第23話「王都」
王都ボルシュ。
かつては50万人の市民が暮らす大都市であった。魔王が復活してからは、徴兵によって若い男たちは戦争にかり出され、次第に人口が減っていった。そして、市街戦による決戦が行われて陥落、今や魔将が支配する都となってしまった。
人間がわずかに持つ魔力は、魔物のエネルギーとなっている。魔物は、人間を労働力として餌として、生かしつつ殺している。王都陥落から数ヶ月、王族や市民はどのぐらい生きているのか、伝える者は誰もいなかった。
アンリたちはスティーグとともに、使者として王都へ入った。名目は交渉だが決裂は分かっているので、目的は半ば強引な偵察にあった。街の状況、敵の数、そして王族の生存確認だ。もはや王族の価値はないという意見もあったが、反抗への旗印として、王族というシンボルやアイドル性は必要ということになった。
「なんとか、戦までの時間を稼いでくれ。無駄にへりくだる必要はないが、王族が殺されてはかなわん。くれぐれも無礼のないようにな」
出立前にスタファンに言われている。
こちらには交渉材料は一切ないのに、無茶な要求である。相手は降伏を要求してきているのに対して、無理です、と答えるしかない。相手が気分を害するのは見えている。そこをできるだけ友好的に済ませて、時間を稼ぐことになる。
今回も魔神頼みの作戦で、情報と時間を得るためにアンリが苦労することになる。状況が悪化したら、魔神の力を総動員して逃げ帰ってこいという、ほとんど無計画な威力偵察であった。
しかし、相手の使者であったダークエルフを味方に取り込んだ以上、他に取れる手はなく、アンリは従うしかなかった。ここは前向きに、ブリタとスティーグが仲間になったおかげで、正々堂々と王都に潜り込めるようになったと思うべきだろう。
使節団はごく少数だ。アンリ、ドロテア、メリエル、スティーグの四人。交渉後、メリエルとスティーグはそのまま王都潜伏に移り、ドロテアは魔神が抱えて連れ帰るという計画だった。アンリは一人で行くと主張したが、ドロテアらに拒否されたのである。
アンリは魔神で、ドロテアたちは騎馬で王都へ入城した。
もともとは強固な城壁に囲まれた城塞都市だったが、戦争で崩れたり、人口が増えて街が拡張されたりして、今は面影を残しているぐらいだ。人口の密集する居住区が都市の大部分を占めている。
アンリは街が近代的であることにびっくりする。これまで見てきた村は平屋が多かったが、王都にはマンションが所狭しと並んでいる。
「ひっそりしてるね……」
アンリたちは使者なので、堂々とメインストリートを通って政庁を目指すが、街には人気がなかった。
「魔物に目を付けられたら、すぐ殺されてしまいます。だから、誰も家から出ないのです」
スティーグによると、市民皆殺し、ということにはなっていないらしい。生命の保障はされていないが、最低限の生活はできているようだった。
市街には戦争のあとが多く見られた。あちこちが破壊され、人が住めなくなった場所が多い。さすがに死体は回収されているのか、地獄のような風景は見ないで済んでいる。
「あれ!」
アンリは、市民が集団で歩いているのを見つける。
それは尋常な風景ではなかった。皆、逃げられないように、手錠をされ数珠のように鎖でつながれている。
「出荷されるのでしょう」
「出荷?」
「魔物の餌になります」
スティーグは平然という。王都では見慣れた光景なのだろう。よく見れば、監視役のオークやゴブリンもいる。
「餌!? 助けないと!」
「やめてください!」
魔神で飛び出そうとするアンリの前に、スティーグが飛び出して制止する。
「これはまさに日常茶飯事、魔物にとっては息をするように自然なことです。助けたところで、王都中で行われているのをどうしようもありません」
目についたものを助けても無駄。市民を救いたいなら、王都全体を解放しなければいけないのだ。
魔物は、人間の魔力を摂取して数を増やす。個体数で言えば、人間より遙かに少ないが、こうして安定供給できる体制を整えれば、いっきに数を増やせる。王都は魔物の生産工場になっているのだ。だから、スタファンたちは無理をしてでも王都奪還を目指していた。
