第18話「大将」

 連合軍は砦内部へとなだれ込んでいく。

 スタファンの突入に続き、城壁を強引に破壊、またははしごをよじ登って、次々に中へ入っていった。

 敵の攻撃に耐えるだけの苦痛が終わり、人間もゴブリンも、連合軍の兵士たちは生き生きとしていた。逃げるグィード軍の魔物に猛追を加える。


「一気に追い込め! 仲間の仇を取ってやれえ!!」


 スタファン自らも追撃に参加している。もはや彼を止めるものはいなかった。彼こそが反撃の象徴であり、猛攻撃をあおる銅鑼だった。

 グィード軍はアンリの活躍もあって、オークやゴーレムなどの大型魔物はほとんどいなくなっていた。大砲もあらかた破壊してあるので、連合軍は安心して進軍できた。

 グィード軍の攻撃が弱まった隙を利用して、アンリはドロテアとメリエルとの合流を果たす。


「女神様!」

「ドロテア! 助かったよ!」


 出会うなり、アンリはドロテアに飛びついて抱きしめた。

 戦場で仲間と出会うことがこんなに嬉しいこととは思わなかった。ドロテアの温かさ、柔らかさに、戦で毛羽立った心が安らいでいく。


「ちょっと女神様……」


 ドロテアは恥ずかしさと恐れ多さに顔を真っ赤にする。


「メリエル、来てくれてありがとう!」


 今度はメリエルにハグしようとするが、長い腕で頭を押さえつけられ、ハグできなかった。


「今はいい。それより、魔神は動かないのか?」


 メリエルは魔神の足に触れる。

 魔神は魔力が切れて動かなくなっていた。アンリは仕方なく、魔神から脱出し、生身で戦おうとしていたのだ。


「うん、魔力切れで……」

「そうか……。ここは危ない。まずは本隊と合流しよう。スタファンたちがこっちに向かっている」

「そうですね」


 魔神が動かないのであれば、自分はお役御免だ。あとはスタファン率いる歩兵に砦内を制圧してもらおう。


「親玉は見たか? ブリーフィングで、グィードの配下が指揮を執っていると話していたが」

「ううん。見てない。……そういえば、ボリスも」


 開戦は一緒に上空で敵の攻撃を引きつけていたはずだが、しばらくボリスの姿を見ていない。いったいどこで何をしているのだろう。


「もしかして……」


 ドロテアが不安そうに言う。


「裏切ったんじゃないですよね?」


 アンリはびっくりしてメリエルを見る。

 メリエルはボリスの配下。何かを知っているのではないかと思ったのだ。


「どうだろうな。ボリスは戦闘を楽しむお方だ。敵と組むのが面白いと思えば、そうしている可能性もあるが」


 やはり魔物と組むんじゃなかった、アンリは心の中で叫ぶ。魔物が何を考えているか、何をしているかなど、把握できるわけがなかった。

 そのとき、砦の一棟から何かが飛び出してきた。天井を貫いて、空へと飛び上がる。


「なにっ!?」


 見たことのない悪魔が翼を広げて飛んでいる。

 レッサーデーモンより二回りぐらい大きく、筋肉質な体つきをしている。しかし体が大きい分、翼が見合わず小さく感じる。


「あれがここの大将?」


 見た目でいえば、これまで砦で戦ってきた魔物よりも強そうに見えた。巨大な槍を持っていて、戦士としての風格を感じさせる。大将であるかは分からないが、指揮官なのは間違いないだろう。

