第24話「脱出」

「アスラァァァ!!!」


 思わず叫んでいた。

 コンクリートに巨大な鉄球を打ち付けたような轟音がして、突然天井が崩れた。

 魔神が宮殿に体当たりを仕掛けていた。

 白でまとまった、装飾の施された天井と壁がひび割れ、崩れていく。


「なんとっ!?」


 グィードが叫ぶ。

 天井の大穴からは魔神が押し入ってきた。


「ドロテア!」


 アンリの意図を理解して、ドロテアはスティーグが落とした爆弾を狙撃する。

 王座付近で爆発が起きて黒煙が上がる。

 魔神は、アンリをかばうように翼を広げていた。爆風をしのいだアンリはすぐに魔神に搭乗する。

 メリエルはこの混乱に乗じて、数人のウェアウルフをナイフで葬り去っていた。


「アンリ、脱出だ!」


 アンリは大剣に炎を纏わせ、宮殿の壁を切断する。壁はバターのようにとろけて、脱出路ができあがる。


「逃がすものかあっ!!」


 グィードが口から火球を放つ。


「先に行って!」


 アンリはメリエルたちをかばうように立ち、大剣でその火球を受けた。

 メリエルとドロテアはスティーグを担ぎ、切り裂かれた壁から出て行く。


「なるほど、そういうことか」


 こんな状況にもかかわらず、グィードはクハハと笑い始めた。


「不意打ちとは女神のすることではない。やはり噂通り、魔神」


 スティーグの身を挺した攻撃にいまだ引きずられ、アンリにグィードの言葉は入ってこない。

 三人が逃げるための時間を稼がなくてはいけない。アンリは魔将グィードとの交戦を覚悟する。


「力比べなら負けないはずっ!」


 先手必勝とアンリは大剣を振り下ろす。

 しかし大剣は空を切り、地面を叩き割っただけだった。近くにいたウェアウルフを巻き込み、破片で負傷させたが、肝心のグィードに当たっていない。


「消えた!?」


 辺りを見回すが姿が見えない。


「どこを見ている」


 空からグィードが現れ、魔力を込めた拳を叩きつけてくる。


「うぐっ!?」


 魔神は顔面を殴られてよろめき、剣で体を支える。


「ほう」


 グィードは感心したように顎をなでている。

 殴られた衝撃は伝わってくるが、魔神は完全に魔法を防ぎ、損傷はなかった。


「攻撃はたいしたことない。……でも、早すぎる」


 相手は小さくて俊敏だ。堅牢な装甲を持つが、鈍重な魔神では攻撃を当てるのが難しい。

 今度はウェアウルフたちが攻撃を仕掛けてくる。集団を生かして、包囲しては槍で突きを入れてきた。当然、蚊に刺された程度にしか感じない。アンリは大剣を大きく振り回し、ウェアウルフをなぎ倒していく。


「下がれ」


 グィードが小さくつぶやくと、ウェアウルフは恭しく敬礼し、後方へ下がっていく。


「あれでも一応配下だ。むざむざ殺されたくはないのでな」


 嫌な言い方だった。結局は配下を大事にしてないことが伝わってくる。

 自然と大剣を握る拳に力が入る。


「今度はこちらからいくぞ」


 グィードがそう言って動き出す。真正面からつっこんできた。

 それなら受けられるはず。アンリは大剣を横薙ぎにする。

 しかし、グィードは身をかがめて回避し、魔法を魔神に叩き入れてくる。

 アンリは剣を返して再び斬りかかるが、これも当たらない。


「くっ……」


 勝てもしないが、負けもしないという状況。だが、一方的に殴られるというのはいい気がしなかった。

 アンリは歯がみしながらも、頭を切り替える。目的は十分に達した。別に勝つ必要はない、メリエルたちが逃げられる時間を作れればいいのだ。


「アスラ、大技いくよ!」


 魔法は想像の産物。こうしたい、こうありたいを叶えたもの。魔力を消費することで想像を現実化する。

 大剣がかつてないほどの炎を燃え上がらせる。


「そこだっ!」

「無駄なことを」


 剣の先、すでにグィードはいない。しかしこれでいいのだ。


「エクスプロード!!!」


 剣が床に接すると同時に大爆発が起きた。


「なんと……!?」


 王座の間をまるごと吹き飛ばす。高威力の爆弾が爆発したような威力で、爆風は壁や天井を消し飛ばし、ウェアウルフたちを殴り倒した。

 グィードにかなりのダメージを与えたようだった。グィードは壁に叩きつけられ、立ち上がれないでいる。


「おなごごときが……」


 アンリはとどめを刺そうかと思ったが、魔力を消費したためか魔神の反応が悪くなっている。

 今は逃げるのを優先すべきと判断し、グィードに背を向けた。


「逃げるなぁぁぁ、人間!!」


 グィードが獣の雄叫びのように吠える。


「にっくき勇者の一族は皆殺しにしてやる!!!」


 魔神というフィルターを通さず、その声を聞いていたら、恐怖で絶望していたことだろう。これが魔将。プレッシャーだけで相手を殺す。

 しかし、アンリにはグィードに付き合う義理はない。翼を広げて、吹き飛んだ天井から脱出する。





 メリエルたちは騎馬に乗り込み、宮殿の庭園から逃走しようとしていた。

 メリエルは、動かないスティーグを自分の馬に乗せて走らせる。わずかに息はあったが、体温が下がっている。人間より生命力があるといっても、このままでは確実に死んでしまうだろう。

