第28話「オフルマズド」

「作ったって……どういうこと?」


 迫ってくるウェアウルフをあしらいながら、アンリはアスラに問う。


『この魔神は四天王の……魔物の体で出来ているのだ』


 魔神が魔物であるのは分かっていた。人が乗れるようになっているが、ロボットのような機械でない。悪魔らしいまがまがしさを持ち、質感も生き物に近いものだった。


「四天王がみんな裏切って、体を提供し合ったの?」


 四天王の体を合わせているのだから、どうりで最強なわけである。しかし、それぞれが体を出し合って一つになるものだろうか。


『そうではない。裏切ったのは我のみ。我と勇者が四天王を一人一人殺して回り、その体を使って魔神を作り上げたのだ』

「…………」


 アンリは絶句する。

200年前、魔王には四天王と呼ばれる有力な配下がいた。獣人のライノセラス、竜族のドラゴン、魔族のシャイタン、そして大賢者のオフルマズド。

 オフルマズドは魔王を裏切り、勇者と手を組んだ。勇者は魔物の力を使い、他の四天王を撃破。そして、その体を利用して魔神を作り上げた。四天王の力を有する魔神はまさに最強で、魔神に乗り込んだ勇者は魔王を倒し、封印することに成功した。


「でも、やっぱ変だよ。だって……」


 そう言いかけたとき、魔法弾が飛んできて、爆発で魔神の体が宙に飛び上がる。


「ぐっ……」


 アンリは受け身を取れず、無様に地面を転がった。


「だいぶ疲弊しておるようだな」

「グィード……!」


 ヒョウの獣人グィードだった。

 長話をする気はないようで、続けて口から魔法弾を吐き出す。

 アンリはとっさに剣で防ぐが、踏ん張りが利かず、弾き飛ばされてしまう。


「ダメだ……。今、戦える相手じゃない……」


 グィードの言うように、アンリの体は限界に来ていた。魔神はすっかり魔力を取り戻していたが、これ以上の戦闘は不可能だった。

 さらに連続で魔法弾が放たれる。

 アンリは翼を広げて飛ぼうとするが、回避できず、建物の壁に叩きつけられてしまう。


「うぐっ……!?」


 なんとか体を起こそうとしているところに、高速で接近したグィードが魔力を込めた拳を突き入れる。

 かわせるわけもなく、アンリはボディに一撃をもらってしまう。間髪入れず、グィードはパンチのラッシュを浴びせた。


「ふむ」


 グィードは攻撃をやめると、魔神の鎧のような体に亀裂が入っていた。


『ライノセラスの体を傷つけるとは、さすが教え子といったところか』


 アスラがつぶやく。

 アンリは立ち上がろうとするが、体が動かなかった。


『ここまでか』

「まだ……逃げることくらい……」


 アンリに反撃する力は残っていない。このままサンドバッグのように殴られ続ければ、魔神は破壊され、アンリは殺されてしまうだろう。

 死にたくない。なんとしても逃げなければ。そして、いつかリベンジするんだ。アンリは気力を振り絞って立ち上がる。

 しかし、立っているのがやっとの状況だ。視界がぼやけ、グィードの姿が一つに定まらない。


『ほう、心持ちだけは一丁前だな』

「ふ……ありがと」


 グィードの回し蹴りが炸裂し、魔神が数十メートル吹っ飛ばされる。体格差は二倍以上あるのに、グィードの力は相当なものだった。


「かはっ……」


 アンリは大の字になって倒れた。


『よくこれまで持ち堪えたものよ。あとは我が代わろう』

「なに……?」


 意識が遠のいていく。魔神の体と一つになっていた心が、アンリ自身のものに戻っていく。


「力が欲しい……。これじゃ誰も救えない……」


 スタファンに大見得切ったばかりなのに情けない。仲間を助けることもできず、自分の命すら危うくなっている。

 おぼろげにアスカの顔が浮かぶ。


「私が……助けるから……」


 魔人を通して伝わっていた外界の感覚がなくなり、ただ深い漆黒へと落ちていった。

 そして魔神が立ち上がる。アンリの意志を介することなく。





 ドロテアとメリエルは鉄塔を登っていた。

 この鉄塔は300メートルあり、王都で一番高い建造物である。

 ドロテアたちは、魔物や火から逃れるため、アンリに見つけてピックアップしてもらうため、この鉄塔に登ることにしたのである。


「無理無理無理! これ以上無理ですって……」


 ドロテアは細い鉄骨の上で足を震えさせている。

 メリエルはスティーグの体を自身に縛り付け、ひょいひょいと鉄塔を登っていた。


「こんな高くは登るつもりはなかったんだ」

「じゃあなんで!?」


 ドロテアは泣き出しそうな声で叫ぶ。


「下を見てみろ。いや、見るな。下から阿呆どもが登ってきてる」

「ええーっ!?」


 ドロテアはつい下を見てしまう。

 ドロテアたちを追っているのだろう。ゴブリンたちが鉄骨をよじ登ってきていた。

 あまりの高さに目がくらむ。血の気が引き、その場にしゃがみこんでしまう。


「だから見るなと言ったろう」

「そんなこと言ったって……」

「どうする? ここで迎え撃つか?」


 ある程度の高さについたら、発煙筒を使い、アンリに合図するつもりだった。しかし、この高さでは、どこかで戦っているはずである魔神の姿が見えなかった。魔神を確認してから発煙筒を使うのであれば、もっと高いところに登らなければいけない。


