第15話「攻城戦」

「無理無理無理―っ!!」


 アンリは戦場を逃げ回っていた。

 魔神アスラに対して、雨のように敵の攻撃が降り注いでいたのだった。

 一番手として、アンリとボリスがエフエンデ砦に攻め入ったわけだが、守勢はアンリを集中攻撃した。理由は大きいからである。ボリスは通常では3メートルだが、アスラは5メートルもある。ボリスが細身であるのに対して、アスラはがっちりとした体格をしているから、強そうに見え、そして狙いやすいのだ。

 アスラに大量の魔法や矢弾が放たれる。

 アスラの外殻は通常の攻撃で傷つくことはないが、中の人間は無事ではない。アンリは反撃できず、逃げ回るだけだった。

 グィード軍のゴブリンやスケルトンは銃を装備していた。王都の人間が提供したものである。アスラには通用しないが、人間の歩兵相手には効果絶大だ。一瞬にして全滅させることもできよう。

 この攻撃がアスラに向いているということは、スタファンの陽動作成は成功しているということだった。


「全軍、攻撃開始―っ!!」


 スタファンが長剣を振り上げ、号令を下す。

 大砲を遠くから城壁めがけてぶっ放す。ピンポイントで城門を壊すことはできないが、十分に守兵に対する牽制になり、その隙を使って歩兵たちが城壁にとりつく寸法だ。

 人間の兵士たちは、行列を作って城壁に殺到する。槌やはしごなどの道具を抱えているのが、攻城戦ならではである。

 同時に魔物たちも突撃を始める。

 この前の戦いでかなり数を減らしてしまったが、頼りになるのはオークやゴーレムである。ゴブリンが弓矢で城壁の上から射かける敵を牽制する。その間にオークたちが巨大な鈍器で城門、城壁を攻撃する。

 前代未聞の人間と魔物の共同戦線である。

 いつもの人間と人間の戦いにおいて、城壁は防衛側にとってまさに鉄壁である。しかし今回は魔物がいる。人間とは桁外れのパワーで打ち破ってくれるかもしれなかった。

 けれど、敵も人間ではなく、魔物である。しかも、人間の武器を持っているのは、普通の攻城戦とは違う条件だった。

 アンリとボリスの陽動もあって、壁下への攻撃は控えめだったが、銃の威力はやはりすごいものだ。次々に城壁の前で兵士たちが倒れていく。負傷した兵士を助けるために、他の兵士が引きずって遠くへ連れ出すから、どうしても攻め手が足りなくなってしまう。

 味方の兵士は、ゴーレムを盾にして、その後ろから動けない状態となる。

 その様子は上空のアンリにもよく見えていた。


「助けなきゃ……」


 そう思うが、自分が飛び込んでいたところで、せっかく引き受けている攻撃が城門前に集中することになる。このまま敵の攻撃を引きつけるのが一番の支援だった。

 意を決して城内の敵中に突進し、敵の攻撃をもろに受けていく。

 そのままつっこんで、地上のゴブリンたちを蹴散らす。高速で体当たりすれば、巨体にぶつかったゴブリンははじけ飛ぶ。剣を振えば草を刈るように散っていく。

 まるで戦車にでも乗った気分だった。絶対無敵の装甲で敵陣に侵入し、超火力の主砲で敵を吹っ飛ばす。爽快だ。

 しかし、戦車は決して最強というわけではない。ボディが大きい分、狙われやすく当てやすい。


「あうっ……!?」


 アンリは大砲の直撃を受けて転がる。

 人間が武器を提供しているのだ。当然大砲だってある。城内で撃つのは味方に被害が及ぶので非常識だが、そこは魔物のするところなのだろう。

 すぐにアンリめがけて次弾が飛んできた。アンリは横に転がって回避する。


「ボリスは何してるの?」


 アンリは戦場を見渡してみるが、さっきまで、自分と同様に空を飛んでいたボリスの姿は見えなかった。

 しかし不平を言っても仕方ない。サボったでしょ、と先生が叱ってくれるわけではないのだ。魔物との連携は思ったようにはいかないようだった。人間には人間の、魔物には魔物の都合がある。

