第21話「スティーグ」

 もう一人の襲撃者はメリエルが撃退し、捕らえていた。

 メリエルは利き腕を負傷していたが、3対1で分があり、隊長が機転を利かせて退路を断った。

 襲撃者はあっさりと負けを認め、ひれ伏した。おそらく、ここで三人の足止めをできれば、相方がアンリを仕留めてくれると踏んだのだろう。

 逃げ出されないよう、襲撃者はアンリの小屋で厳重に縛られていたが、ブリタが小屋に運び込まれてくるのを見ると暴れ始めた。猿ぐつわをされているので、何をしゃべっているのか分からないが、ブリタに重傷を負わせたことについて非難しているのはよく分かった。

 隊長が助手につき、医者がすぐにブリタの手術にかかった。


「さてと、事情を聞かせてもらうとしようか」


 メリエルは自分の怪我の処置もほどほどに、襲撃者の前に立つ。

 襲撃者は今度は顔を背けて黙り込んでしまう。

 顔を覆っていたスカーフは取られていたので、顔がはっきりと分かる。男性のダークエルフだった。

 そこでアンリは気づく。


「もしかして双子?」


 襲撃者二人の顔がそっくりだったのだ。

 ブリタは女、そしてこの襲撃者は男。二卵性双生児だろうか。


「まだ若いようだが、80歳というところか?」


 メリエルが言う。

 人間で言うと全然若くないので、アンリとドロテアはびっくりしてしまう。身長が高いので大人の雰囲気があるが、確かに顔立ちは幼く、美少年と言えるかもしれない。

 メリエルは猿ぐつわを外す。


「名前は?」


 しかし襲撃者は目を背けたまま何も答えない。


「グィードの使者というのは、お前たちのことだろう?」

「え?」


 アンリが驚く。


「表向きは、降伏勧告をするために使者。だが本当の目的は女神の暗殺。使者ならば、怪しまれず近づけるからな」

「…………」


 襲撃者は答えなかったが、アンリはメリエルの言う通りなのだろうと思った。


「しゃべる気にならないか? ……なら、あの女を殺すぞ」


 これには反応があった。

 襲撃者がメリエルをきっとにらみつける。

 アンリたちも、メリエルの人質を取るような発言に驚愕していた。


「いい目だ。それでこそダークエルフ」

「……何が聞きたい?」


 襲撃者は諦めたように、ふてくされた感じで言う。


「そうでいい、お姉さんを殺されては困るものな。……アンリ、あとは任せる」


 そう言って、メリエルは襲撃者から離れる。

 アンリには、メリエルの人質発言がはったりなのか本気なのか、まったく読み取れなかった。

 アンリは同じ目線になるよう、しゃがんで問いかけた。


「私はアンリ。あなたの名前は?」

「スティーグ」


 襲撃者は素直に応答した。


「ブリタはお姉さん?」

「そうだ」

「どうして私を狙うの?」

「知れたこと。女神を殺せば、ボリス軍の戦力は低下する」

「女神、ね……」


 敵にも女神と呼ばれているが、本物だと思われているのか気になるところである。


「女神の暗殺に失敗したらどうなるの?」

「僕たちは殺される」

「ひどい……。それじゃどうするの? 王都に戻るの?」

「…………」


 スティーグは答えなかった。どうすればいいのか、本当に分からないのだろう。失敗すれば殺される、つまり絶対に成功しなければいけない。失敗したあとのことは、考えても意味がないのだ。


「そっか」


 アンリは立ち上がって、ドロテアとメリエルに言う。


「この二人、私が預かっていいかな?」

「何をおっしゃるんですか……?」


 メリエルは表情を変えなかったが、ドロテアはアンリの言うことが信じられないようだった。


「この者らは暗殺者ですよ、女神様を殺そうとした。軍法に照らして処罰せねばなりません」

「軍法って?」

「スパイは極刑もあり得ます」


 アンリは顔をしかめる。


「なんとかならないかな。……私、一応女神だし」


 都合のいいときだけ女神を名乗るのはどうかと思うが、ただの女子高生にしてはやるだけのことはやっている。こういうときぐらい、ワガママを言わせてほしい。


「そんなこと言われても……」


 やはりドロテアとしては認めがたかった。自分が撃った襲撃者を助けて、味方に加えるのは具合が悪い。自分は悪を撃った。その悪は裁かれるのが好ましい。


「メリエルはどう思う?」

「奴らはダークエルフだ。このまま王都に帰ることもないだろうし、自殺もしない。姉を人質に取るならば、こいつは役に立つだろう」


 また人質という言葉をけろっと言ってみせる。

 皮肉や嫌がらせで言っているのではない。こういう世界に生きてきたから、これが当たり前なのだ。もしかしたら、メリエルも誰かを人質に取られ、ボリスに従っているのかもしれない。

