第19話「休息」

 エフエンデ砦の戦いは、連合軍の勝利で終わった。

 砦を守っていた将は討たれ、残った魔物は連合軍に吸収された。

 食料や武器も獲得し、当初の目的は果たしたが、被害は思った以上に多かった。主力のオーク隊は壊滅的で、次回は戦い方を考えなければいけなそうである。

 魔物の生態は明らかになっていないが、闇から無尽蔵に生まれてくるものではないようだ。生殖行動はしないが、魔力をため込み、その魔力を使って生み出しているのではないかと言われている。基本は魔物の種族単位だが、高位の魔物は他の種族を生み出すことも可能という。

 魔物は戦争で魔力を得ることができるが、そもそも数を減らしてしまえば、プラスマイナスゼロ、ということだった。

 それでも、戦士を育てるのに二十年近くかかる人間より、個体を増やすことに優れているのは間違いない。

 エフエンデ砦はだいぶ傷つき、防衛に使うのは修復に数ヶ月は必要と思われた。だが、軍団をとどめておくための拠点としては十分である。


「さすがは女神殿、魔神のような働きだったな」


 それはボリスのアンリへの賛辞だった。当然皮肉である。

 アンリが引き受けたダメージを合計すると、いったい何人の人を殺せるだろうか。

 だが、アンリ自体は目立った戦功を挙げていない。すべてボリスのいいとこ取りな戦いだった。

 スタファンからは特に何も言われなかった。軽傷を受けたとかで、アンリを訪ねてこなかったのだ。おそらく怪我はたいしたことなく、ただ会いたくないだけだろうとアンリは推測する。この世界に召喚されてずっとそんな調子だから、いちいち腹も立ててられない。それに、軍団長としての苦労も理解できる。

 代わりにドロテアから、いろいろ豪勢な料理を提供してもらっていた。これまで質素なものばかりだったが、砦にため込んであった食料のおかげで、連合軍の食糧事情はかなり回復したのである。変なお世辞より、よっぽどこっちのがいい。

 一応、功労者として砦に一室もらえることになったが、アンリは断っていた。

 それは血みどろの戦いをしたばかりの場所で、寝泊まりしたりご飯を食べたりする気になれなかったからだ。

 今は砦の外に簡単な家を作って、そこで待機している。家といっても、魔神を使って大雑把に木を切ったり組み合わせたりして作ったもので、子供が作った工作レベルである。それでも雨をしのげる家になっているのが、魔神のすごさといったところか。ちなみに、風は防げない。

 制服はこの前のヘッドスライディングでボロボロになってしまったので、修理をお願いしていた。代わりにハイウエストでひらひらなドレスをもらった。こんなの着られないと抗議したが、「戦時に何を言っているんだ」「これでも配慮したんだぞ」という顔をされ、引き下がった。きっと高級品なのだろう。


「よくお似合いですよ!」


 ドロテアは褒めてくれるが、どう考えても似合ってない。自分はただの陸上少女。ドレスなんか着ても笑われるだけだ。

 スカートが地面をこすってしまいそうなほどに長いが、こういうものらしい。これでは走れないじゃないかと、アンリは不満だった。

 メリエルのような大人の女性が着たらよく似合うんだろうなと思う。


「いいんじゃないか?」


 メリエルは特になんとも思っていないようだった。ただ興味がないだけなのか、評価に値にしないレベルなのか。これはこれでショック。

 

「それで、次の目標は?」

「いよいよ王都奪還だ。エフエンデ砦を制圧したことで、人間たちの士気が高まっている。この連合軍に参加すると言ってきた集落がいくつもある」


 作戦会議にはいつも蚊帳の外であるアンリは、食事をしながらメリエルとドロテアから報告を受ける。


「ずっと負け戦でしたので、この勝利の意味は非常に大きいんです! みんな、人間も魔物に勝てる、と自信を持ちました! すべて女神様のおかげです!」

「ははは……」


 キラキラした目で褒めてくるドロテアには困ってしまう。

 ドロテアは女神らしい姿をと、このドレスを推してきたのだろうが、自分は女神なんかではない。ただの人間だ。戦争では頑張っているが、まったく女神らしいことはできていない。

 実際、兵士たちの言葉も、ボリスと同じ内容だった。


「魔物どもをバッサバサと切り裂いていく様はまさに魔神!」

「気持ちいいくらいに真っ二つだよな。恐ろしい……」

「魔神様が敵だったら……。おっと縁起でもねえ……」


 そんな声が上がっているのは、アンリの耳にも自然と入っていた。

 けれどこれには、前のように、裏切り者呼ばわりされるよりかはいいと、アンリは思っている。


「しかしな、いいことばかりではない」

「どういうこと?」


 メリエルの声に珍しく影があった。


「相手方も、この戦いのあと大きな変化が起きたのだ。魔将同士は基本的に干渉しないことになっているが、奴らが派閥を作るようになった」

「派閥?」

「人間と魔物が組めば脅威となると分かったのだ。だから、魔将同士で手を組んで対抗しようという動きがある。むろん、すべてが一つになったわけではない。それぞれ地理的に利害のある者が手を組んだ、といったところだ」

「……つまり、敵が強くなったということですか?」

「そうだな。我らが戦っているグィードは王都を制圧し、魔将の中では戦力のあるほうだが、領土的野心はなく、王都に閉じこもっていた。しかし、今回砦を失ったことで慌てている。近隣の魔将と接触しているようだから、王都奪還では二人以上の魔将と戦うことになろうな」

