第27話「四天王」
不用意に政庁に近づきすぎたのがまずかった。
グィードは空を飛べないが、魔法によって遠距離攻撃ができる。アンリの気が緩んで近づいてくるのを狙っていたのだろう。
姿勢の制御ができなかった。みるみる高度が下がっていく。
「なんで!? 動いてよ!!」
『翼を撃ち抜かれた』
「どうにかならないの!?」
『ならぬ』
「そんなぁ!?」
アンリはなんとか翼を動かして飛ぼうとするが、空気抵抗を増やして加速を下げることしかできない。
「落ちる!?」
魔神が真っ逆さまに地面に墜落した。
地面を激しく揺らし、土煙を高く巻き上げる。
「ううっ……」
落下の衝撃で頭がくらくらする。
ゆっくり魔神の体を起こし、その体内から這い出て、外界に出る。
「はあはあ……」
全身が痛むが、大きな怪我はないようだった。魔神もボディに損傷は見られない。
ただ、翼にぽっかりと大きな穴が空いている。
「飛べないわけだ……」
このまま地面に寝そべって休んでいたかったが、そんな場合ではなかった。アンリは魔神に飛び乗る。
「羽は治せないの?」
『魔力があれば治せる。翼は体のように硬くない。気をつけることだな』
おあつらえ向きに、落下物を確認しようと、グィードの部隊が接近してきていた。
「空飛べないのはきついけど……。やってみるか」
アンリは大剣を構え、魔物の群れに駆け寄る。
翼がなかろうと、魔力が減っていようと、ゴブリンやオークは敵ではなかった。大剣が魔物たちを蹴散らし、血の雨を降らせる。
敵地のど真ん中とあって、敵が多い。切っても切っても押し寄せてくる。
魔神の魔力はどんどんたまっていくが、アンリの精神はどんどん疲れが蓄積していく。
「アスラ、翼はまだ!?」
『まだだ。修復にはかなり魔力を要する』
「くっ……」
こんな戦い切り上げて、さっさとドロテアたちを助けにいかなくては。気持ちが焦り、戦い方も雑になっていく。たいして周囲を確認せずに剣を振り回し、魔物ごと建物も切り刻んでしまう。初めはまずいと思ったが、だんだんやむを得ない被害だと思うようになってきている。
直接の殴り合いで勝てないと判断した魔物たちは火矢を放つ。魔神の周囲が火に包まれる。街が燃えている。
熱いわ、視界が悪いわで、アンリの集中力はさらに乱されていった。
ゴブリンらの攻撃をいくら受けても、魔神は傷つくことはない。このまま何千匹現れようと倒すことができる。
しかし、中のアンリはただの人間。体は揺さぶられ、気力も消耗し、限界が近づいていた。
「はあはあ……。このまま……じゃ……」
息が苦しい。吐き気がする。目がチカチカする。意識が飛びそうになる。
アンリはよろめき、剣を地面にさして体を支える。
なんてもどかしい。簡単に敵を蹴散らし、仲間を助けにいける魔神という道具があるのに、自分自身が弱ってきて、助けにいけそうにない。
対して魔神は、敵を倒せば倒すほど元気になっている。翼の修復も終わり、飛ぼうと思えばいつでも飛べる状態となった。
集中力が散漫になり、アンリは爆弾を外殻に取り付けられていたことに気づかなかった。引火して爆発する。
「きゃああああっ……!?」
魔神は吹き飛ばされて、住居に激突して残骸に埋もれてしまう。
『見苦しいな』
ブラックアウトしかかったアンリの頭に、アスラの声が響く。
「アスラ……」
『我らをまともに使いこなせぬとは』
「……っ。前の持ち主にはできたの?」
『ああ。ザコ相手に遅れは取らなかった』
そんなこと言われても、こっちは戦闘や戦争に縁のなかった女子高生なのだと反論したくなる。それよりも、誰かと比較され馬鹿にされるのが悔しい。
『お前は魔神が存在する理由を考えたことはないのか?』
「え……。ない、けど……」
『人が恐れ、魔物が恐れ、魔将ですら恐れる存在。そのようなものがなにゆえ、地面を這いつくばっている』
魔神の力は、魔将ボリスをも圧倒していた。七人いる魔将よりも強いとなれば、それは魔王に並ぶかもしれないということだ。しかし、こうして苦戦しているのが、アスラの誇りを傷つけるのだろう。
『ただの人間である勇者が、いかにして魔王に打ち勝ったか、話していたことがあるな?』
「あ……」
メリエルと初めて会ったときのことだ。
人間は魔物よりも遙かに弱い存在だ。武器を作る技術はあるが、魔将にはとうてい敵わない。しかし勇者は魔王を倒して封印した。そんなことが可能なのだろうか?
