第26話「選択」

 アンリは連合軍の援護に向かった。

 魔神は結局、魔物を殺すのに一番効果を発揮する。数人の命を助けるならば、その時間で多くの魔物を倒したほうが、より大勢の命を救える。アンリはそう判断した。

 ドロテアたちを信じるしかなかった。彼女たちなら、きっと追っ手から逃げ切っている。助けにいけないことを心でわびる。


「あの二人なら大丈夫……」


 ドロテアとメリエルはともに戦うことを誓い合った仲。ここは仲間に期待させてもらう。その分、自分は自分の仕事をしなければ。

 連合軍の奇襲部隊は、王都の入り口でグィード軍の歩兵と交戦していた。そこは度重なる戦争ですでに廃墟になり、遮蔽物の少ない、見晴らしの良い戦場となっていた。

 上空からは、数に勝るグィード軍が、連合軍を取り囲むように動いているのが見える。突入に手間取っているようでは、連合軍は退路を断たれてしまうだろう。


「アスラ、やるよ。あの大群を吹っ飛ばす」

『それでいいのだな?』


 魔神自身であるアスラが問う。


「ここなら市民はいない」

『よかろう。しかし、味方を巻き込まぬよう気をつけるのだな』

「狙いを間違ったりしないよ」

『そうではない。我らは悪魔でもある。力の加減を意識せよ』

「どういうこと?」

『やってみれば分かる。あまり味方の近いところに放つな』

「分かった。悪魔ってことは、ボリスと同じことができるんだよね?」


 ボリスは魔法弾を手から放っていた。魔神も悪魔ならば、同じことができるはずだ。


「やってみる!」


 アンリは意識を集中する。魔力を腕に集めて、手から放出するイメージ。

 狙いは、遠回りして連合軍の背後に回ろうとしている部隊。


「いっけええええーっ!」


 アンリは野球のボールを投げるように、魔法弾を放った。

 魔法弾の大きさは魔神からすればバスケットボールぐらい。これがそんなにすごい威力とは思えない。ボリスの魔法弾もこんなもので、確かにすごい威力だったが、部隊を壊滅させるほどではなかった。