 アンリは大剣を握り直し、にじり寄ってくるオークたちと対峙する。

 オークは見慣れない武器を持っていた。一見、棍棒のようにも見える。粗雑で無骨なものだが、たいして強度がないようだ。

 勇猛な戦士であるオークが慎重なのも気になる。いつもは我先にとつっこんでくるはずだ。


「何を考えてるの……?」


 あるオークが目で合図し、それを受けた者が苦い顔をする。そして、そのオークは覚悟を決めると、武器を構えて突撃してきた。

 アンリは大剣で真っ二つにする。何を考えているか分からないが、攻撃を受けてやるわけにはいかない。

 そのほかのオークも続いて突撃を開始する。

 アンリは順番に剣で引き裂いていく。

 しかし数が多すぎた。剣が間に合わず、後ろから殴りつけられてしまう。

 武器が魔神アスラに接したとたん、爆発が起きた。

 ようやく武器の正体が分かる。大量の爆弾を巻き付けた槍だ。


「う、うう……」


 アンリはもろにその衝撃を受けて、地面に倒れ込む。激しい熱と光に、頭がチカチカとして立ち上がれない。

 武器を振るったオークの姿はなかった。自分の爆弾ではじけたんだのである。

 自爆攻撃だ。

 どんな攻撃をも防ぐ外殻を持つ魔神のウワサを聞いていたのだろう。オークたちは切り札として、大砲以上に威力のある爆弾を直接魔神にぶつけてきた。

 魔神が動けないのを見ると、次々にオークたちは自爆攻撃をしかけてくる。魔神の背にいくつもの爆弾槍が突き刺さる。

 砦の中庭に巨大な黒煙が上がった。





「あれは……?」


 ドロテアは連続した爆発音のあと、高々と上がった黒煙を見つめる。城の中で大爆発が起きたのが分かる。

 ドロテアたちは、まだ城門を破れていなかった。

 思った以上に敵の抵抗が激しく、オークとゴーレム部隊に被害が出ていた。やはり近代武器で武装しているグィード軍は一筋縄ではいかない。

 ドロテアは、城壁の上から鉄砲を射かけてくる者を狙撃していたが、同じ銃同士ではどうしても上を取った者のほうが有利だった。相手はリロード中に身を隠すことができるが、ドロテアたちは常に上から狙い撃ちされてしまう。


「アンリがまずいかもしれんな」


 そう言うのはメリエル。


「そんな……」

「アンリはアスラがある。すぐに殺されることはないだろうが、いつまでも持ちこたえられるわけではない」

「なら、すぐ助けにいかないと」

「どうやって?」


 ドロテアは言葉に窮する。

 自分たちにはアスラのような翼はない。助けにいきたくても、まずはこの城門を打ち破ってからの話になってしまう。それはいつのことだろう。


「でも、見捨てられない……」


 ドロテアは悩んでいたが、アンリを受け入れると決めていた。アンリが救世主かどうかは分からない。しかし、この無謀な陽動作戦に文句を言わず参加してくれている。今まさに、自分たちに代わって攻撃を受けてくれているのだ。本物の女神でなくとも、アンリはその身を投げ出して、人間のために頑張っているのだ。


