第25話「進軍」

 アンリを使者として送る一方、連合軍は騎馬による電撃作戦を敢行していた。

 銃と剣を持つ人間の騎兵隊。軽装の鎧を着込み、馬上槍を持つ死霊騎士。一心不乱に政庁を目指して馬を駆けさせる。

 王都の市民は全員人質になっている。戦争になれば殺される。ならば、不意を突いて一気に落とすしかないという判断だった。

 騎馬といえど、速さはたかが知れている。偵察を送り込んでいれば分かったはずだ。進軍に気づかなかったのは、王者たるグィードの驕りと言えよう。

 奇襲は成功した。しかし、相手の感情を逆なでするこの方法は、人質にとって良いものではない。

 連合軍は犠牲を覚悟している。特に、王族が殺されてもやむを得ないと判断した者がいたということだった。


「こんな作戦、正気ではない!」


 奇襲部隊にはスタファンも加わっていた。


「なぜそうも割り切れる……。人の命がかかっているのだぞ……」


 スタファンはこの作戦に反対だった。戦力は拡大していたが、混成部隊であるため再編がうまく進んでいなかった。それに、王族や市民の犠牲は最小限に抑えたかったのだ。

 スタファンは、勇者最後の地であるウルリカの出身。勇者の教えに、市民を救うこと、王族を支えることがあった。その影響を受けていたスタファンにとって、兵士の損失は許せても、王族や市民の切り捨ては我慢ならなかったのだ。しかし従うしかなかった。

 それにはまず、スタファンの地位が相対的に低くなっていたことがある。エフエンデ砦の勝利後、連合軍に参加する者が増え、再編が行われた。戦士であるスタファンは部隊の指揮官を担えるが、軍全体を統率するのは不向きだった。運営は地方領主や、王都から逃げ出していた貴族が担当することになった。彼らはスタファンの上官に当たるため、スタファンは口出しができない。

 また、本作戦の立案がボリスだったという事情がある。ボリス自身の、そして魔物軍の力は強力で、意見を無視できなかったのだ。魔物と手を組んでいるとはいえ、これがいつまで続くかは分からない。だからボリスの気分を損ねるわけにはいかないと、司令部は判断。スタファンの意見を封殺した。

 そこでスタファンは、作戦を成功させることでできる限り市民を救おうと、軍団の指揮を別の者に委ね、奇襲部隊に加わった。

 一撃離脱。グィード軍を総力でかき回して混乱させる。そして、後続の歩兵部隊にタッチして後退するという作戦だ。あとはボリスが同じ魔将であるグィードを押さえている間に、王都を制圧することになる。


「しょせん、俺も戦士ということか……」


 武器を振るうのと、軍団を指揮するのではまるで違う。魔物への反抗のために、指令官となろうとしたが合わなかった。

 同胞に対して「国のために死んでくれ」と、無謀な命令を下すのは、自分には無理だ。それよりも、こうして戦場を駆けているほうが心地よい。

 それが無茶なほど心が沸き立つのをスタファンは感じていた。

 背負った愛用の長剣を抜く。


「皆、武器を取れえ! これより死地に入る! 王を救え、民を救え! 各自の奮闘が人々の命を救うと知れ!!」

「おー!!」

「総員、突撃ぃぃぃ!!!」


 大義のために戦う。

 これが死と隣合わせの兵士たちを唯一奮起させるものだ。これまでロクなことがなくても、これから死んでしまうとしても、ここで大義のために戦えると思うだけで、恐怖や憂いが消えてなくなる。