 魔法弾は、部隊の中心に向かって飛び込んでいく。そして爆発。

 次の瞬間、上空にいたアンリはすさまじい衝撃波を受け、吹き飛ばされそうになった。


「え……」


 グィード軍の部隊はおろか、街の区画ごと吹き飛んでいた。巨大な爆煙が大空に巻き上がっていく。

 狙っていた部隊以外にも、周囲の部隊をいくつも巻き込んでいた。回り込んでいた中入り部隊は、ほぼ壊滅といっていいだろう。


「すごい威力……」

『お前の言うように、我らは魔神ということだ』


 アスラはあっさりと答える。

 突然の大爆発に、グィード軍はそれぞれ進軍を停止していた。連合軍と交戦している部隊も撤退を始めている。

 アンリはこの状況を伝えなければいけないと思い、連合軍への接触を試みる。


「指揮官は?」


 アンリは魔神を降下させ、連合軍の騎兵隊に尋ねる。


「少し後ろにスタファン殿がおります!」

「スタファンがここに? ありがとう」


 再び飛び上がって、スタファンの居場所を探す。魔力を使ったせいか、やはり体が重い感じがする。


「スタファン!」


 長剣を持つ戦士を見つけ、アンリは呼びかける。


「アンリか。どうした?」

「どうしたじゃない! なんで侵攻を開始した!?」

「そのことか。すでに戦は始まっている。あとにしろ」


 アンリたちに何も言わず、囮にしたことを謝る気はないようだ。

 スタファンの言うように、すでに過ぎたことで、戦闘中に話すことではないのは理解した。心の中でスタファンを殴り飛ばしておくことにする。


「南に救援部隊を出して。ドロテアたちが危険なの」

「残念だが、我々にそんなことをしている余裕はない。しばらくすれば、本隊が南から侵入することになっている」


 つまり助ける気はないという。本隊は歩兵が中心で、進軍速度は遅い。先遣隊を送っていたとしても、それは何時間先のことか。


「じゃあ、住民の避難は!?」

「全市民を助けることなど、初めから不可能なことだ」


 スタファンは言い切る。

 アンリが感傷で一人でも多くの人を救いたいと言い出すのを分かって、先回りして答えたのだ。王都奪還を計画した時点で、どんな作戦にしろ、市民は少なからず死ぬ。


「あなたには戦うことしかないの!?」


 アンリはついに怒鳴ってしまう。


「ああ。俺は戦士だ。戦いの中で救える命は救うが、子守は仕事じゃない」


 アンリの眉間にしわが入る。スタファンの言葉には、アンリに対する嫌みが入っていた。子供とここで議論するつもりはないと。

 なんて嫌な奴なんだ。アンリははらわたが煮えくり返そうだった。


「貴様こそ女神ならば、市民を救ってみたらどうだ? それとも、殺戮しかできない魔神か?」

「スタファン!!」


 アンリは剣を引き抜いていた。

 魔神が眼下のスタファンに剣を向けている。


「切りたいなら切れ」


 そう言われてアンリはたじろいでしまう。一瞬、怒りの感情が振り切って剣を抜いてしまったものの、人間を切れるわけがない。


「切らないなら、行かせてもらうぞ。俺は戦うのが仕事なんでな」


 スタファンはフンと笑い、馬を進める。

 アンリの幼い心の動きなど、完全にお見通しなのだ。自分にはなすべき任務がある。子供のワガママに構っている時間はない。

 そのとき、スタファンの視界が急に暗くなる。そして眼前に巨大なものが落下してきた。

 それはズシンと地面に突き刺さる。

 魔神の大剣であった。


「あ、ごめんなさい。手がすべちゃってー」


 アンリは子供らしく、おどけた声を出す。

 そして魔神の高度を下げて、剣を引き上げる。

 近くにいた兵士たちは、腰を抜かして動けなくなっている。スタファンも、その様子を口開けて見守ることしかできなかった。


「私はあなたのことが嫌いです」


 アンリはきっぱりと言う。


「でも、口じゃなくて、剣で戦ってるときはちょっと尊敬してます。それじゃ」


 魔神を一気に飛び上がらせる。

 砂煙が収まったときには、魔神は遙か上空にいた。


「言ってくれるぜ」


 スタファンの固い表情が少し緩んだ。そしてまた固くなる。


「魔神が道を開いてくれた! 皆の者、この機に突入するぞー!!」

「おおー!」

「進めーい!!」


 スタファンは長剣を振り上げ、先陣を切って走り出す。





 アンリの気持ちはすっきりしていた。

 誰もが好きで戦争しているわけではないから、自分の感情を正面からぶつけるわけにはいかない。でも、たまにはやらないと疲れてしまう。特に自分はただの女子高生だ。大人の指揮官に文句くらい言っても、バチは当たらないだろう。


「魔力は大丈夫?」

『そこらの魔物を相手にする分には問題ない』


 魔神がいくら強いといっても、エネルギーは無限ではない。魔力が尽きたら動けなくなってしまう。魔力が減った分は、他の魔物から奪い取らなければいけないのだ。


『次はどうする気だ?』

「南に行って、ドロテアたちを探す。それで一回下がる」


 この前哨戦において、自分は十分役割を果たしただろう。ドロテアたちを見つけ出して、本隊に送り届けるぐらいの余裕はあるはずだ。


『ご苦労なことだ』

「不満?」

『今の操者はお前だ。好きにすればいい』

「そういえば、前に誰かが乗ってたの?」


 アンリは魔神がなんであるか、あまり気にしたことがなかった。それはどうしてこの世界に魔物がいるのか、と同類の問いだったからだ。ファンタジーのような世界だから、このように強力で人間と同化して戦える魔物もいるのだろうと思っていた。

 それを偶然手に入れてしまった。つらく厳しい世界に急に連れてこられたのだから、このぐらいのアドバンテージを与えられてもおかしくない。なければ絶対死んでいた。


『ああ』

「誰? そのときもこうして戦ってたの?」

『それは』


 政庁のほうがキラリと光った。

 気づいたときには遅かった。

 地上から放たれたグィードの魔法が魔神に命中していた。


「ああっ……!」


 魔神の体が跳ね飛ばされる。

 力なくひらひらと空を漂い、しばらくして地面に落下していった。

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