第17話「スタファン」

「これ以上、手間取っていては取り返しがつかんことになるぞ……」


 本陣において、スタファンは苦虫をかみつぶした顔をしていた。椅子から立っては座ってを繰り返し、落ち着きがない。

 人間と魔物の連合軍は、いまだ城門を突破できていなかった。

 人間は死んだら生き返らない。それは魔物も同じで、数に限りがある。そのため、戦争ではできる限り消耗を抑えるのが鉄則だ。

 攻城戦において、城門を破るのに犠牲はやむを得ないが、あまりに時間がかかりすぎていた。

 遠くから攻撃できる大砲がたくさんあれば、攻城側も優位に進めることができたはずだ。城門を打ち破り、城壁を飛び越す攻撃ができるので、城の堅牢さはほとんど価値がなくなる。

 しかし、今の連合軍に残された大砲は3門。城門を破壊し、城壁をよじ登るという、原始的な戦争方法を行っているのが、この遅れの原因だ。


「もういい、俺がいく!」


 スタファンは愛用の長剣を取る。

 これでもだいぶ堪えたほうだった。前回の戦いで、自ら戦おうとしたのをあとで副官らに指摘されていた。大将は本陣にどっかり座って、部下の報告を待たねばならないと。

 しかし、今回も待てども待てども、聞きたくない報告ばかり。失敗する作戦ならば、初めから無用だったのではないかとさえ思えてくる。

 他になり手がいないから、指揮官を務めていたが、スタファンは根っからの戦士。後方で戦況を見守るのは好きではなかった。自分の力で戦況を変える、それが戦士の本分であると自負している。


「おやめください!」


 側近がスタファンの行く手を阻む。


「いつまでここで眺めてればいいんだ! 仲間が死んでるんだぞ!」

「それが大将の勤めです!」

「知るかっ! それなら、こんな役目降ろさせてもらう!」


 スタファンは軍服のバッジをすべて剥ぎ取り、かなぐり捨てた。


「軍団長殿!」

「お前が代われ。俺は戦場にいく」


 指揮官が不要だとは思わないが、自分のやる仕事ではない。

 止めようとする側近の腕を強引に振り払った。

 スタファンは一直線に前線へ向かう。

 そして、城門に槌を打ち付けているオークに話しかける。


「投げろ!」


 しかし、オークに言葉は通じず、首をかしげる。


「投げろと言っている!」


 スタファンは、ボールを投げるようなジェスチャーをする。

 オークもそれをマネしてみるが、スタファンの意図がつかみきれず、不思議そうな顔をしていた。


「投げるんだよ! この壁の向こう側へっ!」


 手を下から上へ、上から下へ。飛び越すような動きを見せる。

 オークは合点がいったのか、ぽんと手を打つ。

 そしてスタファンをやにわに、その大きな手でつかむ。


「投げろぉーっ!!」


 スタファンの威勢のいい声に合わせて、ありったけの力で城門の上めがけて投げつけた。

 人間ならば、たとえオークのような怪力があっても、決してこんなことをやらないだろう。しかし、これはオークだ。投げたあと、人間がどうなるというところまで、考えが及ばない。