 自分のやっていることは絶対的に正しい。自分は誰よりも強い。自分はすべてに許されている。そういった、狂気とも言える勇気が兵士の力となる。

 騎兵たちが次々に敵陣に向かって発砲。そして抜刀。魔物の大部隊へと流れ込んでいった。





 その様子はアンリにも見えていた。


「ドロテアはどこ? メリエルは!?」


 空中で敵と渡り合いながら、ドロテアたちを探していた。王都には建物が多すぎて、路地に入られると上空からはまるで見えない。


「邪魔だっ!」


 ハーピーら、鳥人の群れを大剣で切りつける。翼を失った鳥人がばらばらと降っていく。

 しかし、鳥人はあちこちからやってきて、魔神を包囲してくる。


「切りがない……」


 早く脱出しなければ三人の命に関わる。アンリの気持ちは逸っていた。近づいてくる者へ、がむしゃらに剣を振るいまくる。

 急に包囲が弱まった。

 鳥人がアンリの周りを離れ、ある方向に向かって行っている。


「ウソでしょ……」


 アンリはとんでもない光景を目にした。

 燃える街。

 レッサーデーモンの部隊が王都を攻撃していたのだった。

 おそらくボリスの配下だろう。鳥人たちがレッサーデーモンを攻撃している。

 さっきまでひっそりしていた街なのに、炎で赤々と照らし出され、逃げる市民たちで波が出来ていた。


「ひどい……」


 レッサーデーモンたちも、街を燃やすつもりで戦っているわけはないのかもしれない。しかし、そこに人間たちもいて、建物を攻撃したら人間も死んでしまうというのは分かっていないだろう。分かっていたとしても、気を遣うはずがない。

 なんとかしなくてはと思うが、どうしていいのか分からなかった。

 逃げる人たちは助けなくては。どうやってあの大勢を?

 火を消さなくては。どうやって? 水でもくんでくる?

 燃やすのをやめさせなければ。どうやって? レッサーデーモンを倒す?

 ドロテアたちと探さなくては。どうやってこの人波の中を? 

 アンリが迷っていても、敵には関係がなかった。構わず攻撃をしかけてくる。アンリは考える余裕をもらえず、その対応に追われることになってしまう。


「アスラ、なんとかならないの?」

『魔法を使えばよかろう』

「分かってるけど……どんな?」

『敵を爆発で吹き飛ばそうが、水で火を消そうが思いのままではないか』

「魔力を使うんでしょ?」

『無論』


 魔神は敵を倒せば魔力を奪うことができる。敵を倒し続ける限り、魔力を供給できる夢のような機関だが、使いすぎると魔神が動かなくなってしまう。大技を使うのはリスクがあった。


「救うのならどれ……」


 アンリは迷っていた。

 魔法が万能だとしても、解決できる問題は多くない。魔物を一掃するか、火を消すか、住民を誘導するか、奇襲部隊が苦戦し始めているのを助けるか。


「水を出したところで、街を余計壊すかもしれないし、人を巻き込んでしまうかも……」


 レッサーデーモンが鳥人に火球を放つが、鳥人はそれを回避する。流れ弾が地面に落ちていき、爆発した。


「ああ……」


 人々の群れが吹き飛ぶのが見えた。

 近くに行って確認しなくても分かる。多くの人が死んだ。

 迷ってはいられない。破壊の元凶である魔物を倒すのが先決だ。


「魔物をまとめて倒すとして……どこ……どこに撃てば……」


 今回の戦争の難しさを思い知らされる。この戦場には敵もいれば味方もいる。逃げ惑う市民もいる。下手に撃てば巻き込んでしまう。これまで一人で戦っていれば、誰にも迷惑がかからなかったが、街に墜落するだけでも建物を破壊し、人を殺してしまうかもしれない。