 後方で大きな爆発が起きた。

 きっとアンリが引き起こしたものだ。だから気にする必要はないと、二人は振り返らず、馬を加速させる。

 だが、前方から番犬代わりの狼が一直線に迫ってくる。体長は人ほどもあり、噛まれたら腕を引きちぎられてしまうだろう。


「任せて!」


 ドロテアは手綱を放して、足に力を入れて鞍を挟み込むようにして立つ。そして、ライフルを狼に向ける。

 発砲。排莢、そして発砲。また排莢、発砲。繰り返して5発放った。クリップがピーンと音を立てて強制排出される。

 走り来る狼たちが弾を受けて、次々に転倒していく。

 3匹仕留めたが、まだ10匹近くが駆け寄ってきて、ドロテアは再装填を始める。

 メリエルは、スティーグを馬に縛り付けると、弓を引き絞っていた。

 一射、すぐに次の矢をつがえて二射。二匹の狼が地面に転げ回る。

 三矢目を放とうとするが、狼は通り過ぎ、後ろに回られてしまう。姿勢が苦しくて後方は放てない。

 次の標的を狙おうとするが、正面から迫る狼に馬がかみつかれそうになっていた。


「くっ!」


 メリエルがナイフを抜こうとしたところで、飛びかかった狼が頭を撃ち抜かれ、そのまま吹っ飛んでいく。


「ドロテア!」


 再装填が終わり、ドロテアがフォローしたのだった。すぐに後ろに回った狼も撃ち抜く。


「助かった!」

「騎兵の訓練も受けてますから」


 ドロテアは小さな胸を張って得意げに答えた。





 アンリは上空からドロテアたちの姿を確認した。

 馬が二騎、狼そしてウェアウルフに追われていた。

 加勢に回ろうと思ったが、魔神の図体では小回りが利かず、逆に邪魔になりかねない。

 別のところで、ある建物から続々と魔物たちが飛び出しているのが見えた。おそらく兵舎なのだろう。政庁に向けて進軍している。

 アンリは方向をそちらに向ける。


「あんなにいるんじゃ」


 市街地なので隠れる場所は多いが、あの大群で探し回られたら、すぐに見つけてしまうだろう。

 アンリは滑空して、大群に真正面から突っ込む。

 この部隊はゴブリンが主体のようだった。魔神の突撃にゴブリンは、なすすべもなく弾き飛ばされていく。


「できるだけ減らす!」


 大剣を振り回し、ゴブリンを次々に殲滅する。

 ここで大暴れする分だけ、ドロテアたちの負担が減る。相手の本拠地でとどまっているのは危険だが、今はこれしかない。

 一心不乱に剣を振り続けていると、ゴブリンたちが急に撤退していく。退却を知らせるラッパが吹かれていた。


「撤退?」


 魔神に勝てないと踏んで逃げたのだろうか。

 アンリは上空まで飛び上がり、周囲を見回す。

 東方に砂煙が見えた。大勢の軍団が進行しているのだ。王都に近づいている。ということは、それはグィード軍ではない。


「連合軍? なんで!?」


 人間と魔物の手を組んだ連合軍が、王都に攻め寄せていたのだった。


「聞いてないよ!! ……もしかして、囮にされた?」


 今回はあくまでも偵察を兼ねた使者としての任務だった。それがタイミングよく部隊が攻めてくるというのはどういうだろう。スタファンはまだ攻め込む準備が出来ていないから時間を稼げ、と言ったのだ。


「くうっ! ダマされた!!」


 すべてウソだったのだ。

 時間稼ぎの使者を送ると見せかけて、グィード軍を油断させる。その隙に攻め入る。

 アンリは憤慨していた。なぜそれを教えてくれなかった。これでは完全に捨て駒ではないか。スティーグは命を賭けてグィードを殺そうとしたのだ。


「待ってよ……おかしいでしょ……。どうしてこんな……。スティーグ、もしかして……!? スタファンめぇ!!」


 スティーグは、姉のブリタを助けるのを条件で味方になった。おそらくスタファンはそれを悪用して、スティーグにグィード暗殺を命じたのだろう。魔将の暗殺で無事に帰って来られるわけがない。スティーグはブリタを殺すと脅迫され、死を覚悟して臨んだに違いなかった。

 危険な任務であることは承知していたが、使者がいるところに進軍されたら、使者の命が危険にさらされる。この作戦は初めから、自分たちを捨てるつもりで立案されたものだと分かり、怒りがふつふつと湧いてくる。


「魔神のアンリなら助かるんじゃないか。他の者は知らんが」


 そういう発想をした人物がいるのだ。

 アンリは連合軍のほうへ頭を向ける。

 そして、移動しようとして止まる。


「こんなのあとだ……。付き合ってられない……」


 連合軍に文句を言いに行っている場合ではない。

 アンリは必死に怒りを抑える。人生でこんなに腹立たしいことがあっただろうか。

 アンリは歯を食いしばり、ドロテアたちのもとへ急行した。

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