 その異常事態を皆が口をあんぐりと開けて見ていた。

 大将のスタファンが空を飛んでいる。

 スタファンは15メートルある城壁を軽々と飛び越え、反対側に回ることができた。しかし、人間は飛んだら落ちることしかできない。


「うおおおおーっ!」


 スタファンは剣を逆手に持ち直し、偶然下にいた敵のオークに突きつける。

 長い刀身はその頭をまっすぐ貫いた。

 そして、オークの大きなボディをクッションにすることで、無事着地をやってのけた。

 スタファンは剣を強引に引き抜き、すぐ次の行動に移る。

 突然のことで何が起きているか分からないでいたゴブリンに、剣を突き入れる。剣は引き抜かず、刺さったゴブリンごとぶん回し、周りにいた同僚に叩きつけた。

 魔物たちはスタファンの突然の登場に度肝を抜かれたが、相手はたった一人。確実な勝利を確信して、侵入者を囲むようににじり寄ってくる。

 しかし、スタファンは決して怖じない。


「どけえぇぇぇ!!!」


 剣をハンマー投げのハンマーのように振り回し、近寄るオークめがけて振り下ろす。

 常人では振ることさえできない長剣の長さと重さ、その遠心力から生み出された力により、オークの極太な足が切断される。

 オークは苦悶の声をあげて、その場に倒れ込む。

 スタファンは続けて剣を振り回し、近くにいるゴブリンらも巻き込んでいく。

 ゴブリンもやられまいと剣で受けるが、剣ごと断ち切られてしまう。

 こんな人間見たことない。

 魔物たちは鬼気迫るスタファンの勢いに圧倒されていた。

 数の上では絶対有利なはずなのに、この人間は関わってはいけないと、魔物にもある生物としての本能が訴えかけてくる。

 ゴブリンたちは逃げ出し始めた。


「グィード軍など恐れるに足らん! 戦士たちよ、俺に続けい!!!」


 スタファンは逃げ惑う魔物を見て、猛々しく叫ぶ。

 その怒声は壁の向こう側にも届いていた。人間も魔物も、その声に「おー!」と応えた。





 まさに鬼に金棒。

 アンリは炎の剣で、グィード軍の魔物を次々に撃破していく。これまで苦戦していた弾の雨も、炎の剣が防いでくれている。

 さっきまで一方的にやられていたアンリに負けるわけにはいかないと、魔物たちは決死の覚悟で自爆攻撃を仕掛けてくるが、近づくことすらできなくなっていた。

 アンリは魔神の翼を広げ、大砲を撃とうとしているゴブリンに剣を叩きつける。砲弾に引火し、周囲の者を巻き込んで爆破する。

 敵を倒し、砲台を破壊して回ったことで、砦内部の脅威もだいぶ下がっていた。魔物たちは城の内部に隠れ、ちまちまと攻撃するようになっている。


「あと一息!」


 石造り建物など、5メートルの大きさを誇るアスラにとってはたいした障害にならない。監視塔ぐらいならば、大剣で叩き切ることもできるだろう。

 しかし、突然、剣に纏っていた炎が消える。


「え? どういうこと?」


 体が重くなっていることにも気づいた。

 魔神はアンリが頭の中で描くイメージ通りに動いてきたが、少し遅れているようで、剣を振るタイミングが合わなかった。


『魔力切れだ』


 アスラと名乗った謎の声が応える。


『魔物は魔法の力なしでは、その存在を保てなくなる』

「どうすればいいの?」

『血だ。魔物の血を浴びろ。さすれば、魔力を吸収できる』

「血……」


 血には心当たりがあった。

 これまでの戦いでアスラは何度も、魔物の返り血を浴びていたが、その血はすぐに消えていたのだ。

 それに、胸を貫かれて空いた穴も、ボリスの血を浴びたあと、その血が消えるとともに修復していた。


「魔物を倒せってことね」


 魔物を殺して生きる魔神。

 血を浴びてエネルギーとするとは、なんとも恐ろしい話だが、手段はとても簡単だ。ここは戦場、そこらにいる魔物を狩ればいい。

 しかし、オークなどの大型の魔物はすでに姿が見当たらない。小さい魔物は建物の中だった。


「倒しすぎた……」


 炎の剣で、相手の血液ごと蒸発させてきたのが裏目に出た。

 どうしてそんな重要な情報を先に教えてくれないのか。頭に響く声の主に言ってやりたかった。

 アンリが逡巡していると、魔神の体に何かがかかった。

 液体。匂いですぐに分かった。

 油だ。塔の高さを利用して、油を上から注いだようだ。

 まずいと思ったときには遅かった。スケルトンが火矢を放っていた。

 魔神が火に包まれる。


「あぅ……!?」


 魔神の体自体が燃えることはないが、中の人間は蒸されてしまう。

 アンリは火を消そうと、その場に転げ回る。

 5メートルの巨体が転がっている様子はシュールであったが、命がかかっているアンリはまさに必死だ。

 土に体をこすりつけることで、火はなんとか鎮まった。


「危な……」


 アンリは建物や壁から離れる。

 また高いところから油をかけられては、たまったものじゃない。


「ん……あれ?」


 アンリは動こうとするが、動きが遅い。魔神がアンリのイメージ通りに動かなかった。

 そして完全に動きが停止する。


「ちょっと、もしかして……」

『魔力を使い切ったな」

「ウソでしょー!?」


 敵の砦のど真ん中で立ち往生。

 魔神がどんなに強くても、動けないのであれば、ただのでくの坊である。敵に取り囲まれたら、中のアンリはどうなるか分かったものではない。

 それにしても、恐ろしいほどの燃費の悪さだった。多くの魔物がはびこるこの世界で、どうして魔法にめったに目にかかれないのかが分かる。この世にないものを実現させるのには、かなりの無理がいるということかもしれない。


「なんとかならないの?」

『血をよこせ』

「動けないんだから、魔物も倒せないでしょ!」

『お前の血で構わん』

「馬鹿言わないでよ!」


 血をよこせと言われても困る。献血ではないのだ。人にあげるのと魔神にあげるのでは、意識的に全く異なる。それにどうやって血をあげればいいのだ。


「開けて。脱出する」


 その命令とともに、胸と腹が分かれて上下に開く。まだわずかに魔力はあるようだった。

 アンリは護身用の拳銃を持って、魔神から飛び降りる。

 魔物たちも馬鹿ではない。魔神が停止して、中の人間が降りてきたのを見て、銃撃をしかけてきた。


「うっ!?」


 アンリはとっさに魔神の裏に隠れる。

 銃弾が魔神に当たって弾けた。

 アンリは様子を見ようと頭を出すが、すぐに第二射が来て引っ込める。


「まずい、まずすぎる……」


 銃で武装した魔物たちは、建物内部から撃ちかけてくる。

 こっちは拳銃のみで、反撃すらできなかった。

 さっきまで魔神の重装甲で豆鉄砲のように感じていた弾丸の一発一発が恐怖だ。

 アンリは考える。このままここで耐えしのぐか、仲間のもとに逃げるか。

 スタファンたちは城門を破れたのか。今どの辺りにいるのか。情報がまったくなかった。アンリは何も確認せず、一人で自分勝手に戦っていたことを思い知らされる。

 もしかすると全滅しているかもしれない。協力して戦っていれば、こんなことにならなかったかもしれない。

 魔神という、戦況を変えるほどの力を持っていながらこのザマとは。まさにアスラの言った通りだった。


「自分でまいた種。なんとかしなきゃ……」


 アンリの心は責任感に支配されていく。

 偶然、大きな力を得ただけで重責を任されていたが、ただの女子高生に戦争はあまりに重すぎた。

 アンリは敵中突破を試みる。拳銃を胸の前に構え、飛び出そうとする。

 次の瞬間、魔物たちのいた建物が吹き飛んだ。

 上空に石やコンクリートが巻き上がる。どうやら大砲の弾が撃ち込まれたようだった。


「え!? どこから?」


 アンリは弾が飛んできた方向を見る。

 ドロテアとメリエルだった。

 敵から奪った大砲を撃ち込んでくれたのだ。アンリに向かって手を振っている。


「ああ……」


 本当に自分は何も見ていない。

 仲間がすぐそこにいたのだ。


「ありがとう!」


 アンリは力一杯に手を振った。

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