「なら、あれに乗せてもらうか?」


 メリエルは上空を指さした。

 赤い悪魔。レッサーデーモンが上空をぐるぐると旋回していた。

 今は偵察を主として、温存のため戦闘には加わっていなかった。強力で便利な魔物だが、ボリス軍にはもう数がない。


「けどどうやって?」

「こうするんだ」


 メリエルは鋼鉄製の矢に縄を結びつける。そして背負っていた弓を構える。

 大きく引き絞り、空に向かって放った。

 矢はレッサーデーモンへと飛翔し、その体に突き刺さる。


「えっ!?」


 そんな強引な方法があっていいのかとドロテアは驚く。相手が魔物とはいえ、今は味方である。


「ほら、いくぞ」


 メリエルはドロテアの手を引っ張る。

 次の瞬間、二人の体は宙に浮いていた。


「ひいっ!?」


 レッサーデーモンが矢の刺さった痛みで飛び上がったのだ。縄が引っ張られ、二人はどんどん空高くにつれていかれる。


「高い高い高い高い高い高い!」


 ドロテアは突然のことに気が動転している。

 メリエルは縄を体に結びつけ、ドロテアの体をしっかりと抱きかかえる。

 レッサーデーモン、そしてドロテアとメリエルは城壁を通過し、砦の上空までやってきた。


「はあはあはあ……。どうにかなりそうですね」

「うまくいきそうだな」

「でも、どうやって降りるんですか?」

「どこかに飛び移ろう」

「えーっ!? あの悪魔に降ろしてもらうとか、できないんですか!?」


 ダークエルフはもともと魔物寄りの存在だ。レッサーデーモンとコミュニケーションできるのではないだろうか。


「あいつ、頭悪いから無理だな。それに矢を突き刺した以上、話を聞いてもらえるとは思えん」

「そんなーっ!!」

「それじゃいくぞ」


 メリエルは縄をナイフで切る。

 その途端、体が重力に従って落下し始める。


「いやあああぁぁぁーっ!!」


 絶対死ぬ。ドロテアは確信した。

 地上まで何百メートルあるか分からない。普通の人間がこれで生きていたら奇跡だ。

 メリエルは切り離した縄を再び、矢に結びつけていた。そして、発射する。

 矢は監視塔のてっぺんに掲げられた旗を貫いた。

 旗と縄が絡みあって固定される。そこを支点として振り子のようにメリエルとドロテアは振り回される。


「やめてえええぇぇぇーっ!!」


 遠心力で外へとはじき出されそうになる。

 その力で、縄は旗をビリビリと引き裂いていく。このままでは支点を失って、本当に飛んでいってしまうだろう。


「飛ぶぞ!」


 メリエルは縄から手を放した。

 二人は振り子から投げ出され、加速のついた方向へ飛んでいく。


「ひいいいっ!?」

「あ、これはまずい」

「え!?」

「壁」


 ドロテアがメリエルの言った意味を理解した瞬間、二人は別の監視塔の壁に激突した。

 壁は思ったよりも脆かった。この砦は200年前以上前から存在し、老朽化していた。人と人との戦争でも使用され、度重なる戦いで何度も修復をしており、高くそびえるこの塔は大砲攻撃によくさらされ、防御面ではだいぶ軟化していたのだ。

 壁は二人がぶつかった衝撃によって、簡単に崩れてしまう。二人は思わぬ方法で塔の中に入ることができた。


「ごほっごほっ……」


 粉塵が舞い上がり、視界が悪い。

 ドロテアはメリエルを下敷きにしているのに気づく。


「ごめんなさいっ!」


 ドロテアはすぐに飛び退く。


「大丈夫ですか……」


 メリエルは苦しそうにしている。どうやら、ドロテアをかばって、壁にぶつかったのはメリエルのようだった。


「あ、ああ……。人間よりかは、丈夫にできてるからな……」


 メリエルはよろよろと体を起こす。

 ドロテアはすぐに肩を貸した。


「すまない。……だが無事潜入できたな」

「無事、なんですかね……」


 壁にできた大穴からは大勢の魔物が見える。無論、グィード軍の魔物だ。

 敵地に侵入することはできたが、アンリの姿は見えず、周りは敵だらけ。


「やってみるしかないだろう」


 ドロテアは折れた弓を捨て、腰から大型のナイフを抜く。


「はい!」


 ドロテアも背負っていた銃を構えた。

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