「くっ! 魔物となんて……」
魔物となんて共存できるわけがない。と、アンリは言いそうになる。人間を食べる種族を仲良くできるわけないと思ったのだ。しかし、アンリたちは魔将ボリスたちと手を組んでいる。
「人間同士でも大して変わらんさ。人間も同族で殺し合っているときは、こんなことしていたよ」
メリエルが言う。
「それに、勇者が魔王を倒したとき、人間の魔物に対する扱いも同様だったらしい」
アンリは何か言おうとするが、言えなくなってしまう。
強い者が弱い者を虐げる。戦争に勝った者に負けた者が従う。人間や魔物などの種族は関係ないのだ。
「何が正しいんだろう……」
「女神様が正しいに決まっています」
と言うのはドロテア。
「女神様は魔物という異種族と手を組み、王都を解放しようとしています。この正しさは必ず、歴史が証明してくれるはずです」
「そうだといいんだけど……」
人間と魔物が手を組むのは大きな変化かもしれない。しかし、今はボリスと利害関係の一致から手を組んでいるが、このあとどうなるか分からなかった。このまま共存共栄といくならば、歴史的な正しさとなろうが。
アンリたちは魔物の食事を見て見ぬふりをして、メインストリートを進んでいく。被害を受けずに残っている巨大建築も見えた。大きな寺院や住居、凱旋門、鉄塔。それはこれまでの村々では見られなかった近代建築であり、アンリたちはその大きさ、美術性の高さに驚かされる。
「人の繁栄の証だな」
「うん。でも……それが崩れようとしている……」
今はまだ人間の街を保っているが、いずれ魔物の街になるかもしれない。魔物のサイズや好みによって建て替えられる。多くの魔物は人の住む家には住めないので、人間の街はすべて壊され、スケールが数倍の町並みになるだろう。
そんなことさせない、と魔物に対して敵意をぶつけたいが、ボリスたち魔物のことを考えると、振り切れなくなってしまう。
「そろそろ政庁が見えます」
スティーグが言う。
アンリは西洋な城のようなものをイメージしていたが、そうではなかった。宮殿だった。巨大な門、そして巨大な庭が目の前に広がっている。そして奥に建物が見える。それは小さく見えるが、そばにいくとものすごく大きいのだろう。
「広い……」
徒歩で移動したら、向こうまでどのぐらいかかるのだろう。アンリは魔神に乗っていてよかったと思ってしまう。
門には大勢の魔物がいた。重武装のスケルトンである。長い槍を持ち、弱点であるもろさをカバーするために鎧を纏っていた。
ここが敵の本拠なのだと、アンリたちに緊張感が走る。
「取り次いできます」
スティーグが詰め所に向かう。
アンリたちはいつ戦闘になっていいように身構える。魔神なら一気に叩き潰せる数だが、どこに兵が潜んでいるか分からないので、できるだけ面倒ごとは避けたかった。
「通っていいそうです」
大勢のスケルトンに凝視される中、巨大な門をくぐる。
案外あっけなく通れたのでびっくりするが、向こうにとってはいつでも殺せるから、といったところだろう。
市街と異なり、庭はきちんと整えられていた。これは完全に人の手が入っている。魔将が人間を使って、この政庁を管理させているようだった。
変わったところと言えば、番犬なのか、人間の体格以上ある狼があちらこちらに散見されること。いつ襲いかかってくるか分からないので気が抜けない。それぞれ武器をしっかり握る。
「止まれ!」
宮殿が見えてきたところで、兵士に制止される。
人に見えたが人ではなかった。全身が厚い毛で覆われていて、顔は犬のようだった。ウェアウルフだ。兜をかぶっていて見えないが、頭にはちゃんと犬耳が生えている。
「ここからは歩いて行け」
下馬を促される。魔神や馬で宮殿に入るわけにもいかないので、アンリたちはそれに従う。
ウェアウルフの案内で宮殿に入る。
ヴェルサイユ宮殿のような豪華な装飾が広がっているのだろうかと思ったが、そこまで華美なものではなかった。といっても、この世界においての最大級のアートが詰め込まれているのは、アンリにも分かった。