 悪魔は上空からきょろきょろと何かを探しているようだった。

 何かを見つけたのだろう。しめた、といった顔をしてすぐ、その方向は降下を始める。


「いいぃぃぃ!? こっち来たーっ!?」


 むろん、悪魔は一直線にアンリたちのほうへつっこんできた。


「逃げろーっ!」


 メリエルが叫ぶ。

 悪魔は降下して加速をつけながら槍を構え、そして突きつける。

 アンリはもうダメだと思いながらも、わずかな可能性にかけてヘッドスライディングを敢行する。

 地面に滑り込んで、全身がすり切れる。

 しかし、悪魔の目標はアンリではなかった。

 悪魔は槍を魔神の胸に突きつけていた。魔神は地面に叩きつけられ、ものすごい音をして倒れる。

 その衝撃で土埃が上がり、何も見えなくなってしまう。

 ドロテアとメリエルは無事なのか。巻き添えをくらっていないか。アンリは砂の入った目をこすりながら、土埃の中を探す。

 魔神は殺しても死なない奴だ。今気にする必要はない。


「ドロテア……。メリエル……。ごほっごほっ……」


 何か硬いものにぶつかった。

 アンリが顔を上げると、それはとても巨大なものだった。

 赤い悪魔。これまで姿を消していたボリスがそこにいた。


「ボリス……」


 ボリスは魔法で巨大化していた。

 通常は3メートルぐらいだが、今はその倍ぐらいに膨れ上がっている。ボリスはそのビル3階分ぐらいの高さから、アンリを見下ろしていた。

 足を一歩でも動かされたらアンリは踏み潰されて死んでしまうだろう。

 ボリスの表情から何を考えているか読み取れなかったが、何をされるか分からないという恐怖を感じる。


「これまで何をしていたの!」


 勇気を振り絞ってアンリは叫ぶ。

 同盟者として、ここで引いてはいけないと思ったのだ。

 そこにズシンと、重いものが地面に落ちた音がした。

 振り向くと、さっきの悪魔だった。


「女神様、逃げて!」


 土煙の中から出てきたドロテアに手を捕まれる。


「でも……」

「でもじゃありません!」


 ドロテアの言うことは分かる。ボリスが何を考えているのかは分からないが、巨大な悪魔二匹に対して、人間ができることなんてないのだ。

 悪魔が手足を広げて槍を構える。その重さで地面が震える。


「ああ……」


 アンリは後ろから恐ろしい圧力を感じるが、前にはボリスがいて逃げられない。まさに前門の虎後門の狼だった。

 悪魔が攻撃の動作に入る。槍を引き、渾身の突きを放った。

 この距離で逃げられるわけがない。


「きゃっ!?」


 アンリはドロテアを押し倒し、かばうように覆い被さる。

 しかし、槍がアンリの背中に突き刺さることはなかった。


「ひいっ!?」


 代わりに、巨大な槍がアンリの真横に落下してきた。すべて金属でできた槍は地面にめり込む。

 あと10センチずれていたら、アンリは潰されて即死していただろう。


「交渉決裂だ」


 ボリスは静かに言い放つ。

 悪魔の背からは腕が生えていた。……ボリスの腕だ。

 ボリスの徒手空拳での突きが悪魔の腹を貫いたのである。

 ボリスは腕を抜き取り、悪魔を蹴り飛ばした。

 悪魔は建物に衝突して、建物を豪快に破壊する。しばらく痙攣していたが、そのうち動かなくなった。


「どういうこと……」


 アンリには何が起きているのか分からなかった。

 悪魔とボリスが同時に現れたと思ったら、その悪魔をボリスが倒してしまった。どうやらボリスが悪魔を組んでいたわけではなかったらしい。


「聞いていないのか?」

「え? なんのこと?」

「城主と交渉することになっていた。だが、奴は首を縦に振らなかった。砦の戦力を取り込めれば、戦力増強になるはずだったがもったいない」

「そんなの聞いてないっ!!」


 アンリは本当に何も聞いていなかった。

 連合軍の方針は基本的に首脳と側近たちが決めている。アンリは常に蚊帳の外で、大まかなことしか聞かされていない。

 きっと信用されていないのだ。魔神という強大な力を持っているから、情報を多く知ったことで余計なことをされても困る、と。

 ボリスが突然姿を消したのは独断ではなかった。隙を見て、砦の大将を交渉し、降伏するよう促していたのだ。しかし、交渉は失敗。追い詰められた大将は、連合軍の主力である魔神とボリスを殺そうとしたが、ボリスに一撃で仕留められてしまった。

