第11話「ゴーレム」
ドロテアはゴーレムに銃弾を撃ち込む。
しかし、まるで豆鉄砲であるかのように、当たった弾は簡単に弾かれてしまう。
ゴーレムは、地面そのものを人型にして動くようにした存在だ。地面を撃ったところで、ほとんど影響が出ないのである。
「まるで効かない……」
これで何発撃ち込んだことだろう。効かないと分かっていても、兵士たちは相手の動きを止めるために銃撃を続けていた。
ドロテアの活躍もあって、オークの集団はなんとか倒すことができたが、今度はゴーレム3体が前進してきた。
体長はオークを上回る。かなりの重量で歩くたびにズシンズシンと低音が響く。動きは遅いが、ダメージがまったく通らないので、大砲を設置した場所に少しずつ接近されている。
頼みの大砲は使えなかった。連続して撃ちすぎたため、オーバーヒートしている。このまま撃ち続けると、砲身が発射したときの圧力に耐えきれず爆発してしまう。
砲士たちは懸命に水をかけて冷やしていた。
「弾が……。もうない……」
最後のクリップだった。
ドロテアはこれまでに弾薬ポーチを何度も交換したが、どの部隊でも弾切れしているのか、補給が回ってきていなかった。
大砲が使えるようになるまで、ドロテアたちは時間を稼がなくてはいけない。弾がなくなれば、銃剣頼りに突撃するしか道はなかった。
しかし、地面同様のボディを持つゴーレムになんの意味があるというのか。ゴーレムがつっこんできた人間に対して、手足を振るっている時間が足止めになるぐらいである。
「おい、お前」
ドロテアは隣にいた青年に話しかけられた。ドロテアと同じ部隊に配属になった者だ。同郷ではないため、名前は知らない。
「はい?」
「どこの村だ?」
「ウルリカですが」
男は指から指輪を外して、ドロテアに渡した。
「ハイラムのアミナに届けてほしい」
「え? ええっ……」
ドロテアには、男が死ぬ気であることがすぐに分かった。
「俺はゲオルグ。今から、あいつをぶっ飛ばしてくる」
「ぶっ飛ばすってそれは……」
「爆薬だ」
ゲオルグは鞄に爆薬を詰めていた。ゴーレムに近づいてこれで爆破してやろう、というのだ。
「でも、それじゃ……」
ゲオルグも爆発に巻き込まれて死んでしまうだろう。
「そんなのダメですよ!」
「他に方法があるか?」
ドロテアは答えられない。
「援護してくれ。ゴーレムにたどり着けず死ぬのは勘弁だからな」
男はニコッとドロテアに笑いかける。今できる限りの笑みだった。
ドロテアの目が潤んでくる。
「わ、分かりました……」
ゲオルグの覚悟はよく分かった。ならばそれに少しでも応えてあげたい。
ドロテアは涙を拭って、銃を構える。
「ありがとう」
そう言うと、ゲオルグは装備をすべて投げ捨て、爆薬の詰まった鞄だけを持つ。
強敵であるオークはすべて撃退したが、戦場にはゴブリンとスケルトンが残っていた。どちらも銃で倒すことが可能で、ゴーレムさえ倒せば勝機も出てくる。
「うおおおおおーっ!」
気合いの叫びとともに、ゲオルグはゴーレムに向かってつっこんでいく。
ドロテアはゲオルグの進路上にいるゴブリンを狙う。
発射。そして命中。ゴブリンの頭がはじける。
次はその奥にいるスケルトン。
スケルトンは骨で構成された魔物で、魔法によって人型を保っている。骨は簡単に破壊することができ、足の骨を破壊すれば歩行不能に追い込める。頭蓋骨を破壊すれば、一撃で葬ることができる。
ドロテアは骨盤を狙おうとするが、すぐに頭蓋骨に照準する。確実にスケルトンを倒したほうがゲオルグへの助けとなると思ったのだ。
スケルトンの額に弾が命中。スケルトンは魔法の力を失い、重力に従って崩れ落ちる。