「これ以上、登れない……」

「ならば、ここを頼む」


 そう言うと、メリエルは弓と矢筒をドロテアに投げた。ドロテアは慌ててキャッチする。


「弓は使えるな? あたしはもっと上に登る」

「え、あ……はい」


 ドロテアはメリエルと一緒に登るか、一人で敵を迎え撃つか逡巡した。

 メリエルはその答えを待たず、登り始めてしまったので、ドロテアはここでゴブリンと戦うしかなくなってしまう。


「弓か……。あんまり使ったことないんだけど……」


 ウルリカにも弓術はあり、ドロテアも少し習っていたが、時代は銃であるため、まともに扱ったことはなかった。

 メリエルの弓はダークエルフ仕様で、弦を引くにはかなりの力が必要になっている。矢は鋼鉄製で、放つことさえできれば魔物の体を撃ち抜くことができる。

 銃には弾込めの時間もあるし、弾数もある。弓も保険としてないよりはよかった。

 メリエルはドロテアを置いてどんどん上へ上がっていく。


「……女神様」


 ドロテアは矢をつがえて弓を引き絞る。


「硬い……!」


 鉄骨を器用に登ってくるゴブリンに狙いを定めようとするが、手がぷるぷると震えて定まらない。

 すっぽ抜けて矢があらぬ方向に飛んでいく。

 それを見ていたゴブリンたちが笑い出し、はやし立てる。何をしゃべっているのか分からないが、内容は手に取るように分かる。

 むっとしたドロテアは、背負っていた銃に持ち替えて速射した。

 大笑いしていたゴブリンが真っ逆さまに落ちていく。


「よし」


 この銃があれば、自分一人でも戦える。ドロテアは自信を取り戻し、鉄骨の感触を確かめるように踏みしめる。

 ドロテアは発砲する。

 ゴブリンが隠れている鉄骨に弾が当たる。これは威嚇射撃だ。

 ゴブリンたちは狙ううちにされないよう、死角に隠れようとする。


「これで足を止めてくれればいいんだけど」


 次の瞬間、眼前を銃弾が横切った。

 飛んできた方向を見ると、向かいの建物だった。ゴブリンがライフルでこちらを狙っている。

 ドロテアが鉄骨の陰に隠れた瞬間、鉄骨に次弾が当たって弾ける。

 援護を得て、気を強くしたのか、下のゴブリンが再び登り始めるのが見えた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 心臓の鼓動が激しくなる。

鉄塔で戦闘なんて正気ではない。互いに弾が当たったら落下して死んでしまう。しかし敵は見逃してくれそうになかった。

再びドロテアの近くに着弾する。

自分でも手が震えているのが分かった。ここから体を出したら弾に当たる。このままじっとしていたら、下からやってきたゴブリンにやられる。


「やらないとやられる……」


さっと体を出して、向かいにゴブリンを狙撃する。

 だが外れてしまう。


「くっ」


 下と横からのプレッシャーに気が焦っていた。そして息苦しい。いつもしているはずなのに、呼吸仕方が分からない。


「落ち着け、落ち着け……」


 敵の狙撃を警戒して、斜めに伸びる鉄骨に背を預けるようにして隠れる。

 眼下にゴブリンが登っているが見え、腰の拳銃を抜いて撃つ。ゴブリンが悲鳴を上げて落ちていく。


「当たった……」


 再び体を出して狙撃手を撃とうとするが、すぐに弾丸が飛んできて、体を戻す。


「女神様……」


 鼓動を押さえるかのように胸を押さえて、目をつぶり、深呼吸する。


「どうか力をお貸しください……」


 ドロテアは鉄骨から体を出して、その身を狙撃者にさらす。


「集中、集中……」

 銃弾が肩をかすめる。


「つっ……」


 だがドロテアは動じなかった。

 息を吸って止める。


(弾の進む道だけを考えろ……)


 狙いは建物5階の窓。狙撃者にしっかり照準を定めて、トリガーを引く。

 狙撃者が後方にのけぞり、姿が見えなくなる。

弾丸が頭部に命中したのだ。


「よし!」


 ドロテアは小さくガッツポーズした。

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