 槍を刺された魔神は地面に情けなく倒れているものの、まったくの無傷であった。


「そんなぁ……」

「女神様、重いです……」


 そこでアンリは、ドロテアを押し倒したままだったことに気づく。


「ご、ごめん」


 アンリはすぐにどいた。


「どれ。あとは残存兵をどれだけ取り込めるかだが」


 ボリスはアンリたちのコメディには目もくれず、飛びだってしまう。

 大将はすでに討ったと、グィード軍の魔物たちに降伏勧告するのだろう。


「やったこと、無駄だったのかな……」


 自分では命がけで頑張ったつもりだった。しかし、自分は何も成し遂げていない。ボスはボリスがいいとこ取りで、一人で倒してしまった。徒労感で悲しくなってくる。


「そんなことない」


 というのはメリエル。


「ボリスも、アンリの陽動がなければここまでできなかったろう。お前が果たしたことの意義は大きい。誇れ」

「メリエル……」


 アンリはこのメリエルの姿勢が好きだった。ボリス配下でありながら、発言は常に自分本位。誰にもはかばかることなく、褒めるし批判もする。


「女神様、怪我をされています!」

「え?」


 ヘッドスライディングした擦り傷は分かっていたが、足を見ると真っ赤になっていた。


「いつつ……」


 意識したせいか、急に痛みを感じた。

 とても立ってはいられない。いつの間にか銃弾を受けていたようだった。


「すぐ手当しないと!」


 ドロテアは軍服のポケットから包帯を取り出す。


「あ、ちょっと待って」


 アンリは以前、銃で撃たれたときのことを思い出す。

 悪魔であるボリスと交渉したのを村人に恨まれたときのことだ。左足を撃ち抜かれながらも必死に逃げ切り、魔神と出会った。しかし、気づいたときには傷が治っていたのだ。


「手を貸して」


 アンリはドロテアの肩を借りて、魔神に乗り込もうとする。


「血ってこれでしょ?」


 アンリが魔神のシートに座ると、触れた場所が血で汚れる。

 しかし血は、染み込むように消えていった。足の怪我も初めからなかったかのようにキレイさっぱりなくなっていた。

 そして、アンリがイメージしたように、魔神は立ち上がる。


「はじめに魔力を与えたのは私だったんだ……」


 あのときも、魔神がこのように足から流れる血を吸ったのだ。そして操者であるアンリの傷を魔法で治した、ということのようである。


「アスラ、答えて。私の血で動くってことは、私にも魔力があるってこと?」


 アンリは魔神アスラに問いかける。


『魔力はわずかだが人間にもある。しかしお前は格別だ。他の人間とは比べものにならぬほどの魔力を秘めている』

「へえ……」

『魔物はその存在自体が不安定な生き物だ。人間より優れた力を持ち、多様な進化を遂げたが、魔力なくては存在できない。だから魔物は魔力供給のために人を襲うのだ』

「迷惑な存在ね……」


 素直な感想だった。


『人間とて同じではないか。腹が減ったら飯を食うだろう? 生きるために動植物の命を奪う』

「あ……」


 アスラの言う通りだった。

 人間は植物と違って光合成ができない。エネルギーを取り込むためには、他の生物から奪うしかないのだ。植物なら食べても構わないという議論もあるが、植物の営みを邪魔しているのは事実だ。

 魔物も人間も同じ。どちらも食物連鎖の頂点として競う立場にあり、どちらがいい悪いとも言えないのだ。

 そう考えると、人間と魔物の戦いはまさに生存競争だ。勝ったほうが生き、負けたほうが滅びる。自分が人間だから人間に肩入れをするけど、条件は同じで、魔物が勝っても文句は言えないのかもしれなかった。


「そういえば、私に魔力があるってことは、私も魔法使えるのかな?」

『何を今さら。すでに使っているではないか』

「え? なに?」

『魔神を操っている』

「あー」


 なんか残念だった。

 魔法なんだから火を起こしたり、ワープしたりしてみたかったのだ。

 もっとも、炎の剣を見るに、魔法ですごいことをするとあとで反動は大きそうだが。

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