「勇者は魔神に乗っていた……?」
勇者がこの魔神を操って魔王を倒した。それならば、人間が魔王を封印したというのも納得がいく。勇者最後の地に、魔神があったのもつじつまが合う。勇者が魔王復活に備えて、残しておいたのだろう。
ようやくすべてがつながった気がする。
『左様。お前がいるのは、魔王を超えし史上最強の存在。まさに魔神と言えるのだ』
この魔神が最強なのではないか、アンリはそれを当然感じていた。しかし、自分が操ったところで、魔将や魔物に苦戦するのも分かっていた。だから、自分が最強の魔神に乗っているという意識は持っていなかった。
勇者には魔王が討てて、自分はただの魔物にも苦戦している。アンリには悔しくて仕方がなかった。
「くう……」
そんな最強な魔神を使っているのだから、魔物を倒せて当たり前であり、こんなところさっさと突破して、ドロテアたちを助けにいけているはずなのだ。
『お前にはグィードを倒せぬよ』
「そんなこと……そんなことない……」
自信はない。たぶん勝てない。でも、それは認めたくなかった。
『グィードはライノセラスが手塩にかけて育てた魔物だ。今や四天王にも及ぶやもしれん』
「? グィードを知ってるの?」
『ああ、我らの記憶の中にある』
「どういうこと? アスラは何を言ってるの? “我ら”っていつも何なの?」
アスラは必ず一人称に「我ら」または「我々」を使う。なぜか複数形だ。魔神という特別な存在なので、そういう言い方なのかと思っていたが、やはり違和感があった。
『我らはライノセラスであり、ドラゴンであり、シャイタンであり、オフルマズドである』
「え……?」
『なにゆえ、魔王より強い魔物が存在すると思う?』
アンリは答えられない。
確かにおかしな話だった。魔王は魔物の王であるから魔王なのだ。その配下に魔将がいる。しかし、魔神はそれらを上回る。
『四天王から生まれた存在だからよ』
「四天王? そんなの聞いたことない」
『それも当然のことだ。四天王は200年前に滅びている。この時代の人間や魔物が知るはずがない』
200年前、魔王は強力な配下を持っていた。それが四天王である。しかし勇者によって滅ぼされてしまった。復活した魔王は四天王に替わり、七将を生み出し、再び人間領に侵攻した。それが正しい歴史である。
「なんで? 訳が分からないよ。四天王がどうして魔王を倒すの? 勇者とどういう関係? おかしいでしょ!」
四天王は魔王が生み出した。それが魔王と倒すというのはおかしな話である。
『おかしい? 魔将と手を組んで、魔王と戦おうとしているお前が言うのか?』
アンリははっとする。
以前、勇者が人間では敵わない魔王を倒したのは、魔物と手を組んだのかもしれないと思ったことがある。それはまさにその通りだったのだ。
「アスラ、あなたは勇者と手を組んだのね……」
『左様。我は魔王を裏切り、勇者と結んだ。そして四天王を滅ぼしたのだ』
「滅ぼした? じゃあ、あなたは誰なの?」
『四天王が一人、オフルマズド。この魔神を作り上げた大賢者よ』
「大賢者……?」
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