第16話「アスラ」

 壁が崩れる音を聞きつけて、監視塔の守備を任されていたゴブリンが駆けつけてくる。

 そして、壁にぽっかり空いた大穴に言葉を失ってしまう。

 影に隠れていたメリエルは、後ろから静かにゴブリンの喉元をナイフで引き裂いた。ゴブリンも、まさか人が空けた穴とは思わなかっただろう。


「塔を制圧する。この狭い空間なら有利だ」


 メリエルが言う。

 この塔は人間のために作られたもの。人間より大きい魔物は入れない。

 通路や階段も狭いため、どうしても一対一の戦いになってしまい、数が少ない二人にとって有利な場所だった。

 メリエルは階段を駆け上がる音を聞いて、次のゴブリンが飛び出してきた瞬間にナイフを繰り出す。

 胸の急所を一突き。ゴブリンは苦悶の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちた。

 続いて上がってくるゴブリンに向かって、今度はドロテアが銃を放つ。

 仲間の死に気づき、一歩前に進むのが遅れたため、ゴブリンは即死を免れた。

 しかし、外れた弾が狭い廊下の壁にぶつかって跳ね返り、ゴブリンの後頭部に直撃してしまう。


「ナイスシュート」

「ははは……」


 ラッキーショットにドロテアは苦笑する。


「ライフルは危ないか……」


 ドロテアはライフル銃を背に担ぎ、腰から拳銃を抜く。6発入りのリボルバー拳銃だ。

 塔の上で狙撃を行っていたゴブリンたちが降りてくるのが見えた。


「あたしが下をやる。上をお願い」

「はい!」


 下からも続々とゴブリンが迫ってきていた。

 メリエルはもう一本ナイフを抜いて投げつける。

 ざくっと頭部に命中。ゴブリンは真後ろに倒れ、後続を巻き添えにして階段を落下していく。

 そこに飛びかかかり、メリエルは一匹ずつゴブリンを仕留めていった。

 一方、上から降りてきたゴブリンは3匹。それぞれライフル銃を持っている。人間製のものだ。

 3匹は銃の照準器をのぞき込み、ドロテアに狙いを定めて発砲しようとする。


「遅い!」


 ドロテアはすぐさま拳銃を乱射する。6発すべて撃ち切り、ゴブリンらを負傷させる。

 手前の一匹は致命傷を負って倒れた。

 もう拳銃に弾はない。ドロテアは一気に距離を詰め、拳銃で二匹目の頭を殴りつける。

 三匹目の怪我は浅かった。立て直して今度はすぐに発砲してきた。

 ドロテアはとっさに腕で銃を押しやり、弾をそらす。


「はあああっ!」


 そのまま懐に入り込み、ゴブリンの顎めがけて、力一杯の掌底を放った。

 骨の砕ける音がして、ゴブリンは絶命する。

 ドロテアは三匹が動かないのを確認して、息を吐く。


「ふぅ……。うまくいった……」


 この至近距離で撃たれては、すべてが致命傷になりかねない。それにドロテアは格闘が得意なわけではなく、亡くなった師匠に一度習ったきりの技がうまくいくか心配だった。


「ありがとう、師匠……」


 魔物に対して、銃での攻撃以外有効でないから、格闘術は軽視されていた。師匠はもしものためにと、ドロテアに格闘術も教えていた。かつて勇者が対魔物用の武芸としてウルリカに伝え、その村民が伝統を守り、伝え続けていたおかげである。

 ドロテアはすぐ拳銃に予備の弾をつめる。そして、提げていた鞘からナイフを引き抜いて、銃に装着させる。狭い通路の戦いといえど、連戦するには銃剣があったほうがよさそうだった。

 メリエルはその間にも、ゴブリンを10匹程度仕留めていた。

 エルフは人間より身体能力が高く、息も持つため、こうした接近戦闘は得意だった。それにダークエルフは魔王配下として暗殺術を磨いたため、ナイフ技能は非常に高い。

 ドロテアはメリエルと合流し、押し寄せてくるゴブリンを迎え撃つ。

 敵中にわずか二人。しかし、不思議と不安はなくなっていた。





「うぐっ……。このままじゃ……」


 アンリは変わらず、集中攻撃を受け続けていた。

 魔物を剣で斬り、爪で引き裂いて回っていたが、敵はまだまだ残っている。加えて、デスナイトの登場が厳しかった。

 デスナイトとは重武装したスケルトンで、全身をフルプレートで覆い、長剣を装備している。しかしサイズはスケルトンと大違いで、3メートル以上あった。

 さしずめ、中ボスといったところである。人間であれば、倒すのに大砲を持ち出したいところだろう。

 魔法を帯びた鎧は想像以上に硬く、他のモンスターと同じように、剣が触れれば切れるというわけにもいかない。アスラなら一騎打ちであれば簡単に勝てるはずだが、砲火が激しく、まともに剣を振れる状況ではなかった。


『無様よな』


 突然、頭の中で声が響いた。


「え……」


 度重なる爆撃で耳がおかしくなってしまったのかと思った。しかし、この声には聞き覚えがある。知的で落ち着いた男性の声。以前、確かに聞いている。


『我らの体を持ってして、このザマとは』

「誰!? 何者なの!?」


 周囲を見回しても、声を発する魔物は見当たらない。


『見えるものか。我らはお前自身なのだからな』

「え……。何を言ってるの……」


 はっきり言って気味が悪い。

 声も不気味で、内容もミステリアス。こんなものと自分が同じだと言われても、気持ちが悪いだけだ。


『そうだな。名はアスラとしておこう』


 アンリが魔神につけた名だ。

 そこでアンリは確信に至る。声の主はこの魔神自身なのだ。


「あなた、魔神なの?」

『そういうことになろうな』


 あいまいではっきりしない。要領を得ないが、戦闘中に考えている余裕はなかった。


『下級な魔物に弄ばれるのも気分が悪い。どれ、力を貸してやろうか』


 アンリはその上からの物言いにむっとする。

 急に話しかけてきて、何者か明かさず、そして力を貸してやろうと来た。

 しかし、この窮地で「お前の助けなんかいらない」とは言いづらい。アンリは怒りを必死に堪える。


「力って?」

『魔物は何で動いている?』

「……魔法?」

『そうだ』


 突然、視界が赤々と染まる。

 気づくと、剣から火柱が上がっていた。剣がぼぉぼぉと燃えているのだ。


『これは我らが同胞・ブラックドラゴンの牙から作られた剣。頑丈さだけが取り柄ではないぞ。炎の力を宿している』

「ドラゴン?」

『魔力を注ぎ込めば、このように炎を纏うこともできるのだ』


 剣から炎が吹き出し続けている。

 軽く振ってみると、炎は赤い線となってきらめく。


「わあ」


 この世界に来てから一番魔法らしく思えて、テンションが上がる。

 真剣勝負をする戦場なのだが、子供心にこの魔法の剣を振り回したくて仕方なくなる。

 無論、そのアンリの心を読んだわけではないが、ダークナイトが長剣を構えて接近してきた。


「ええい、邪魔だ!」


 アンリは炎の剣で、飛んでくる矢弾をなぎ払う。炎に触れた矢弾は一瞬にして焼失。まさに魔法で消したようだった。


「いける!」


 その確信のイメージを魔神アスラに乗せる。

 横一文字切り。

 ダークナイトの頑強な装甲が、発泡スチロールを電熱線で切るかのように溶けていく。そして、上半身と下半身に別れを告げさせた。

 鋼鉄の塊である上半身が落下し、砂埃が上がった。そして、炎の剣の熱によって巻き上げられ、空へと散っていく。

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