ここはアンリの世界よりも戦争が活発な世界であるため、武器の進化は早かったが、芸術の分野はそこまで発達していないのだ。人や魔物との戦争に明け暮れた国主たちが、自分の権威を示すのに使ったのは芸術ではなく、武器や軍隊をそろえることで表現してきた。
アンリたちは、ついに玉座の間にやってくる。
玉座には大男が座っていた。おそらく魔将グィードだろう。大きいといっても、ボリスほどではない。2メートルぐらいで、人間サイズに玉座に収まっている。人としては大柄だが、魔物としては小柄という印象だ。
体は人間のようだったが、顔はヒョウのようなネコ科の顔をしていた。整った顔立ちから、精悍さと知的さを感じる。
周りには従者が立っている。武装したウェアウルフだ。
「貴様が女神か」
うなり上げるような低い声でグィードがしゃべる。
王としての威厳を感じる。アンリは雰囲気に飲まれ、頭を下げそうになるが、グィードをきっと見て答える。
「いかにも。女神アンリです」
対等に渡り合うため、ここは女神を自称する。
「ただのおなごではないか。魔神のごとき凶悪性と聞いておったのに」
グィードは見るかに残念そうな顔をする。悪魔のような容姿を期待していたのだろう。それはアスラのことだと言い返したいが、アンリは黙っておく。
「あなたがグィードですか?」
「おなごが何用だ?」
質問を無視され、横柄な質問で返される。
「ちょっ……」
「降伏の前に、女神自らご挨拶をとうかがいました」
アンリが怒って反論しようとするのを遮って、スティーグが答えた。
「誰だ、貴様は?」
グィードは機嫌そうに答える。ダークエルフに話しかけられたことが不愉快なようだ。
そばにいた側近が耳打ちする。スティーグが降伏の使者であることを伝えたのだろう。
「ほう。ボリスが降伏すると?」
「はい。ボリス様の親書をお持ちしております」
スティーグは鞄から、本になっている書類を取り出す。
当然、降伏する気はないが、表向きは降伏することになっている。この場で降伏しないと言うのは、宣戦布告になってしまうからだ。降伏する姿勢を見せておくことで、開戦を遅らせるのが今回の目的である。
グィードが指で持ってこいと合図する。
スティーグは頭を深く下げてから、グィードに近寄り、恭しく書類を差し出した。
「ふむ……」
グィードは親書に目を通し始める。
人間を見下すタイプの魔将のようだが、話は通じるようだ。このまま何もなく済みそうだとアンリはほっとする。
しかし、それから一瞬のことだった。
ひざまずいていたスティーグが突然立ち上がり、剣を抜きざまにグィードへ切りつけていた。
だが、剣は厚い毛皮に阻まれて折れ、刀身が宙に飛んだ。
スティーグはそれを気にかけることなく、今度は鞄から爆弾を取り出す。
不意を突かれたグィードも、黙って見ているはずがない。鋭い爪をスティーグめがけて振り下ろした。
突然のことに、アンリはただ血の花が咲いたことしか分からなかった。スティーグが引き裂かれ、辺りに血しぶきが飛ぶ。
「スティーグ!?」
スティーグはグィードを暗殺しようとしたのだ。
しかし、そんな計画は聞かされていない。一同は驚愕して動けなくなっていたが、メリエルはすぐに反応していた。腰から投げナイフを引き抜いて、近くのウェアウルフに投げつける。
ナイフは甲冑をすり抜けて、ウェアウルフの喉元に突き刺さる。
それを見てドロテアも、すぐに弾を薬室に送り出して、グィードに向ける。
アンリは飛び出していた。グィードの一撃をもらい仰向けに倒れたスティーグのもとに駆けつける。
「スティーグ!! どうして!?」
こんなの計画になかった。どうして魔将を暗殺しようとしたのか。たとえ倒せたとしても、ここは敵の本拠、無事に帰れるはずがない。完全に捨て身だ。
王であるグィードに刃を向けたアンリたちは、すぐに魔物たちに包囲されてしまう。
「すみません……」
スティーグは腹を引き裂かれ瀕死だった。息絶え絶えに話す。
「ブリタを……頼みます……」
そしてスティーグは事切れた。
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