損害報告をせよ!!」


 スタファンが叫ぶ。

怒鳴るほうが近いだろう。未曾有の事態に神経がささくれ立っていた。


「政庁方面で大爆発が起きた模様です! 街が吹き飛び……そこには……何もありません……。市民への被害は不明。飛び散った破片により、我が軍にも被害が多数出ています」

「ちっ、めちゃくちゃしやがる……」


 今回の爆発は尋常ではなかった。

 衝撃波が王都のマンション群を次々になぎ倒していき、地震のように地面が激しく揺れ、大きな亀裂もできていた。前代未聞の惨事に、連合軍、グィード軍ともに戦闘どころではなくなっていた。

 それぞれ部隊を引き上げさせ、後方で再編と情報収集に努めている。


「しばらく、使い物にならんな……」


 兵士たちは巨大な爆発におびえていた。

 これを魔神と魔将が引き起こしたことは、多く者が見ていた。

魔物の戦いはあんなにもすさまじいものなのか。こんな近くで戦っていたら、巻き込まれてしまうのではないか。この戦いで、自分なんかにできることはないのではないか。何をしてもあっけなく死んでしまうのではないか。


「ここで野営をする。斥候を出せ。それに、本隊に伝えろ。難民救助を急がせろとな」


 伝令が頭を下げて退出する。


「こんなもの、戦争であってたまるか……」


 スタファンは戦闘で折れた長剣をその場に投げ捨てた。





「ぐおっ……!?」


 メリエルは突然の衝撃に鉄骨にしがみついた。

 鉄塔が激しく揺れ、振り落とされそうになる。金属のきしむ音が鳴り響き、鉄塔がこのままへし曲がってしまうのではないかと思えた。


「あれは……」


 政庁のほうで巨大な爆煙が上がっていた。

 爆発はあまりにも大きく、鉄塔の下方にいるドロテアの位置からも、いや、王都にいる者すべてに見えていただろう。


「街が……」


 街が消滅していた。

 直径300メートルに渡る巨大なクレーターができあがり、周囲数キロにあった建物がすべて衝撃波によって破壊されていた。

 メリエルの頭には「首都壊滅」という言葉がよぎった。どれぐらいの爆弾があれば、こんな破壊の仕方をできるのだろう。まったく見当がつかなかった。

 住人の避難はどれぐらい済んでいたのだろうか。少し離れた政庁の宮殿も、高い建物は崩れてしまっている。


「アンリが?」


 アンリがこんなことをしたのか? それともグィードか?

 それは分からない。分かっても仕方ない。メリエルは発煙筒取り出して、火を付ける。

 鉄塔から赤い煙がもくもくと立ち上る。


「気づいてくれよ」


 町中に上がる黒煙に比べればなんと細い煙か。

 メリエルであっても、不安を感じないわけにはいかなかった。





 爆発で鉄塔が揺れ、ドロテアも落ちそうになっていた。

 鉄骨がきしむ音が不快に響き、恐怖をあおる。


「ひっ……」


 ドロテアは鉄骨に両手両足で抱きついている。

 下ではゴブリンたちが騒いでいる。どうやらこの衝撃波と揺れで転落者が相次いだようで、鉄塔を登るのを断念したようだ。

 しかしドロテアは驚愕する。


「ウソ……でしょ。正気じゃない……」


 ゴブリンとは違う声が聞こえた。

 人より獣に近い。グィードの直接的な配下であるウェアウルフが、鉄骨をよじ登ってきていたのだ。

 また大きな揺れがあったら落ちてしまうかもしれないのに。わずか三人を追い詰めるために、ここまでするのか。

 ウェアウルフはゴブリンより格上で、戦闘力はすべてにおいて勝っている。手先はそれほど器用でないが、恵まれた体格を持ち、接近戦は人間を凌駕する。絶対に近づけてはならない。


「くっ」


 ドロテアは銃を撃とうとするが、ライフルも拳銃もなかった。どうやら揺れたときに落としてしまったようだ。

 やむを得ず、背負っていたメリエルの弓を取り出して構える。

 この距離ならば、そこまで強く引くこともない。

 矢が風を切り、ウェアウルフに突き刺さる。足を踏み外し、甲高いうめき声を上げて落ちていく。

 しかし転落した同胞に目もくれず、他のウェアウルフたちは上へ上へと登ってくる。


「くうっ!」


 次の矢を放つが外れてしまう。

 弓矢は銃と違って、力も技術もいる。それに焦る気持ちが邪魔して、ドロテアの手を震わせる。

 ついにウェアウルフの接近を許してしまった。同じ高さ、同じ鉄骨の上、距離は数メートルしかない。


「こうなったら……」


 ドロテアは弓を担ぎ、腰から銃剣用の剣を抜く。

 そして立ち上がろうとするが、落下の恐怖からまともに立てなかった。斜めに走る鉄骨をつかみながら、なんとか姿勢を保つ。

 そんな事情に構うことなく、ウェアウルフが抜いた剣をドロテアに突きつけてくる。


「やあっ!」


 ドロテアは剣で受け流して、ウェアウルフに足払いをかける。バランスを崩してそのまま落下していった。

 剣で相手を刺し殺す必要はない。狭い足場での戦いは、小さいアクションで命を奪える。

 逆に自分自身も小さいミスで命を落とすことになる。

 足ががくがくと震える。ドロテアは次のウェアウルフに剣を向けるが、冷や汗が止まらず、手汗で剣を取り落としてしまいそうだった。

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