 しかし、人質というのは気になる。アンリは少し考えてから言葉にした。


「よし、それでいこう。君、私の仲間になって」


 アンリはスティーグに問う。


「分かった」


 メリエルが言った通り、スティーグはすぐに従った。


「お姉さんに関しては、できるだけのことをするって約束する」


 これがダークエルフの生き残り方だとすると、どれだけ重いものを背負っていきてきたのだろうと思ってしまう。薄情なわけではない、生きるために、仲間や一族を守るために必死なのだ。


「こちらは終わったぞ」


 ちょうど隊長と医者がブリタを処置しているベッドルームから出てくる。


「容態は?」

「大丈夫。命に別状はないよ。ダークエルフの治療をしたのは初めてだが、すごい生命力だ」

「そっか、よかった!」


 本当に良かった。自分の愚かな行動のせいで、無駄に命を散らすところだった。ダークエルフを救うと決意したばかりなのに、さらなる不幸を招いてしまうところだった。


「それで、この件はどうする? なんて報告したらいい?」


 隊長がアンリに問う。


「それなんだけど、黙ってもらえるかな?」

「え? ……まあ、あなたがおっしゃるなら」


 隊長は少し不服そうだったが、一応国賓クラスのゲストの頼みを断るわけにはいかなかった。

 隊長と医者は小屋を出て行った。


「メリエル、ナイフ貸して」

「ああ」


 メリエルはナイフを一本腰から抜いて、アンリに手渡す。

 アンリはスティーグの縄を切る。


「よろしくね」

「ああ……。よろしくお願いいたします」


 しおらしく従順だ。おとなしくしていると、美少年で可愛らしく見える。


「じゃあ、行って」


 背中を置いて、姉のブリタのもとへ行くよう促した。

 スティーグは頭を下げて、奥のベッドルームへ走っていく。


「女神様、お言葉ですが、このようなことをしては……」


 ドロテアが言う。


「やっぱ、私甘いかな?」

「え?」

「自分でも甘いなとは思ってるよ……。でも、助けられるものなら、みんな助けたいなと思って。もちろん、戦争だし、敵が襲ってきたら殺すしかない。それは分かってるつもり」

「女神様……」


 アンリは明るく振る舞っているが、ドロテアにはアンリが無理しているのが分かった。本人が一番苦しんでいる。


「だから、彼らが裏切ることがあったら……そのときは諦めて殺す。私も死にたくないからね」

「女神様」

「え……」


 ドロテアはそっとアンリを抱きしめた。


「女神様はそんなことなさらなくていいんです。ダークエルフが裏切ることがあれば、私が殺しますから」

「え?」

「女神様は本当に女神様です。このような慈愛をお持ちなのですから」


 ドロテアがアンリの胸に顔をうずめてくる。


「女神様はご自分の思うように動いてください。私が支えますから」

「え、あ、うん……」


 アンリは突然のことに戸惑うばかりだ。

 ドロテアは思う。アンリは何もワガママを言っていない。アンリは勝手に天から降臨させられ、人間たちは無理な要求をした。そしてアンリに矢弾を撃ちかけ、殺そうとした。しかし、アンリは何も言わなかった。人間はしかるべき罰を受けても仕方ないはずだ。それでも、アンリは人間のために命を張って戦ってくれている。誰もアンリに感謝しようとも守ろうともしない。ならば、自分がアンリを守らなければいけない。

 アンリを恨むなんてもってのほかだ。ゲオルグを撃ったときは、アンリの登場を恨んでしまった。今は敵であるブリタを助けようとするのを許せなかった。しかし、そんなものは自分のちっちゃな虚栄心ではないか。


「よ、よく分からないけど、分かった。いつもありがとね。ドロテアのおかげで、だいぶ助かってるよ」


 この世界に来てから、ドロテアに頼りっぱなしだ。この世界の習慣や料理も分からないし、人間には恨まれるしで孤立しがちだが、ドロテアが必ず間に立って調整してくれていた。この前の戦いでも助けてもらっている。


「女神様……」


 ドロテアはアンリの胸で泣き出してしまった。


「ああ、うん……よしよし……」


 なぜ泣き出すのか分からず、アンリはドロテアの頭をなでることしかできない。


「メリエルもやる?」


 そばでメリエルが無表情に見つめてくるので、アンリは苦笑して冗談を言うしかなかった。


「いいや?」


 そして素っ気なく断られてしまう。


「だよね……」


 この異世界で仲間と親交を深められるのはいいことだ。アンリはそう思い、すべてを済ませることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る