 アンリに答えは思い浮かばなかった。

 ただ手近の敵を切りつけ、それを助けにいけない言い訳にするしかなかった。





「容態は?」

「応急処置はした。だが、すぐ手術しないとまずいな」


 ドロテアとメリエルは空き家に隠れていた。

 負傷したスティーグにできる限りの治療を施したが、あまりにも傷が深く、死は避けられそうになかった。

 姉のブリタと同じ状況になっているのは何の因果なのかと、メリエルはスティーグの不幸を嘆いた。

 きっと姉の安全を保障してもらうため、グィードを暗殺すると約束したのだろう。死は覚悟していたはずだ。ダークエルフはどうしてこうも、不運に見舞われるのか。

 外では魔物たちが戦っている声と、市民が逃げ惑う声がしていた。どうやら市街戦が始まったようだ。


「やはり囮にされたか……」

「どういうことですか?」


 ドロテアが尋ねる。


「連合軍が王都に攻め入ってきたようだ」

「そんな……。これは時間稼ぎの使者だって……」

「敵にも時間を与えたくなかったんだろうさ。使者がいる間は攻撃がないと思わせ、油断している隙を突いた」

「それじゃ私たちは、はじめから捨て駒……?」

「そうことだ」


 ドロテアは持っていた銃を取り落としそうになる。


「こんなの間違ってます! 市民を助ける方法を考えるために、こうして偵察に来たんじゃないですか! それなのにこれじゃ市民は」

「巻き込まれるな」


 ドロテアは地面に拳を叩きつける。


「こんなはずじゃ……」


 あちこちから人々の叫び声が響く。街で魔物同士が戦いを始め、周囲は火の海となり、皆救いを求めている。

 ドロテアはこの判断を下したであろう司令部が許せなかった。スティーグに自爆も同然の暗殺をさせ、自分たちを捨て駒にした。

 市民を魔物から解放することもできず、スティーグも今そばで死にかけている。自分はいったい何をしにここに来たのか。


「助けにいきましょう!」

「どうやって? ここは敵の巣穴だ。至るところに魔物がいる。それにどこへ避難させる?」

「…………」


 ドロテアは返事に窮する。

 市民50万人を二人で助ける方法など存在しない。数十匹魔物を倒したところで、戦況に変わりはないのだ。


「諦めろ。我々にできるのは、脱出して本隊に合流することぐらいだ」

「人々を見捨てろって言うんですか?」

「そうは言っていないが、助ける方法もないだろう。……ここもいずれ火が回る。出よう。スティーグはあたしが担ぐ」

「……同族だから。ダークエルフだから助けるんですか……?」

「は?」


 メリエルにはドロテアの言う意味が分からなかった。

 ダークエルフのメリエルのほうが体力があるから、自分がスティーグを背負うと言っただけである。


「あたしは別に……」

「ダークエルフは同族意識が高いですからね。でも人間のことなんて興味ないんでしょ?」


 ドロテアは、捨て駒にされたことにショックを受けて取り乱している。メリエルにはそれが理解できた。市民を救うために、この危険な任務を受けたのに、自分たちは囮で、市民を始めから切り捨てる気だったなど、受け入れられるはずがない。そして、大勢の人間より、一人のダークエルフを助けると言われ、ドロテアは納得がいかなくなっている。


「……そうだ。同族は助けたい」


 メリエルは一族をボリスに殺されて天涯孤独。同族である不幸な姉弟をも一人にさせたくないと思っている。


「やっぱり」

「だが、人間も大切だ」

「え?」

「両方助けたいと思っている。……だからドロテア、力を貸してくれ」


 これは半分ウソだ。

 今逃げ惑っている人間に哀れみはそれほどない。だが、自分たちが脱出すること、スティーグ、そして市民を救うことが同じ線の上にあると感じて、そう言った。

 ドロテアはやや沈黙して答える。


「助けるってどうやって? 無理だって言ったでしょ?」

「ああ、二人ではどのみち助けられない。アンリに助けを求めよう。そうすれば、スティーグも助けられるし、市民を救助する人員も要請できる」


 自分はアンリと行動すると誓った身。それにアンリと合流することが、すべての解決につながっていく。

 ウソをつくことに良心の呵責はなかった。これが最善策と思って疑わないからだ。

 メリエルはドロテアの答えを待たず、スティーグを背負った。

 ウソは効いている。ドロテアは明らか動揺していた。メリエルの行動が正しいのは分かっている。しかしメリエルに従うことが、ダークエルフを非難した自分の浅ましさを認めることになるので、すぐには動き出せなかった。

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