「あと三発」
ゲオルグは一心不乱に駆け抜ける。
魔物と仲間の死体を乗り越え、つまずきながらも、戦場にそびえるゴーレムという巨大な壁を目指して走った。
ゲオルグの存在に気づいたゴブリンが声を上げる。呼びかけに応じた二人のゴブリンと一緒に、ゲオルグに接近する。
ドロテアは焦る。ゴブリン一人に対して一発で倒せなくてはならない。一発も外せないというプレッシャーが襲う。
まず、ゲオルグに一番近いゴブリンを狙う。
胸に命中。ゴブリンはもんどり打って倒れる。
まだ二人が向かっている。対してゲオルグも、ゴブリンにタックルするつもりで、まっすぐにつっこんでいる。
二射目。ゴブリンの足に当たった。
ゴブリンはバランスを崩して、頭から地面につっこむ。ゲオルグは大きくジャンプして、ゴブリンを飛び越えた。
あと一人。だが弾もあと一発だ。
「当てる!」
最後に一発を発射しようと、引き金を引く。
しかしそのとき、戦場に突風が吹き荒れた。
「ああっ!!」
ドロテアは姿勢を崩してしまう。引き金から指を外したつもりだったが、もう遅かった。最後の弾丸が発射される。
着弾。
狙いははずれ、弾はゲオルグの足を貫通していた。
ゲオルグは足をもつれさせ、前のめりに倒れてしまう。
「そんな……!!」
あと少しだったのに……。この一発で敵は倒せたのに……。風が吹かなければ、ゲオルグはたどり着くことができたのに……。
よりによって、自分がゲオルグを撃ってしまうなんて……。
ドロテアは頭が真っ白になり、空になった銃を取り落としてしまう。
ゲオルグは、撃たれた足を押さえ、地面でもがいている。
ゴーレムは無情にも、そのゲオルグの横を悠々と通り過ぎていこうとしていた。
ゲオルグは這いずるようにして、ゴーレムに近づこうとする。距離があっては爆薬で吹き飛ばせない。点火して鞄を投げつけるにしても、この足では正確に投げられるか分からなかった。
ドロテアの目から止めどなく涙が流れる。
自分にできることは何もない。ただ、ゲオルグの覚悟を無駄にしてしまった自分を責めるだけ。
次の瞬間、信じられないことが起きていた。
「え……」
雨を開けていられないほどの風が吹いたと思ったら、ゴーレムが真っ二つになっていた。
胴体と足が分かれ、胴体が地面に落下して砕け散る。足も魔力を失い、バラバラになって土に戻っていく。
ゴーレムが姿を消し、そこには代わって漆黒の悪魔が立っていた。
ゴーレムを上回る巨体。鋭くとがった角、長く伸びた尻尾、鎧のような重厚な体。そして、巨大な剣を持っている。
「なに……?」
新たに現れた魔物は何者なのか。
巨大な悪魔の登場に、人間も魔物も動きを止めて注視していた。
悪魔が動き始める。
残ったゴーレムに駆け寄り、その大剣で一刀両断にする。硬い体がバターのように切れる。
すぐに次の目標に移り、また真っ二つにしてしまう。
「味方……なの……?」
魔物が魔物を襲っている。
仲間割れをして魔物同士で争うことはあるが、こんな場面でするだろうか。
ドロテアは得も言えぬ不気味さを感じて、落とした銃を拾い上げる。しかし、弾はもう残っていない。
巨大な魔物は急に振り向き、今度は人間たちのほうへ歩いてくる。
ドロテアたちは反射的に、銃を魔物に向けた。
すると、魔物は立ち止まって動かなくなる。
しばらくすると再び振り返って、今度はゴブリンたちのいるほうへ走っていく。
「なんなの……いったい……」
汗がぶわっと噴き出してくる。
ドロテアは足が震えているのに気づき、次の瞬間にはお尻から倒れ込んでいた。
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