「二人以上……」


 アンリは魔将ボリスとやりあったので、その強さをよく知っている。一対一ならば勝機はあるかもしれないが、他の魔物もいると確実に勝てない。

 グィードとその手を組んだ魔将の強さは分からないが、ボリス程度と考えると苦戦は必至だ。ボリスとアンリで二人を押さえることはできるかもしれないが、三人だった場合どうすればいいのか……。

 アンリも食事の手が止まってしまう。

 魔神は魔法が使え、ただでさえ強いのにもっと強いことは証明されている。しかし、魔法には欠点があり、大量の魔力を消耗し、尽きたら行動できなくなってしまう。王都奪還はこれまで以上に激しい戦いとなるだろう。魔力、そしてアンリの体が持つのか心配になってきた。


「勝てるのかな……」


 もともと魔物が人間より遙かに高い戦闘力を持っているから、人間は負け続け、領土を奪われた。それを覆すのだから、どれだけ苦労が必要なのか。

 魔神があっても、一人の人間でしかないアンリにとっては気の重い話だった。


「あまり気負わないでください。女神様のことは頼りにしてますが、私たちだって戦えるんですから」


 ドロテアが微笑む。

 アンリにはドロテアのほうが女神に見えた。

 そうだ。女神とは人に対してかくあるべきなのだろう。人に希望を与える存在でなくてはならない。


「そういえば、こっちに魔将が増えたりはしないの?」

「難しいな。そもそも魔物は人間を下に見ているから、対等に組むという考えがあり得ない。こうして共同しているほうがおかしいのだ」


 メリエルはそう言ったが、それは人間も同じだと思った。魔物を嫌悪するあまり、かつて魔物と手を組むアンリの意見は真正面から否定されている。


「ボリスは相当変わり者なんだね……」


 考えてみれば、ボリスは凶悪な魔物なのに普通に話すようになっている。基本的に相手を見下しているが、それで軽んじて殺したりはしない。戦闘を楽しむというのは理解できないが、割と理性的なので親しみやすいのだ。もちろん、相手は平常時でもアンリの二倍近く高さがあるので、目の前に立たれるとちょっと怖い。

 ボリスは強敵と戦うことを望んでいるので、情勢が不利とはいえ、敵に寝返ることはなさそうだ。


「ダークエルフは他にはいないの? 仲間とか家族とか」


 ダークエルフは魔物に仕えていると聞いていたが、メリエル以外のことは知らなかった。


「それぞれ魔将についている。こっちにつくかといえば、可能性は低いな。ダークエルフは種族を残すために魔物についているから、わざわざ寝返って恨まれるようなことはしない。それにあたしは独り者だ、親も子もいない」

「そうなんだ……」


 メリエルのように有能な者が一人でも多くいればと思ったが、そううまくはいかないようだ。


「でも、可能性はあるんだよね?」

「うん? まあ、なくはないが」

「ダークエルフの安全が保証されればいんだよね。なら、私たちが魔将を倒して、ダークエルフを解放してあればいいんじゃない?」

「なるほど。将来的に我々が魔将を上回る力を持てば、それもあり得る。むしろ、そうなれば向こうから付き従ってくるだろう」


 長いものに巻かれろ。そうやって厳しい生存競争を勝ち抜いてきた種族なのだ。本家であるエルフは、魔物に滅ぼされたと言われている。生き残りの噂も聞くが、確かではなかった。

 アンリには一つ目標ができた。ダークエルフの解放。ダークエルフが言われているほど悪い種族ではないのは、メリエルを見ていれば分かる。魔将を倒し、メリエルの一族を味方につけられれば、連合軍も助かるし、ダークエルフも救えるかもしれない。


「おい、大変だ!」


 そう言って突然、男が入ってくる。

 アンリにドアを作る技術がないためドアはなく、布が下がっているだけなので、ノックを忘れたのだろう。


「あ、女神様、すみません……」


 男は頭を下げる。


「どうしたんですか、隊長?」


 この男は、ドロテアがもともと所属していた部隊の隊長であった。初戦で負傷して、一時戦線を退いていたが、怪我が治ったので復帰している。


「グィード軍の使者が来たんですが、交渉が決裂して……」

「交渉?」

「はい……。降伏勧告です」


 それには誰も応じないだろうなと、一同はあきれ顔をする。


「それが……その内容が……」


 隊長はつばを飲んで、言葉を続ける。


「市民を皆殺しにされたくなかったら降伏しろ、というもので……」

「なっ!?」


 人質だ。

 魔将グィードは、王都の市民50万人をまるごと人質に取り、降伏せよと脅してきたのだ。


「なんてこと……」


 交渉が決裂したってことは、どういうことなのだろう。アンリは考える。市民が殺されてしまう? スタファンはどうしてそれを断れた? 何か考えがあるのか?


「伏せろ!」


 突然、メリエルが叫ぶ。

 それと同時に隊長の足を払い、転倒させる。

 次の瞬間、隊長の首があった場所に、ナイフが走る。


「敵!?」


 アンリはテーブルの陰に伏せ、食事用のナイフを構える。

 襲撃者は暗殺に失敗し、隠れるのを諦めたのか、入り口から堂々と姿を現す。


「ダークエルフ!?」


 褐色の肌をした長身。メリエルと同じように耳がとがっている。

 間違いなくそれはダークエルフであった。

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