第14話「連合軍」
正式に人間と魔物は同名を組み、村長のラモンが人間側の代表となって、ボリスと交渉した。
ボリスは約束を守り、突然人間を殺すといった蛮行はしなかった。
当面の目標は、王都ボルシュ奪還と決まる。
王都は七将の一人グィードが支配している。グィードは七将の中でも大戦力を持っていて、単独で王都を陥落させた。
魔物が強力と言っても、王都には人間側の最大戦力があり、簡単には落とせないはずだった。兵士のほとんどがこの戦いで死んだため、グィードがどのようにして勝利を収めたかは伝わっていない。
市民は皆殺しにされなかった。ある意味、命を差し出したのである。人間は奴隷となり、魔物たちに食料や武具を提供している。
これはボリスが同盟締結において要求したものに近い。人間の生産する食料と武具を魔物に提供すること。魔物を兵力として供出代わりに、食料と武具をよこせというのだ。グィードと違って、ギブアンドテイクになっているのが大きな差である。
王都奪還が人間たちの反撃の足がかりになるため、村長もこれを快く受け入れた。立場はあくまでも対等。兵士もそれぞれが受け持ち、相手の兵士を使うことはできない。連携は難しいが、魔物に使役されるのは避けたいため、それが一番納得できた。
初めの目標はエフエンデ砦に決定した。
ここはもともと王都防衛の要であり、強固な防壁に囲まれた城塞である。選定の理由は、敵がエフエンデ砦に籠もると推測されたこともあるが、そこに多くの食料がため込まれているのも強い理由であった。
戦うにも食料がいる、ということである。人間側も魔物側も、これまでの戦いで兵士も減り、食料も残り少なくなっていた。足りない食料を奪えて、そこが拠点になるならば、無理をしてでも落とす価値がある。
人間軍と魔物軍は、肩を並べるように隊列を組んで進軍した。
魔物に関わりたくないという人間も多かったが、ここで慣れておかないと実戦で共闘できるはずがないという判断だった。
隣にゴブリンやらスケルトンやらが行進しているというのは、奇妙な光景であった。
人間たちは緊張していたが、もともと好奇心旺盛なゴブリンは積極的にコミュニケーションを取ろうとする。言葉は通じないが、食べ物や酒を提供すると、ゴブリンたちはたいそう喜んでいた。
「案外なんとかなるんだね……」
野営において、人間とゴブリンが肩を組んで騒いでいたので、アンリはびっくりする。
「人間とゴブリンは同じ種族だというぞ?」
そういうのはダークエルフのメリエル。
「えっ!? ウソでしょ?」
「エルフがダークエルフになったように、堕落した人間がゴブリンになったという話を聞いたことがある」
「やだな、それ……。オークも?」
「おそらくな。力を求めたゴブリンが魔法で巨大化したのかもしれん。もしくは、強欲な人間が化けたか」
考えてみれば、スケルトンやグールは元人間と言われても不思議ではない。もしかすると、魔物は魔法によって進化した生物の姿なのかもしれない。
「ドロテアはどう思う?」
しかし、ドロテアの反応はなかった。
「あ……すみません。ぼうっとしてました」
一応女神であるアンリには、人間からドロテア、魔物からメリエルがつけられていた。護衛であり、監視である。
あの魔神アスラで大暴れされたら、どちらも困るからだ。できるだけ自分たちに近い存在であってほしい。
とはいえ口出しはされたくないので、作戦会議に参加させず、そこにいるだけのゲスト扱いにしている。
アンリも、この世界のことはこの世界の人が決めるべきだと思うので、自分の待遇が悪くならないうちは何も言わないつもりだった。
「考え事?」
「はい。いろいろありましたから……」
気持ちの整理がつかないのは仕方ない。
この戦争で村の仲間を多く失った。殺した相手と手を取り合わなければいけないのも、うまく整理する必要がある。
それにドロテアは、アンリが人間たちに幸福をもたらす、女神的な存在であるのか、疑問に思っていた。
魔神アスラの力は強大で頼もしいが、それは人間の味方をしているからである。もし敵になればどうなるのか。アンリが人間なのか、それとも人間とは違う存在なのか分からないので、そう思ってしまうのだった。
そして、アンリのせいで、ゲオルグの足を撃つ羽目になってしまったのも、心のどこかで引っかかっていた。アンリが悪くないのはもちろん分かっている。でも、味方を撃つ罪悪感はいつまでも心に残り続ける。
結果的にゲオルグは自爆することなく、今も元気に生きている。前線を離れ、家族に囲まれ静養していることだろう。
「あの、メリエルさんはどうして戦うんですか?」
ドロテアが言う。
「それしか知らないからだ。殺して奪う。殺して報酬をもらう。裏切り者の一族にできることはそれだけだからな」
「人間を殺したんですか……?」
「もちろん」
メリエルは平然と言ってのける。
ドロテアは魔物側だ。魔物の敵と言えば、基本的に人間である。
ドロテアは得も言えぬ気持ちに、歯をかみしめる。
「別に憎んでくれたっていい。慣れている」
「……憎みません。それが仕事なんでしょう」
「ああ」
ドロテアは、魔物と共存するのはどういうことなのか聞きたかったが、余計に混乱することになった。敵と味方という概念が分からなくなる。
「やっていることは戦争だ。兵士はそれに身を委ねるしかない。殺せと言われた敵を殺すだけだ。それが正しいのかなんて気にしても仕方ない」
メリエルの言葉は冷たかったが、ドロテアをフォローするものだと分かった。
「強いんですね……」
「伊達に100年生きていないからな」
アンリはドロテアも強い子だと思った。
アンリが割と平常心でいられるのは、自分は部外者だからである。これが自分の両親や友達が巻き込まれて死んでいたら、こんなふうにはならないだろう。取り乱して泣き叫んでいたかもしれない。
元の世界に戻るのは、しばらく考えないことにしていた。今はドロテアたちを助けたいので、自分のやっていることが正しいかは置いておくとして、アスラに乗って目の前の敵と討つと決めた。
「さて、そろそろ寝ようかな」
アンリたちは三人で一つの小さなテントに泊まる。
アンリはドロテアとメリエルに挟まれるように寝るが、あまり落ち着かなかった。
それは二人とも武器を抱えたまま寝るからである。ドロテアは愛用の銃を抱きかかえ、メリエルは腰にナイフを提げたままだ。
アンリは護身用に拳銃を持たされているが、扱いになれていないので寝るときは鞄にしまっている。
「スタファン殿はエフエンデがどう出ると思うかね?」
「籠城で間違いないかと」
たき火を囲むように、ボリスとスタファン、そしてスタファンの部下が議論していた。
ボリスは部下を信用していないのか、自分の力を信じているのか、いつも一人で行動していた。
人間たちにとって相手は一人だけだが、ボリスは体長3メートルの悪魔。目の前にすると常に恐怖につきまとう。
「人間と魔物が手を組み、驚いているはず。何をしてくるか分からない以上、向こうから手を出してくることはありません」
「なるほど、慧眼だ」
ボリスは嫌みなく、スタファンを褒める。
「しかし、そうなるとこちらの被害は免れぬな。あの城壁を突破するには骨が折れる」
敵の主力は魔物だ。
人間が砦に籠もっているだけでも苦戦は必至。それが魔物ならばなおさらだ。
「何をおっしゃる。ボリス殿は空を飛べるではありませんか」
スタファンはにやりと笑う。
「ほう。言ってくれるな。我に城壁内部を制圧してこいと?」
ボリスはスタファンの挑発的な態度を好ましく思っているようだった。
「こちらは魔神を出しましょう」
「クッククク……クハハハハハハ!」
ボリスは突然笑い出す。
「女神は人間の駒か! 面白い!」
ボリスはスタファンを高く評価していた。自分たち人間のためならば、魔物と対等に立ち振る舞い、女神すらも利用する。その豪胆さ、貪欲さは悪魔も舌を巻くほどだ。
「いいだろう。我と女神は内部を叩く。貴様らは外から城壁を打ち破り、侵入せよ」
ボリスはズバ抜けて他の魔物より強力だが、大勢を相手にすることは難しい。戦争において、まず配下の魔物をぶつけて、強者は魔将が受け持つというのが、魔将たちのスタイルだった。
王都を抑えたグィード軍は兵士の質も、装備の質も高い。数でもこちらを上回るため、苦戦することは分かっていた。
今回はボリスとアンリが空を飛んで砦で侵入して撹乱。攻撃が弱まったところを歩兵部隊が外から攻撃することになる。
ボリスにとってかなり危険な作戦だが、ボリスはそれを面白いと言って承諾したわけだった。
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